コモリーマン@Yoga好き❤️さんの書評 2026/09/06
50歳からの美食入門を読んで 友人に勧められて手に取ってみた。この本は50代から美食を趣味として始めることの意義及び実際の楽しみ方についてまとめた1冊である。面白いのは、お勧めのレストランを紹介するだけではなく、楽しむポイント、心がけるポイント、学ぶポイントを、1人だけで行く時、誰か他の人を連れて行く時など、いろいろな状況を想定してわかりやすく解説してくれた点である。また、SNSの普及や外食産業を取り巻く環境の変化などによる外食産業への影響も紹介していた。 食を趣味にすること自体は知ってはいたが、それにより自身の体に意識を向けるきっかけがあることや、店での楽しみ方を教えることで、新たなコミュニケーションを生むなど、味を楽しむ以外にも、様々な趣きがあることを知ることができ、大変勉強になった。特に面白かったのが、誰かと食事しながら過ごす時に注意することである。本作品では、同伴者を楽しませるために心がけることとして、店選びや予約する際の事前準備だけではなく、同伴者とのコミュニケーションや店側の人たちを巻き込むための方法なども紹介されていた。特に店側の人たちを巻き込む方法については、その発想がこれまでなかった。ただ、よくよく考えると、レストランなどの外食は、コンビニなどで商品を購入して家で食べることとは違い、お店の雰囲気や従業員、シェフという食事以外の付加価値を身近に感じることができる。なので、それらを効率的に利用することは、同伴者に楽しんでもらうための合理的な考え方である。付加価値のあるものが存在し、それを巻き込めばより良い成果につながるという事例は、美食だけではなく、他のビジネス領域でも使えるのではないか?実例は思い浮かばないが、それに気づくために、今後何かに取り掛かる際、俯瞰的な視点を用いていきたいと思う。 本作品は美食という新しい趣味の概念を紹介した1冊であるが、先ほど紹介した気づかない付加価値など、人生をより楽しむためのヒントがいろいろあったように思われる。食に興味のある人だけではなく、人生を豊かに過ごしたい人にぜひ手に取っていただきたい1冊である。
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西欧の、イメージ、シンボルについて書いてある本である。 書いた人の名前「アト・ド・フリース」は土人の発音に近いと「ド=ヴリース」になるけれども、は書いてある。 序文では、本著は西欧の、シンボルやイメージについて、いろいろ書いてをるので、東洋の「虎」とか面白いけどカットしてゐる、と書いてある。ただ「Mantis」について「日本では」が出てくる。 本稿は、ローマ字表記による英語の項目がだーってある。巻末に、日本語索引があって、 「サルビア sage」 と出てくる。あとサンタさん、サンタクロースは「ミュラの聖ニコラウス」として収録される。 附録として、北欧とかケルト、ギリシャの神話に出てくる諸々の神々の系譜とか、北欧神話の、世界について、惑星、曜日の呼称が付いてたりして便利。 いろいろを調査の果てに、大昔は「great goddes」が各所で拝まれてて、それがあんなんなったりこんなんなったりの果てに、ちんぽの生えた神々がふんぞり返ることになり、そしてキリスト教が、といふスタンスで出るので、イエス・キリストは「豊穣神(飯屋!)」としてはショボい旨が指摘される。あくまで「ショボい」ので、かのナザレの人の子が旧来の、豊穣を司る何者かと類似するか、も書いてある。そして前述のサンタさんが、北欧神話の神と似るとかの指摘がある。 キリスト教、モーセとイエスの共通性等の他、マザー・グース、昔話、タロットカード、他に関し西洋の先人が大自然について如何にお話にするかが展開する中、シェイクスピア劇をさういふ分析して、犬が嫌ひなウィリアム・シェイクスピアの、犬に関する連想体系が紹介される。そしてディラン・トマス他の難解な表現が、如何にちんこまんこを表すかとかが解説される。 