さんの書評2019/11/23

心ある人に読んで欲しい中国ウイグル族の古典

 トルコ政治学・文学を学ぶ者には必須の11世紀に書かれトルコ系民族最古の文学といえる。『幸福の智恵』の中身は「物語」であり、「哲学」であり、「政治学」であり、「処世術」であり、「宗教学」であり、どのようなジャンルに入れるべき作品か分類は困難である。しかし、全文を読み通せば作者の世界がわかってくるという不思議な文学である。
 主人公は、正義の化身である「日の出王」、幸運の化身である「満月」、智恵と知識の化身である「絶賛」、終末の化身である「覚醒」、この四人が交互に対話し、ある時はおだやかに、ある時は激しく論争しながら物語はすすむ。文学の形式も他に類をみないユニークなものだが、書かれている内容は幾層にも伏線をめぐらされ、読者を飽きさせない。1000年前の中央アジアにこのような作品があったこと自体が奇跡といってもよいだろう。11世紀前後の同時代に書かれた世界の代表的民族文学(例えばローランの歌・ニーベルンゲンの歌・イーゴリ戦記・エルシードの歌など)と比べても明らかに一頭群を抜いている。
 後世にセルジュクトルコ・ティムール・オスマントルコと世界史を揺るがす帝国を次々と生み出すトルコ系イスラム国家の先駆けのカラ・ハーン朝の大侍従であったユースフ・ハース・ハージブが書いた6645句の長詩だが、この書物の裏に読める作者の心情は痛切である。
 カラ・ハーン朝は建国したが、アラブ・ペルシアの先進文化は、トルコ人の価値をいまだ低いままにしている。ユースフは、自らの民族の誇りをかけて公用語のアラビア語・ペルシア語をさけて、トルコの言葉でこの長詩をつづった。

     6616、わたしは両手をのばして知識を求めた、
        真珠の首飾りのように言葉をつないで詩を詠んだ。
     6617、 私にはテュルクの言葉が野生のカモシカのように見えた、
         私は彼女を優しく捕まえ、私にひき寄せた。
     6618、 私は彼女を愛撫し、彼女もすぐに私に心を傾けた、
         ただ、時々、彼女は私から離れ、怖れおびえた。
     6619、私がちょうど彼女を捕まえたように、私は彼女の後を追った、
        すると麝香の香りがどんどん漂ってきた。

いま中国新疆でウイグル族が受難の日々をおくっている。かれ等が自らのアイデンティティーのシンボルのようにあがめる古典であるが、本邦では知られることが少ない。

     6565、立とう、行こう、この世を歩きまわろう、
        もし誠実な人がいるのなら、この世でさがそう。
     6566、だが、そのような善人は稀になった、どこでさがすべきか、
        さがそう、さがして見つけるべきなら会えるまでさがそう。
     6567、他の願いはすべてかなえたが、善人だけは見つからない、
        まことの人間に会えればわたしの心も満足できよう。
     6568、信義はなくなり、裏切りは世に満ちる、
        信義を持つ者があれば、少しわたしに分けてくれないか。
     6569、もし正直で寛大な人間を見つけたなら、
        わたしは彼を肩に担ぎ、頭の上に掲げるだろう。
     6570、もし信義ある者を見つけられないなら、
        わたしは野生のヤギといっしょに住んだ方がよい。
     6571、わたしは草の根で飢えをしのぎ、雨水で渇きを癒す、
        砂を布団にし、麻袋を衣とする。
     6572、獣のように原野を走りまわり、
        人びとから離れ、世界から消え失せる。
     6573、そうでなければ、この世を捨てて、
        川のように流れ、風のように舞い去る。

 作者ユースフ・ハース・ハージブの墓標は中国新疆のカシュガルにある。そこでは、作者の子孫、ウイグル族の習慣と言葉が無残に奪われようとしている。1000年前の作者が、1000年後の子孫の受難を知るよしべはない。しかし、民族の母語の美しさと誇りをはじめて世に示した作者ユースフ・ハース・ハージブの慟哭は、いま21世紀の我われに子孫の苦しみを訴えているように切ない。心ある人に一読をすすめる。

この書評がいいと思ったら、押そう! » いいね!

共有する: