みんなの書評

さんの書評2026/07/30

社会はなぜ左と右に分かれるのか、を読んで

モラルリベラル関連の本を探していたところこの本が見つかり、興味を持ち手に取ってみた。 この本は、なぜ人間は敵対するグループに分かれるのかを道徳心理学というアプローチで考察した一冊である。道徳心理学の視点から、主に三段階で考察することができる。最初に、人間は物事の善悪を理性ではなく自身の道徳的直感で判断し、その後に理性的な理由付けを行う性質があると紹介されていた。次に、道徳的直感で判断する際には六つの要因(ケア、公正、忠誠、権威、神聖、自由)の組み合わせ(道徳マトリックス)が大きな判断指標となり、これは人によって異なると紹介されていた。最後に、同じ道徳マトリックスに属するグループはメンバー同士の強い団結を生み、自分の所属する共同体の思想を絶対視するため、異なるマトリックスを認めることが困難となり、やがて分断を生むと紹介されていた。 道徳心理学というアプローチで現在社会の分断を考察した点は大変興味深い。事例として政治(保守主義、リベラル)が挙げられていた。リベラルが人気を得にくい理由として、採用している要因がケア、公正、自由のみに限られており、その結果、政策に柔軟性を欠くという視点は、大変わかりやすく納得できるものであった。 ただ、一つだけ疑問が生じる。著者の理論によると、道徳的直感を構成する要因は六つであるため、数学的組み合わせ論上は六十三通りの組み合わせが考えられる。しかし、政治において主流なのは保守主義とリベラルの二つであり、残りの六十一通りの道徳マトリックスについては、その存在や役割がはっきりと紹介されていない。明らかにマトリックス間には偏りがあるように思われる。この偏りが発生する原因については言及されていなかった。また、人間が思考よりも直感を優先する理由についての考察も紹介されていなかった。これら二点についても触れられていれば、さらに完成度の高い作品になったと思う。 とは言え、敵対するグループへ分裂する理由を、人間の性質である道徳的直感に起因すると説明したアプローチは、現代社会における分断を理解する上で大変わかりやすかった。現代社会で発生する分断に興味のある方におすすめしたい作品である。

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さんの書評2026/07/30

銃に恋して、を読んで

タイトルに惹かれてこの本を読んでみた。この本はアメリカにおいて銃がどのような位置付けであるかをまとめた作品である。 アメリカ国民にとって、銃とはアメリカ人のDNAの一部であり、自由の象徴であり、神が与えた不可侵の権利であると紹介されていた。そのため、キャッスル・ドクトリン法など、銃を所持するだけではなく使用することについても認められており、銃規制に対して強い反発があることも理解することができた。また、銃だけではなく、アメリカ人にとって神とは大切な存在であり、神の考え方や教えによって社会が営まれていることも本書から学んだ。また、アメリカ国民における銃の考え方は、西部開拓時代に先住民からの襲撃に対抗するための手段として使用した経験から培われてきたものであるという点も印象的であった。 ただ、この点に関しては一つ疑問が生じる。そもそも先住民側の立場に立てば、アメリカ国民は侵略者であり、自分たちの土地を奪う手段として銃が使われたとも言える。それにもかかわらず、銃が先住民からの襲撃を守るための道具であると主張するのは、銃に対する一面的な見方なのではないか。侵略された側からすれば、銃こそ自分たちの土地を奪われた原因の一つと解釈してもおかしくないのではないか。本書では取り上げられていなかったが、ネイティブアメリカンの意見も紹介されていれば、より完成度の高い作品になったと思われる。 とは言え、銃とはアメリカ人を考える上で非常に重要な要因であることは間違いない。その上で本書は、銃に対するアメリカ側の立場を非常にわかりやすくまとめた作品である。また、本書では銃規制が厳しい日本に対するアメリカ人の見解も紹介されていた。歴史上の刀狩政策と比較しながら読み進めるのも非常に面白いと思われる。 アメリカ社会やアメリカ人に興味がある方々におすすめしたい作品の一つである。

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さんの書評2026/07/29

NEXUS 情報の人類史(下)を読んで

タイトルに惹かれてこの本を手に取ってみた。この本は上巻に引き続き、人類の歴史を情報ネットワークの視点から見直した一冊である。なお、上巻でも言及したが、本巻はインターネット出現以降の話が取り上げられており、コンピューターが人類に与えた影響に焦点が当てられていた。また、過去だけではなく未来への展望についても論じられていた。 本作品は大きく分けて二つの内容で構成されており、前半はコンピューターにおける既存の情報ネットワークとの違い及びその特徴、後半はコンピューターが人類に与える影響の可能性を政治の視点からまとめていた。 本書において大変興味深かったのが、後半で紹介されていたコンピューターが与える政治的側面である。民主主義社会、全体主義社会のいずれにも負の側面があるという点が印象的であった。民主主義社会においては、コンピューターが人類に与える影響の一つとして紹介されていた分断を加速させることにより、話し合いを主とする民主主義が成立しなくなることが理由として挙げられていた。一方、全体主義社会では、独裁者自身が情報を集約し決断するのではなく、コンピューターの傀儡となる可能性、あるいは権力を掌握するコンピューターを人為的に管理すると、そのコンピューターの権威が低下し、それに伴い独裁者自身の権威も低下してしまうというジレンマが紹介されていた。 これらのことから、人類がこれまで構築してきた政治制度をそのまま用いるだけでは、これからの社会を維持することは難しくなる可能性があるという未来へのメッセージを感じた。コンピューターは暮らしを便利にする道具であるだけではなく、政治制度そのものの在り方まで変える可能性を秘めていることを改めて認識することができた。 なお、本書ではその解決策として、政治の力でコンピューターの力を抑制し続けられる制度や機関を創設・構築する必要性が紹介されていた。しかし、その制度や機関を運営するのは果たして人間だけで十分なのだろうか。仮にコンピューターに頼ることになるのであれば、人間の存在意義とは何なのだろうか。本書を読んでも、その答えを見つけることはできなかった。 本作品は、コンピューターが人類に与えた影響を実際の歴史的事例を通してわかりやすく説明している。ただし、歴史との結び付きについては、紹介される史実の背景をある程度理解していないと内容を十分に理解することは難しい。そのため、取り上げられている史実をあらかじめ調べた上で読み進めると、より理解が深まるだろう。情報という視点から歴史を見直し、さらにコンピューターが人類にもたらす未来に興味がある人には、ぜひおすすめしたい一冊である。

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さんの書評2026/07/25

人生不案内を読んで

タイトルに惹かれてこの本を手に取ってみた。この本は読売新聞の企画で著者が4年にわたって対応してきた人生相談をまとめた1冊である。また、著者自身の経験を通してまとめたコラムも紹介されていた。そのため、著者の回答を通して心が軽やかになるだけではなく、人生相談を受ける際に心がける必要のあることを学ぶことができる作品である。 個人的には本作品を通して後者に非常に興味を持った。特に印象的だったのが、人生相談を受ける際、その回答は実は相談者の言葉の中に含まれているという点である。相談者の悩みは身内など、自分に近すぎる存在に関するものが多い。悩みが近すぎると、自分自身を俯瞰的に見ることができなくなり、答えが見えなくなってしまう。そのため、回答者はあくまで鏡となり、「こんな風ですよ」と鏡を見せるような意識で回答することが重要である。 この考え方はいろいろな点で応用が利くと思われる。悩みを解決するためには第三者の視点から見てもらうことも大切であるが、日記という形で文字に残す方法もあり得るのではないか。後日、落ち着いた環境で日記を読み返すことにより、過去の自分自身を客観的に見ることができ、未来の自分に答えを気づかせることができるからである。ある意味、日記を自分の鏡とするのである。 ただ、本作品はあくまで人生相談の回答者としての視点からまとめたものであり、自分自身で悩みを解決する方法を紹介する作品ではないため、日記に対する考察はなかった。本作品とはかなりそれるが、コラムなどで自分自身で解決する方法についても紹介いただければ、さらに完成度が高くなったと思われる。 とは言え、死への恐怖に対する相談の回答(回答の詳細は割愛する)など、相談内容及びその回答を読むだけでも読者にとって生きるヒントとなり、心が和む作品である。人生に悩んでいる人だけではなく、カウンセラーなど人生の悩みを聞く立場の人にも読んでほしい作品である。

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さんの書評2026/07/201いいね!

連合軍の暗号解読能力は再検証が必要!

先に外交レビューが投稿されているので、大島の「ノルマンディー電報」から連合軍の解読能力について私見を述べたい。 アメリカ軍暗号部のロウレットは大島電報は「ノルマンディーで我々に最も貢献してくれた。」と主張している。 ところが、連合軍はカーンでドイツ装甲師団に遭遇し、大損害を被り、ドイツ軍の包囲殲滅にも失敗した。 そこで、筆者はロウレットの解読文書を分析し、大島は「沿岸防御を重点暗号化して、装甲師団の投入はあり得ない」と送信したと指摘している。 つまり、大島電報は「謀略暗号」以外の何物でもないのではないか? なぜなら、大島は1936年日独防共協定以来、ドイツ側と「情報・謀略共有体制」を確立し、積極的に情報戦に乗り出しているからだ。 近年、連合軍の暗号解読勝利の映画のオンパレードで、もはやそれが通説化している。 だが、筆者がぺージ数こそ少ないが、連合軍優勢論の再検証のきっかけを与えたことは大いに評価したい。

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さんの書評2026/07/18

NEXUS 情報の人類史(上)を読んで

タイトルに惹かれてこの本を手に取ってみた。この本は、人類の歴史を情報ネットワークの視点から見直した1冊である。なお、インターネット出現以降の話は下巻で紹介されているため、ここでは割愛する。 本作品は大きく分けて3つ(情報の定義、情報により生まれたもの、情報の取り扱いの違いによる政治)で構成されていた。 個人的に情報により生まれたものの紹介がとても面白く、特に興味を持ったのが虚構という概念である。情報において虚構は真実よりも好まれ、その理由として、真実と比較すると単純で分かりやすく、気分を良くするという性質がある。これは、人には感情というものがあるため、理屈上では正しくても感情的に従った結果、間違った選択をする可能性があることを示唆している。 例えて言うなら不倫が挙げられる。現代の日本の法律上、不倫を実施した際、婚姻を継続する上で困難になる理由になるため、離婚する際、不倫した側が社会的制裁を受ける。それでも不倫に踏み切るのは、感情的に今のパートナーよりも不倫相手の方が好きになるためである。仮に虚構よりも真実を選択することができれば、理屈上、不倫がなくなるのではないか。しかし、現実としてなくならないという点を鑑みると、虚構という概念を好む性質を完全に直すことは難しいと思われる。ただ、できることは少しでも多くの確率で虚構に惑わされないことなのではないか。 本作品では、虚構以外にも情報ネットワークの観点から、人類の歴史をたどることにより、人間の本質を紹介する事例が史実をもとに紹介されていた。そのため、本書は情報に興味がある人だけではなく、人類の歴史をこれまでとは異なる情報ネットワークというアプローチからひも解くことに興味のある人に、ぜひお勧めしたい作品である。

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さんの書評2026/06/27

仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのかを読んで

タイトルに惹かれてこの本を読んでみた。この本は明治時代に発生した廃仏毀釈運動を取り上げ、発生した原因及び与えた影響について取りまとめた1冊である。興味深いのは、明治政府が目指していたのは、これまで神道と仏教が混在していた状態から、天皇を中心とした神道国家を目指すことを目的とした神仏分離政策であるにもかかわらず、その理念からエスカレートして、仏教自体を潰す運動に突き進んでいった点である。 廃仏毀釈運動へエスカレートした理由として、著者は1.新政府軍への過度な忖度、2.富国策へのインフラ・武器整備の材料供給のための寺院利用、3.熱しやすく冷めやすい日本人の民族性、4.僧侶の堕落に対する批判、以上4つの要因を挙げていた。1、2に関しては支配者層側の視点であり、3、4に関しては民衆側の視点であった。 本書において大変興味深いのは、上記理由1、2より、支配者側の都合により犠牲となるのは民衆だけではなく、仏教という宗教にも及んでいる点である。しかも理由4により、世論は止めるどころか支配者側の策を推し進め、それが廃仏毀釈運動へとつながっていく点である。これらにより見えてくることは、当時の明治政府は中央集権国家としては黎明期であり、まだ全国民及び支配者階級を十分に統制できていない状況にあったように見受けられ、廃仏毀釈運動へエスカレートしたのもその一つであったと思われる。 しかし、著者が挙げた要因及びその分析に関して、一部疑問も生じる。本書においては、鹿児島県が全国の中で仏教寺院が少ない理由として、理由2によるものが大きいと紹介されていた。しかし太平洋戦争時において、日本政府は武器を作るため、民衆だけではなく全国の寺院に対しても鐘などの金属を供出させている。仮に理由2の理屈に沿うのであれば、太平洋戦争時において寺院が激減していることになる。この点については本書では紹介されていなかったが、鹿児島県だけが特に寺院が少ない理由の主要因として理由2であるとするには、いささか説明不足なのではないかと思う。細かい話ではあるが、鹿児島県の寺院数については、太平洋戦争時の政府による金属供出の影響と比較して論じていただければ、より完成度が高くなったと思われる。 とは言え、政府の政策が民衆の怒りや小支配者の過度な忖度によりミスリードした事例として発生した廃仏毀釈運動の過程は、現代の政治にも通じるところがあるため、様々な教訓がある。日本における仏教の歴史だけではなく、政策が正しく国民に運用されなかった失敗例として興味がある人に対してもお勧めしたい1冊である。

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さんの書評2026/06/221いいね!