Ogre,Slimeといった項目もある。 ウサギがHare(野ウサギ)とRabbit(イエウサギッつうかアナウサギ)、ウシはBull,ox,cattle,calf,heiferがいちいちあったり、ヘビもAsp,Adder,Serpentに別れて収録される。 翻訳が古いっつうかなんつうか、マンドレイクとされる植物とかに「西洋しょうろ」といふのがある。それからカムライグと呼ばれるウェールズの言葉llyr(スィール)とかが「リーア」、pwyll(プウィス)が「プウィル」とある。
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コモリーマン@Yoga好き❤️さんの書評 2026/09/05
考えるとはどういうことかを読んで タイトルに惹かれてこの本を手に取ってみた。この本は考えるとはどういうことかをまとめた1冊である。前半は、知識、経験、思考、この3つの中での思考の位置づけ及び思考の種類(球面思考、平面思考、触媒思考など)を紹介しており、後半は判断力、曖昧さなどの具体例に基づき、その中で思考という概念がどのような位置づけで取り扱われているかが紹介されていた。 前半部分の知識、経験、思考の関係の紹介は非常に興味深く、特に知識を過剰に身に付けることによる副作用が思考を鈍らせるという考え方は非常に面白かった。また紹介されていた球面思考や触媒思考などは、現在の多様性を許容する思想と近いところがあり、10年以上前の作品とは思えないほど最先端をいくものだと感じた。 後半の具体的な事例に関しては、思考の役割が重要であることも理解できる一方、いささか物足りなさも散見した。例えば、日本語の曖昧さについて紹介をしていたが、特徴だけを述べ、どのように行動するべきかについての記述が足りなかったように思われる。個人的にはエリン・メイヤーの著書「異文化理解力」で紹介されていたカルチャーマップのように、各言語に対しての特徴を定量的に紹介し、そこからどのような行動を取るのが望ましいかまで指針を示していただけたら、なお良かったと思われる。ただ本書はあくまで考えるということに関して焦点を当てていたため、そこまで紹介することは目的を逸脱することにあたると思われるため、致し方なかったのかなと思われる。 全体的なまとめとして、後半の応用事例に関しては、海外で発生している多様性の見直しなど、現代の社会情勢を考えると単純に応用できるとは限らないものも見受けられた。とは言え、考えることに関しての重要性を啓蒙しているのは、現代社会におけるChat AIによる知識に対する価値の暴落を鑑みると、将来を先取りした作品であるとも言える。Chat AI社会に対して息苦しさを感じている人たちにぜひ手にとっていただきたい1冊である。
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nn_calilさんの書評 2026/09/01 3いいね!
2007年の春、『白夜行』を読んだことが、私の東野圭吾作品を巡る長い旅の始まりでした。当時は転職活動中で比較的時間に余裕があったこともあり、『幻夜』『秘密』『手紙』……と、映像化された作品を中心に次々と読み漁りました。気がつけば、東野圭吾作品全106作のうち半数以上を読破していました。直近では、ガリレオシリーズの『透明な螺旋』(2023年11月読了)で描かれた湯川学のエピソードに深く心を揺さぶられ、ガリレオの次回作を心待ちにしていました。 しかし―――2026年7月23日、東野圭吾先生が大腸がんのため急逝されたという、あまりにも突然の訃報が届きました。本作『永遠の記憶』は、そのわずか13日後、8月5日に刊行された106作目にして、結果的に東野圭吾先生最後の作品となってしまいました。 発売日当日、34℃の炎天下を汗だくになりながら自転車で走り、アル・プラザ内の書店へ直行しました。