目次
はじめに
序章 グローバル社会における人身売買
第1章 農村における人身売買被害者の実態――脆弱世帯とは何を指すのか
1.出稼ぎが招いた家族離散と人身売買へ誘引される背景
(1)家長の出稼ぎが招いた家族離散と負の連鎖
(2)孤児たちのおかれた社会環境
2.貧困と性暴力の関係
(1)世帯が抱える経済状況と性的暴行
(2)負の連鎖――孤立と「恥」
3.農村内の差別と帰村への恐怖
(1)相互扶助からの排除と職業斡旋人――恐怖の連鎖
(2)被害者における罪の意識
まとめ――人身売買被害者からとらえる農村社会
第2章 国境地域における人身売買被害者の実態――周縁の地に引きよせられる人びととは
1.ポイペト国境地域とは
2.国境地域の集落を形成する人びとの特徴
(1)調査地の概要
(2)居住者の分類と世帯構成
(3)近隣住民との関係
3.帰還民世帯と貧困
(1)ポイペトと帰還民世帯との関係
4.断ち切れぬ負の連鎖と移住世帯
(1)母子世帯と人身売買――被害者を生み出す環境とは
(2)土地なし世帯と人身売買
(3)女性単身の出稼ぎ労働と人身売買
まとめ――ポイペトで起こる人身売買とその被害者とは
第3章 カンボジアの近代史と農村の現状
1.独立から国内権力闘争――国際社会に翻弄される国家
2.経済成長と現実――誰のための発展か
(1)市場経済とカンボジア
(2)都市と農村の格差
3.カンボジア農村と人の流れ
4.カンボジア社会の文化構造
(1)性規範
(2)教育事情
(3)集落内の相互扶助と排除
まとめ――一連のシステムとしての社会文化構造
第4章 人身売買被害者とはどういう人たちか――全体像とその類型
1.人身売買被害者の年齢と出身州
2.被害者らの経済状況の実態
(1)就労状況
(2)収入と支出
(3)借金の有無と土地なし世帯
3.被害者世帯と相対的貧困
(1)人身売買被害者の教育状況
(2)重層的貧困と人身売買
4.人身売買被害者と斡旋人
(1)被害者と職業斡旋人との関係
(2)斡旋人との関係性――農村と国境地域を比較して
まとめ――人身売買被害者の「貧困」をどのように読み解くか
第5章 国境地域における外部支援のあり方
1.調査時から10年後のポイペト国境地域と臨時出入国ゲートでの越境移動
2.回廊地帯を通じての越境ルート
3.国境地域における外部支援とその限界――社会環境の再編は可能か
まとめ――国境地域における支援の再考
第6章 貧困からどう抜け出すか
1.脆弱者から主体者へ
(1)外部介入と仲間の存在
(2)支援対象者から支援者へ
2.主体性の獲得段階とそのプロセス
(1)主体性獲得までのプロセス
(2)当事者とは誰か、主体性の真意
まとめ――貧困からの脱却とその方法
おわりに
注
引用・参考文献
巻末資料
索引
前書きなど
はじめに
(…前略…)
本書では、カンボジアでの長期のフィールドワークに基づいて「なぜ人身売買は発生するのか」「カンボジアにおける人身売買被害者とはいったい誰を指すのか」「なぜその人が被害者になるのか」という問いに答えたい。
具体的には、カンボジア農村において社会的に弱い立場におかれた女性と女児たちに関する構造的暴力について示す。彼女たちは、カンボジア社会の社会構造の影響下で、気づかぬ間に「人身売買」に巻き込まれていく。また、この弱い立場の者が本人の意図せぬまに強者・権力構造に巻き込まれていく構図を、より大きな視点からもとらえることで、局所的な事例にとどまらない「人身売買」をとらえるツールについても概説する。
人身売買の被害者は、国際機関やNGOなどの外部支援により、自分を客観的にとらえる視点を獲得し、当事者としての主体性をもって自立の道を歩み始めることになる。このような場合、彼女らは、弱い被害者、脆弱者といった視点でとらえるのではなく、他の弱者たちにも手を差し伸べて連帯意識を自ら育み、人間としての誇りと尊厳を回復し、「貧困」を克服していけるような、自立した人間としてとらえるべきであろう。こうした視点から、本書では彼女らの貧困の克服の道筋を明らかにしている。
本調査は質的調査を主とし、先行研究・資料の考察、参与観察、聞き取り調査を実施した。現地での聞き取り調査は、すべて筆者による個別インタビューである。データの収集には、聞き取り対象者を通じて対象者を拡大していく場合と、不作為抽出によって、聞き取り対象者を選定する場合の双方を用いた。本書の聞き取り対象者には、(1)被害当事者と世帯構成員、(2)国際機関の職員とNGO(支援団体)の関係者、(3)行政長、村長・役員、同地域の農村居住者、地域の実情に詳しい専門家が含まれる。本書における聞き取り対象者の年齢は調査時のものであり、使用される氏名はすべて仮名である。
(…後略…)