『日本書紀」に伝えられる天壌無窮の神勅を、国家は神代の「歴史的事象」と位置づけ、

『日本書紀」に伝えられる天壌無窮の神勅を、国家は神代の「歴史的事象」と位置づけ、国体の根拠としてきた。けれども中国やエジプトなど日本よりはるかに古い歴史と文化伝統をもつ国とくらべると『古事記』や『日本書紀』は成立があまりにも新しく、なおかつそこに記されている神武紀元以来の歴史そのものが、世界の親国と称するにはあまりにも短くみすぼらしい。 神が最初の国として創造したはずの日本が、そんなに短い歴史の国、みすぼらしい文化の国であるはずはない―この思い込みがエスカレートし、ついに記紀は日本のほんとうの歴史を覆い隠すために編まれた偽物の史書だと、彼らは見なすにいたった マツカーサーと同じく、米マスコミも、また日本のマスコミも、天皇による現人神否定に目をくらまされたことは明らかだ。けれども重要なのは、じつはまったくそこではなかった。天皇を天照大神の子孫とするイデオロギーー国体護特の根拠となったイデオロギーにとそ、詔書をめぐるGHQと日本政府・宮内省の交渉の最重要ポイントがあった。天皇位という神輿存続のキモは、天照大神の直系たる「神の裔」という一点にのみ宿っているという視点を、彼らはもちえなかったのである。 「神の裔」という神話が生き延びた結果、国家神道の頂点に君臨する伊勢神宮も「皇祖神」天照大神を祀る神社として生き延びた。「天皇の国」というイデオロギーは表舞台から姿を消したが、「天皇の国」というイメージそのものは、戦後も一種のロマンとして、あるいは日本や日本人のアイデンティティを語る際のキーワードとして、ふわりとした空気のようなかたちで生き延びた。 東京裁判における天皇訴追の急先鋒だったオーストラリア政府の意見も引いておこう。 天皇裕仁は個人的には、平和的願望と自由主義的な思想の持ち主であることは疑いないようだが、憲法の規定では、宣戦、講和、条約締結の権限は天皇にあり、侵略戦争を認可したことは、戦犯としての個人的な責任となる。…太平洋戦争は天皇の開戦の詔書によって開始したものである。米国国務省は真珠湾奇襲の天皇の責任を、軍国主義者の脅迫によるものとして、免除しようとしているが、実際は彼がいつも軍に脅迫されていたわけではない。彼が本当に平和主義者なば戦争を拒否できたし、退位や自決(ハラキリ)によって抗議できたはずである。たとえ戦争をいと思っていなかったとしても、開戦を認可したのだから、それだけで責任がある。 昭和天皇が先の戦争で日本がフィリピンに多大な迷惑をかけたことを、何度も謝罪した。アキ大統領は恐縮し、「そのことは忘れましょう」と語った。 橋本明によれば、日本人記者はみな安倍のブリーフィングに出席しており、フィリピン側の会見には「日本人記者らしい人影は見つからなかった」。そのためとの寝耳に水の情報に、日本の記者ちは仰天した。記者クラブは、ただちに宮内庁に緊急記者会見を求めた。会見に応じた安倍は、「にかの間違いであろう。全くそんな話は出なかった。戦争に関する話は全く出なかった。・・・・・・大統領報道官が間違えたのではないのか。陛下が謝ったことなど全くなかった」と、全面否定した。 … これら一連の政府説明がすべて嘘だったことが、平成二十九年に公開された外交文書によって明らかになった。そこには、天皇と大統領の会見前に、外務省が「第二次世界大戦について積極的にお触れにならない方が適当」という意見書を天皇側に渡していたことや、実際にはベニングのブリーフィングどおりの天皇による重ねての謝罪があったにもかかわらず、「既に戦争の話は出なかった旨否定しているので、否定の態度を続けるつもりである」との宮内庁の方針が記載されていたのである。

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さんの書評2026/06/151いいね!