購入後、1階のスーパーのセルフレジが見渡せるマクドナルドへ入り、ホットコーヒーを片手にページを開きました。すると、目の前に広がる現実の風景と作品冒頭の描写が不思議なほど完璧に重なり合い、一瞬にして物語の世界へ引き込まれました。その圧倒的な臨場感のまま読み進め、帰宅後はほとんど一気に読破してしまいました。 レビューを書くまで時間がかかってしまったのは、深い悲しみの中で、自分の気持ちをどのような言葉にすればよいのか、なかなか見つけられなかったからです。 本作は、東野圭吾作品を初めて読む「東野ビギナー」でも、単体のミステリーとして十分に楽しめる作品だと思います。しかし、ガリレオシリーズを長年追いかけてきた私たち「常連客」にとっては、感じられる物語の奥行きがまるで違ってくるはずです。湯川学、草薙俊平、内海薫。そして、これまでシリーズに登場してきた人物たちとの記憶やエピソードが静かに呼び起こされ、その積み重ねの先に、一つの謎が解き明かされます。読後、真っ先に湧き上がった感情は、作品への評価以前に、「東野圭吾先生、本当にありがとうございました」という感謝の言葉でした。 率直に言えば、本作は東野圭吾作品全106作の中で「最高傑作」と評価されるタイプの作品ではないかもしれません。訃報を受けて私自身が選んだ「マイ・ベスト・東野圭吾」のトップ10にも入りませんでした。しかし、それは本作の価値を少しも損なうものではありません。むしろ、それだけ東野圭吾という作家が、これまで私たちに数え切れないほどの傑作を送り出してくれたということなのだと思います。そして本作には、作品そのものの完成度とは別の、特別な意味があります。結果的に最後の長編小説となったこの『永遠の記憶』は、東野圭吾作品を長年読み続けてきたファンにとって、突然訪れた大きな喪失感を少しだけ和らげてくれる一冊でもあります。 当レビューを書くにあたり、シリーズ第1作『探偵ガリレオ』を図書館で読み返してみました。初期のガリレオシリーズは、「物理・化学とミステリーの融合」という色彩が強く、まさに理系ミステリーの象徴ともいえる作品でした。しかしシリーズを重ねるにつれ、『容疑者Xの献身』の直木賞受賞、福山雅治氏主演による連続ドラマや映画化などを経て、ガリレオシリーズは少しずつ変化していきます。もちろん科学的な視点や論理的な謎解きはシリーズの大きな魅力であり続けています。しかし同時に、物語の重心は次第に「科学的な謎解き」だけではなく、「湯川学と、その周囲の人々が織りなす人間ドラマ」へと広がっていったように感じます。そして本作『永遠の記憶』もまた、その流れの先にある作品なのだと思います。 難解な物理・化学トリックを前面に押し出す作品ではありません。しかし、長年シリーズを読んできた読者だからこそ感じられる人物たちの距離感や積み重ね、そして湯川学を中心とした人間味が丁寧に描かれています。まさに、ガリレオシリーズを長く追いかけてきた読者への、最後の「実に面白い」事件簿でした。 これ以上、物語の核心に触れるのは無粋でしょう。ただひとつだけ、確信をもって言えることがあります。 東野圭吾ファン、そしてガリレオシリーズの読者なら、必ず読んでほしい一冊です。 幸せなことなのかどうかは判りませんが私にはまだ未読の作品があるので、2007年の春から始まった私の東野圭吾作品を巡る旅はまだ終わってはいません。ただ、ガリレオシリーズにとっては、ひとつの大きな区切りとなる作品です。湯川学たちと過ごしてきた長い時間を振り返りながら、最後のページを閉じたあと、私は静かにこう呟きました。 「東野圭吾先生、長い間、私たちを楽しませてくれて、本当にありがとうございました。」 そして私はこれからも、残された作品を一冊ずつ読み進めていきたいと思います。
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コモリーマン@Yoga好き❤️さんの書評 2026/08/29
謝罪論を読んで 私の人生において、謝罪されても許すことができなかったことが多々あった。当初は私自身の心が狭いことが原因だと考えていた。しかし「許さない権利」という概念をABEMA TVで知った。そこで、そもそも謝罪とは何なのかと哲学的に疑問を持ち、答えを探していたところ、この本にたどり着いた。 この本は、謝罪の全体像をロジカルにわかりやすく解説した作品である。本作品の流れは、最初に子供に謝罪を教えるときにどのように教えるかという問いかけを与え、謝罪の本質を読者に意識させた上で、多様な実例も交えて、被害者及び加害者の観点から解説していくというものである。 本書を通じて、謝罪する際、被害者の心情に寄り添うことの重要性を学ぶことができた。 ドラマ『北の国から』の主人公・五郎が、息子・純の不祥事について被害者側に謝罪する場面が事例として紹介されていた。五郎は、わざわざ自分自身が上京して被害者側のもとへ赴いたという行為そのものが謝罪にあたると考えていた。しかし被害者側は、被害者が感じた苦痛に関して寄り添っていない点から、謝罪には当たらないとして五郎を追い返したというエピソードだ。この事例は、被害者と加害者の謝罪に対する考え方の違いにより起きたことである。厳しい見方をすると、加害者側である五郎は、頭さえ下げれば何とかなるという打算的な謝罪を行った。しかし被害者側はそれを見抜き、被害者の心情への寄り添いが足りないことを指摘した。 この学びを通して、前述した私自身が経験した、許せない理由に関して今一度見直してみた。その結果、謝罪してくる人は何が悪かったかを全くわかっておらず、とにかく頭さえ下げれば何とかなるという打算的な謝罪ばかりであったことに気がついた。なので、許すことができない私自身は正常で、私の心が狭いことが原因ではないということである。 本作品では、謝罪する際の注意点などを、上記以外の例で紹介していた。どれも大変実践的であった。昨今、辺野古沖転覆死亡事件における同志社国際高校校長の謝罪など、謝罪行為をしているにもかかわらず、被害者から全く受け入れられていない事例が散見している。その中で、本作品で紹介されていた謝罪する際の注意点を照らし合わせていくと、何が足りないのかということが客観的に浮き彫りになる。 最後になるが、謝罪というものを考える上で一石を投じる貴重な作品である。(これはあくまで私の感想であるが、ここまで完成度の高い作品がAmazon売れ筋ランキングなど社会的に注目されていないのが理解に苦しむ。) 謝罪の本質をきちんと勉強したい人だけではなく、新社会人、幹部候補生など組織としての謝罪を経験する可能性のある方に、ぜひ読んでいただきたい作品である。
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交換ウソ日記シリーズが本当に大好きで1と2を何度も読みました。3があると知らずに、調べてみたらまさか、3があったので読んでみました。交換ウソ日記の3は瀬戸山美久ちゃんと有埜景君が一度すれ違って別れた元カレ(元カノ)と、正体を隠した交換ノートでもう一度恋に落ちることになるとは思いもしなかったのでびっくりしました。私は試し読みをしただけなので全部は読んでいませんが、全部読んでみたいと思うぐらい、続きがいますぐに読みたくなるような本でした。交換ウソ日記の1はイケメンな瀬戸山潤くんが机に入れたラブレターが友達の茅野江里乃ちゃんのだったけど黒田希美ちゃんが言い出せずに返事を続けることでまさかの付き合うことになるとは思いもしませんでした。交換ウソ日記の2は瀬戸山くんに振られた茅野江里乃ちゃんが主人公でどうなるかと思いましたが、矢野健太君と付き合うことになり、心の底から安心することができました。早く交換ウソ日記3を最後までしっかりと読んで、2人の恋の行方を見守りたいと思いました。
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コモリーマン@Yoga好き❤️さんの書評 2026/08/10 1いいね!
