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文芸評論家の三宅香帆さんが紹介されており、表紙のポップさにも惹かれ軽い気持ちで手に取った。もちろん、リチャード・ローティさんも存じ上げず、哲学ド素人。冒頭の“ローティの思想をひとことで表現するならば、それは「哲学とは<人類の会話>が途絶えることのないように守るための学問である」”にもう心折れそうになりながらなんとか読了。やはり理解できない部分は多数あり、哲学初心者には読み慣れない文も多かったが、これまでの自身の経験や、身の回りで起こる出来事に照らし合わせて、考えられる部分はあった。 「ことばづかい」はある特権階級によって支配されたり、何か一つの完成を見つけて終わらせる必要もなく、会話を継続させよう、その必要性を説いている本だと、素人なりに感じた。 特に印象に残ったのは、マイノリティがそのアイデンティティを訴え、マジョリティに対して「私の辛さはあなたには分からない」と言って相手を黙らせる論法が危うい事。その訴えで黙らされるマジョリティが溜める鬱憤が、いつか「自分たちの方が被害者だ」と同じ論法で反撃する事。それが今のトランプ政権につながっている事。 とても大きな流れとして書かれているが、これは一つの家庭内でも起こる事だと思う。育休や時短勤務中、フルタイムでバリバリ働くパートナーに、「私の辛さはあなたには分からない」と思う気持ちはあるし、これに対してパートナーが鬱憤を溜めていく様子も手に取るように分かる。分かっていながら、こちらの辛さをぶつけたい、反論させたくない。会話をしたいのに終わらせたいと思う矛盾を抱えていると思う。 私の勝手な解釈で、正しく読めていない事もあると思う。それでも読んでよかったと思う。
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親子でも自分以外は他者であって、違う考え方や感じ方をする人である。気の合わない人とも一緒にいる作法を身につける。「一年生になったら」の歌から感じる友だち幻想。一人では生きていけないという前提がもはや成立しない。など一見ドライだが、だからこそ、つながりの問題は難しく大切であって、どうしたらいいだろうと、優しく真剣に語りかけくれる本だった。 親同士の集まりで、帰りたいのになんとなく帰らない、若い世代のほうが1年2年の違いで主従関係ができてしまう、同調圧力、それがどうして起こるのか、距離の取り方、記憶に残さなくてもよい事、相手と衝突せずに、他者と折り合いをつけながらつながりを持っていくためにはどうしたらいいのか、成熟した大人ってどんなだろうと考えられる本だった。 著者は本の冒頭で、友達のことで悩んでいる若い読者にぜひ読んでほしいと述べている。私もそう思う。けれど、10代の若い読者にこの本が、「新書」が認知されているかは疑問
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この先向き合う事になるだろう、自分の子供のおしゃれについて、冷静に考えられればと思い手に取った。予想外に、親が思う子供の装いの困りごとに「無頓着」が挙げられることに驚いた。この本では女の子のおしゃれを取り上げており、無頓着についての調査も未就学児から中学生の娘がいる成人女性を対象に行われている。この調査では、「無頓着」「こだわり」「華美」が親が思う困り事として挙げられ、その中でも「こだわり」は最も多いとしながら、社会的に問題視されるのは「華美」のみと指摘している。家庭で多い悩みは社会的にスルーされ、一部の目立ちが問題視されることに、納得と同時にズレを感じる。 SNSなどのメディアを通して常に「ダイエット」「脱毛」「メイク」についての情報を受け取りながら、ダイエットについて話す人、参考にしているのは、ダントツで母親である事に、ゾクっとした恐ろしさがあった。自分の軽い一言が娘に大きな影響を与えるかもしれないと思うと、見た目に関する話はこれまで以上に慎重にしたいと思う。 子供の装いに対する困りごと「華美」の親の対応は「教育」が多く選択され、頭ごなしに叱るのではなく、デメリットの説明など子供が納得できるプロセスが有効であると同時に、そのような対応は普段から親子に信頼関係があってこそとある。もっと子供の話を聞かないとなと反省。 そもそも、なにが身だしなみで、おしゃれで、困るのか、時代や文化、個人間でも違い、向き合う時は、一歩下がって広く見ることを心掛けたい。
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目次にある「翻訳の中の女性はもっとも典型的な女ことばを話す?」は、あぁ、その通りだなと感じた。小学生の時、翻訳とは気づかずに読んだ名作と呼ばれる児童書は、子供とは思えない女ことばで溢れていた。その時にできたジェンダーへの感覚は、今も私の中に残っていると感じる。 自分の子供も、そろそろ絵本を卒業し、児童書を読み始めている。その登場人物のセリフの文末詞に気をつける、のは必要かもしれない。また、今読んでいる絵本にも翻訳本がたくさんあり、元が日本語で書かれた本よりも文が長く、丁寧な言葉遣いと感じる。それを漠然と良いと思っていたが、これからは、斜に構えて読むかもしれない。 同じ原著でも、よく知られた名作には複数の翻訳本が出版されており、それらの文末詞を比較した調査には、あぁそうか、どの翻訳本を選ぶかは読者にも選択肢があるのかと、今更ながらハッとした。 テレビドラマ「御上先生」で取り上げられていた「The personal is political」(「個人的なことは政治的なこと」)についても触れられていて、読み応えがあった。 全体的に『Our Bodies, Ourselves』の紹介とその翻訳についての内容が多い。
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どうしようもない女性たちの状況を集めた短編集 それぞれの女性には、読みながら「やめなよ、何してるの」と思うような事ばかりだが、そのどうしようもなさが、自分のこれまでや現状にかするようで、ざわざわするような、イライラするような気持ちで読み進めた。 「人は自信がないと謙遜できない」という一節が強く印象に残った。
100%、中高生(くらいかな)に寄り添った本 親の視点から読むと、理想かもしれないけど、そんなに自由にさせられないよ、という気持ちが出てくる。けれど、子供達がもう少し大きくなったら、読んで欲しいと思うし、私も子供との距離感を間違えないように、覚えておくべき本だと思う。
Podcast「シャニカマ」で紹介されていたのを聞いて読む 専業主婦という言葉や存在がどのように生まれたか、なぜ時短料理が必要になったのか、なぜ料理研究家がライフスタイルまで見せるようになったのか 戦後から今に続く女性史を、家庭料理から見た本だと思う それぞれの料理研究家を、ビーフシチューのレシピで比較しているのが良かった