目に見える世界は幻想か?を読んで

目に見える世界は幻想か?を読んで タイトルに惹かれて手に取ってみた。 この本は物理学の思考法をまとめた1冊である。一見すると内容が大変難しいと思われるが、物理学の考え方を数式は全く使わず、わかりやすく解説した作品である。前半は物理学の思考法の概要に関して説明しており、中盤から後半にかけて具体的な実例(量子、時間、空間、重力など)を取り上げており、最後は今後の物理学のホットトピックである素粒子物理学を紹介して終わっていた。 物理学の思考法に関しては大変面白く、特に1.複雑な自然界の現象を単純な要素に分解する、2.立ち止まった場合は観察に立ち戻る、3.1で分解した単純な要素を組み合わせてできた複数の理論的仮説を検証する際、あくまでも宗教的ではなく科学的な視点でふるい落とす、これらのプロセスが面白かった。今回物理学の思考法として紹介されていたが、これは物理学だけではなく、様々な分野にも応用できると考える。例として、あるプロジェクトのリーダーを担当した際、タスクを小さく細かく分ける、細かく分けたタスクを組み合わせて作った様々なフローを俯瞰的に見ることで最適な進め方を決める、行き詰まったときに実際に何が起きているかを観察し、感情ではなく論理的に対策を検討することなど、リーダーとして必要な業務と一致している。 本書の目的は、あくまでも物理学的思考の紹介を通じて物理学の理解を深めることである。しかしここからはあくまでも個人的な見解であるが、物理学的思考を物理の分野だけではなく、他の分野にも応用できる事例を深掘りしていただけたら、なお面白い作品になると思われる。昨今、子供たちの科学離れが進んでいるが、本作品で紹介いただいた物理学的思考をさらに噛み砕いて教育に盛り込めば、歯止めがかかる可能性があると思われる。以上より著者には物理学だけでなく、科学的思考まで拡張した作品を、今回紹介いただいた物理学的思考を応用してぜひ検討いただきたい。 最後になるが、本作品は物理学について興味のある人だけではなく、ビジネスなど幅広い分野で応用できるポテンシャルのある物理学的思考を学びたい方にとって、ぜひお勧めしたい作品である。

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さんの書評2026/06/121いいね!

怠惰なんて存在しないを読んで

怠惰なんて存在しないを読んで タイトルに惹かれてこの本を手に取ってみた。この本は怠惰という概念を再考し、その結果から現代社会を幸福に生き抜く方法をまとめた一冊である。 構成は前半で怠惰という概念の再考及び怠惰という概念が人間に与えている影響(本書では「怠惰の嘘」と紹介)を説明し、それらに対する対策を提唱していた。後半では具体的に幸福に生き抜く方法が紹介されていた。 最初に共感できたのは、怠惰の嘘及びそれらが人にもたらす影響についてである。怠惰の嘘とは、人の価値は生産性で測られる、自分の限界を疑え、もっとできることはあるはずだ、以上3つのことであると紹介されていた。一見すると人の成長を促進するために重要な考え方であるように見えるが、これらを追求しすぎると、人は自分にとってちょうど良い状態では満足できなくなり、その結果、自分自身への期待値が無意識のうちに上がり続け、満足できなくなるというパラドックスを引き起こしてしまうため、不幸になると述べられていた。確かに成長することは一見するとポジティブであるが、成長した後はさらに高いハードルを自分自身に課し、その結果、自分自身が本当にやりたいことを見失うため、不幸になってしまう。その意味でも、この考え方には非常に共感することができた。 また、本作品では幸福になる方法についても述べられていたが、その中で共感できたのは幸福感を味わうという考え方である。具体的には、幸せを態度で表したり、趣味に没頭したり、ポジティブな経験を他の人と共有したり、幸せな記憶を反芻したり、先の楽しいイベントを計画したりするなど、取るに足らない方法である。しかし逆に言うと、これらの簡単な方法が果たして実現できていたか。怠惰の嘘に振り回され、心に余裕がないため実現できていなかったと思われる。自分の人生が果たして主体的に行動しているのか、それとも怠惰の嘘に振り回されて主体的に行動しているように錯覚しているのか、幸福になる方法を考えることにより改めて見直すことができたことは大きな収穫であった。 ただ、後半に挙げられていた具体例として、仕事の事例は共感できたが、家族との人間関係及び社会運動への取り組み方に関してはあまり共感できなかった。主題及び副題から考えると、仕事とはあまり関係のない家族との人間関係や社会運動の事例は蛇足だと思われる。一冊にまとめるのではなく、家族との人間関係編、社会運動への活かし方編など、応用する事例に応じて作品を分ければ、完成度はより高くなったと思われる。 とはいえ、怠惰という概念を考え直すことにより、現代社会を生きていく方法を考えるというアプローチはなかなか斬新である。生産性向上や成長などに行き詰まっている人や疑問に感じている人に対して、ぜひお勧めしたい作品である。

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