YouTubeで紹介されていたため、この本を手に取ってみた。この本は臨床心理学の観点から、親といるとなぜか苦しいと感じる子供の事例を深掘りした作品である。本作品ではただ事例を深掘りするだけではなく、原因、親側と子供側の心理、及び対策についてまとめた1冊である。 全体的に事例も交えてわかりやすく説明されていた。また本作品の読者が、子供時代の親子関係が原因で悩んでいる人たちを想定してか、やや子供側よりの見解であった。特に印象に残ったのが、大人側の原因として紹介されていた精神的に未熟な人の特徴である。融通が効かず1つのことを思い詰める、ストレス耐性が低い、自分が1番良いと思うことを押し通す、以上3つが該当すると紹介されていた。この点に関しては、親子関係だけではなく、昭和型の日本企業と新入社員との関係でも当てはまるのではないかと感じた。 昭和型の日本企業の特徴としてジョブローテーションというものがある。新卒社員の中で専門性を磨きたい人にとって、これは奇異な制度だ。また会社側も組織人間を作りたいと考え、尖りすぎた人材は望まない傾向にあった。そのため、必然的に上司は、融通が効かず、ただただ問題を起こさないことなかれ主義を遵守することを思い詰め、若手が少しでも自分の意見に対して批判的な意見をしたら、変革を恐れるあまり冷静に対処せず恫喝する行動を取り、会社が1番良いと思う制度であるジョブローテーションを若手社員へ押し通そうとする。以上より、精神的に未熟な人と昭和型の会社組織とは驚くほど似ていると感じた。 だからこそ、現在において昭和型企業が少なくなってきているのは、日本だけでなく海外の市場にも目を向ける必要のある現代において、精神的に未熟な会社ではグローバルで戦っていくために必要である多様性を組織に根付かせることが難しいことが理由に挙げられるのではないか。今回の私の見解においては、本作品の内容と比べるとやや飛躍しすぎてしまったが、会社組織において重要なファクターの1つは人間関係であり、その人間関係において1番最初に経験するのが親との人間関係であるため、おのずとシンクロしてくるのも納得できる。 本作品においては、親自身の対策、改善点が紹介されていなかったのは残念である。もし親自身の対策も紹介していれば、本作品の完成度は大変高かったと思われる。また私が今回飛躍した昭和型企業の例においては、曲がりなりにも一部の日本企業においてグローバル化が成功している実例もある。ある意味、本作品で親自身の対策としてグローバル化が成功している日本企業を調査することにより、何らかのヒントを得られる可能性もあると思われる。 とは言え、本作品においては、精神的に未熟な親の元で育った子供に対しての生き方の紹介がメインである。親子関係という視点から問題提起した作品であるため、自分自身の人生に悩んでおり、立ち止まって考えたいと希望する人たちに対してお勧めしたい作品である。
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コモリーマン@Yoga好き❤️さんの書評 2026/08/08
PIVOTの「経済学の名著5選」という特集で紹介されており、興味を持って手に取ってみた。 この本は、ものが増えても、社会全体が本当に豊かになるとは限らないという視点を紹介した作品である。その論拠として生産という行動に焦点を当て、人類にとっての生産の位置づけ及び目的、最終的に生産を通じた豊かさが生み出すものが何かがまとめられていた。現代の豊かさが人類に対して与える影響を生産という概念から読み解いたが、最終結論の中で、豊かさと軍拡の間に強い相関があるという著者の主張は非常に驚いた。理由として、そもそも豊かさに必要な要因の1つとして技術開発が挙げられる。しかし消費財中心の経済では、コマーシャルや広告に投資が割かれ、技術への投資に回らない。また技術投資はコストが非常に高く、民間企業だけでは賄えない。そこで租税という形で資金調達できる公的機関のみが技術開発を実現することができる。ただ、公的機関が技術投資をする上で国民を納得させる必要があるが、1番納得させやすい理由が安全保障を隠れ蓑に、兵器開発という名目で技術開発を実施することである、と紹介されていた。 この点に関しての見解は非常に鋭いと思う。しかし、安全保障という名目だけではなく、他の名目で豊かになった実例もある。代表として日本の戦後復興が挙げられる。池田勇人内閣において「国民所得倍増計画」というスローガンが掲げられ、国が積極的に投資した結果、自動車産業など各業界で大いに技術が発展し、トヨタなど世界に認められた。その結果、世界中で日本製品が売れ、国民の所得は上がり、豊かになったという実例がある。国民所得倍増計画では、社会資本の整備だけではなく、教育・訓練や科学技術の向上も重視されていた。 本書は明記されていないが、アメリカの事例を挙げていると思われる。そのため、日本など他の国の実例を挙げて検討していただければ、なお完成度の高い作品になったと思われる。 とは言え、豊かさという曖昧な概念を考察する上で、生産活動の目的の変化を読み解くことで、安全保障にかこつけた軍拡など、現代社会の問題点を考察するまで拡大する本書の構成は非常に面白かった。豊かな社会という概念を考えたい人に対してお勧めしたい作品である。
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コモリーマン@Yoga好き❤️さんの書評 2026/07/30
モラルリベラル関連の本を探していたところこの本が見つかり、興味を持ち手に取ってみた。 この本は、なぜ人間は敵対するグループに分かれるのかを道徳心理学というアプローチで考察した一冊である。道徳心理学の視点から、主に三段階で考察することができる。最初に、人間は物事の善悪を理性ではなく自身の道徳的直感で判断し、その後に理性的な理由付けを行う性質があると紹介されていた。次に、道徳的直感で判断する際には六つの要因(ケア、公正、忠誠、権威、神聖、自由)の組み合わせ(道徳マトリックス)が大きな判断指標となり、これは人によって異なると紹介されていた。最後に、同じ道徳マトリックスに属するグループはメンバー同士の強い団結を生み、自分の所属する共同体の思想を絶対視するため、異なるマトリックスを認めることが困難となり、やがて分断を生むと紹介されていた。 道徳心理学というアプローチで現在社会の分断を考察した点は大変興味深い。事例として政治(保守主義、リベラル)が挙げられていた。リベラルが人気を得にくい理由として、採用している要因がケア、公正、自由のみに限られており、その結果、政策に柔軟性を欠くという視点は、大変わかりやすく納得できるものであった。 ただ、一つだけ疑問が生じる。著者の理論によると、道徳的直感を構成する要因は六つであるため、数学的組み合わせ論上は六十三通りの組み合わせが考えられる。しかし、政治において主流なのは保守主義とリベラルの二つであり、残りの六十一通りの道徳マトリックスについては、その存在や役割がはっきりと紹介されていない。明らかにマトリックス間には偏りがあるように思われる。この偏りが発生する原因については言及されていなかった。また、人間が思考よりも直感を優先する理由についての考察も紹介されていなかった。これら二点についても触れられていれば、さらに完成度の高い作品になったと思う。 とは言え、敵対するグループへ分裂する理由を、人間の性質である道徳的直感に起因すると説明したアプローチは、現代社会における分断を理解する上で大変わかりやすかった。現代社会で発生する分断に興味のある方におすすめしたい作品である。
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コモリーマン@Yoga好き❤️さんの書評 2026/07/30
タイトルに惹かれてこの本を読んでみた。この本はアメリカにおいて銃がどのような位置付けであるかをまとめた作品である。 アメリカ国民にとって、銃とはアメリカ人のDNAの一部であり、自由の象徴であり、神が与えた不可侵の権利であると紹介されていた。そのため、キャッスル・ドクトリン法など、銃を所持するだけではなく使用することについても認められており、銃規制に対して強い反発があることも理解することができた。また、銃だけではなく、アメリカ人にとって神とは大切な存在であり、神の考え方や教えによって社会が営まれていることも本書から学んだ。また、アメリカ国民における銃の考え方は、西部開拓時代に先住民からの襲撃に対抗するための手段として使用した経験から培われてきたものであるという点も印象的であった。 ただ、この点に関しては一つ疑問が生じる。そもそも先住民側の立場に立てば、アメリカ国民は侵略者であり、自分たちの土地を奪う手段として銃が使われたとも言える。それにもかかわらず、銃が先住民からの襲撃を守るための道具であると主張するのは、銃に対する一面的な見方なのではないか。侵略された側からすれば、銃こそ自分たちの土地を奪われた原因の一つと解釈してもおかしくないのではないか。本書では取り上げられていなかったが、ネイティブアメリカンの意見も紹介されていれば、より完成度の高い作品になったと思われる。 とは言え、銃とはアメリカ人を考える上で非常に重要な要因であることは間違いない。その上で本書は、銃に対するアメリカ側の立場を非常にわかりやすくまとめた作品である。また、本書では銃規制が厳しい日本に対するアメリカ人の見解も紹介されていた。歴史上の刀狩政策と比較しながら読み進めるのも非常に面白いと思われる。 アメリカ社会やアメリカ人に興味がある方々におすすめしたい作品の一つである。
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