目次
はじめに
第1部 美術・歴史を旅する
1 古代エトルリアの影――タルクィニア
2 受け継がれる古代の美意識――ローマ
[コラム01]ローマ下町のB級グルメ
3 ポンペイ遺跡と近代の美術――ナポリ
4 海に眠っていたギリシャの戦士――レッジョ・ディ・カラブリア
5 中世の華麗な芸術にふれる――シエナ
6 ルネッサンスの精華――フィレンツェ
7 謎めいた怪獣の森――ボマルツォ
8 まぼろしの楽園――ニンファ
第2部 食の宝庫を旅する
9 酢の王様 バルサミコ――モデナ
10 絶品チーズ、パルミジャーノができるまで――パルマ(1)
11 至高の生ハム、おいしさの秘訣――パルマ(2)
12 北の3つ星レストラン「ダル・ペスカトーレ」――カンネート・スッローリオ
13 南の2つ星レストラン「ドン・アルフォンソ1890」――サンターガタ・スイ・ドゥエ・ゴルフィ
14 自然が育むおいしさ――アブルッツォ州・モリーゼ州
第3部 とっておきの町を歩く
15 時の迷路を歩く――ヴェネツィア
16 歴史が静かに息づく町――ペルージャ
17 田舎の海辺でイタリア的休暇――チンクエ・テッレ
[コラム02]チンクエ・テッレのワイン
18 地中海一のきれいな海――サルデーニャ島
19 中部イタリアの桃源郷――メルカテッロ・スル・メタウロ
20 気品ある街と友人たちの面影――トリノ
第4部 北へ南へ、魅力あふれる町をめぐる
21 美と芸術を育む町へ――北部イタリア
・ヴェローナ
・パドヴァ
・ヴェネツィア
・ラヴェンナ
・カッラーラ
22 中世の余韻にひたる愉しみ――中部イタリア
・サン・ジミニャーノ
・ピエンツァ
・ウルビーノ
・オルヴィエト
・アッシジ
・スポレート
・トゥスカーニア
23 歴史と文化の堆積層を見る――カンパーニア州
・エルコラーノ
・パエストゥム
・ソレント
24 地中海の島に残る多民族の足跡――シチリア島
・タオルミーナ
・パレルモ
・カルタニセッタ
・アグリジェント
[コラム03]パレルモで食べる
イタリアをより深く旅するための文献案内
前書きなど
はじめに
イタリアを旅して誰もが感じることは、その景観の美しさだろう。都市部や田園風景のどこをとっても絵になる。そして、どんな旅行でもそうだが、美しい景観の成り立ちや食べ物の由来を少しでも知ることができたら、いっそう味わい深く愉快なものになる。イタリアの旅の入り口に立つと、この国は、簡単に魅力の種明かしをしてくれそうな雰囲気を漂わせる。だが実際は手ごわい国だ。「料理の素材を生かすということ以外、すべてが日本とは反対の国だ」と評したのはたしか塩野七生氏だったと思うが、生活に対する考え方一つをとっても、日本とかなり違っている。
観光地で出会うイタリア人からは、陽気で人懐っこい印象を受けるかもしれない。しかし、その表情の奥には、一度は地中海世界を統治したという実績から来る、人への巧みな接し方、そして政治や軍事、宗教に対する強い懐疑としたたかさが隠されている。また、どんなことを決断する際にも、個人の強い意志が感じられる。
豊かな経験と強い意志というDNAは、時として他の追随を許さない偉大な作品をつくり出してきたが、庶民にまで共有されるこの遺伝子は、どのくらいの長きにわたり力を発揮し続けたのだろうか。歴史をひもとけば、政治、科学、宗教とさまざまな分野に実例を見出すことができる。たとえば、地動説を説き教会の圧力にも屈しなかったガリレオの強い意志、芸術の分野にあっては、古典の復興期とも言われるルネッサンス期に、ギリシャやローマ時代の作品からその精神や技法を学び、取り込み、美しい絵画や大理石の彫刻、均整の取れた建築物などを生み出したことなどである。
こうした極めつけの品々を前にし、生活を続けていると、日本人は、マイナス効果も出てくるのではないかと考える。「やみくもに努力しても、目の前にある偉大な作品を乗り越えられないなら、二番煎じになる。やっても無駄だ」との諦観にたどり着くと考える。しかし彼らはそれほど単純ではない。むやみに努力しても無駄と知っているので、他人がまだやったことのない、自分らしい生き方を探しだす方向にベクトルを向ける。そこで新しい作品やキラリと光る製品を作り出す人たちが生まれてくる。先祖から受け継いだ質の高い遺産や自然環境を前にして、ここから謙虚に学び成功しているイタリア人たちだ。おいしさの頂点を極めたパルマの生ハムやチーズをコンスタントに作る職人たちが良い例だろう。この地域に特有の温度や湿度など、自然がもたらす条件を巧みにとり入れ、伝えられてきた技術を保持しながら食材製作に打ち込み、素晴らしい味を作り出している。他方、トスカーナ地方などの農地所有者は、何代にもわたり耕作地と森のバランスを計算しながら改良に改良を重ね、その結果、今日のたぐいまれな美しい景観が生まれた。
そうした異質な国を何年もの間、眺め、時にはこの地で生活もし、人々とも深い関わりを持つ私を含めた3人の日本人が、それぞれの分野で、「イタリアの勘所、たとえば景観や美術作品などの美しさの理由」を明らかにすべく、向こう見ずにも、謎解きを試みた。これに助け舟を出す4人目の執筆者として登場したのが、日本に長く居住し、その考え方や生活をもよく知るイタリア人女性である。彼女に、日本人の感性に近い見方でもって自国を紹介してもらおうと考えた。これが本書の生まれるまでの経緯である。
この本は第1部の美術・歴史の紹介からはじまり、第2部は食に関する章、そして個性的な町を歩く第3・4部という構成になっている。イタリアの町々は、中規模の大きさの所なら、美術作品や風景から、地元産のおいしい食べ物まで豊富にそろっており、これらが絡み合って町全体の雰囲気を作っている。したがって、第1部で美術をメインに紹介していても食べ物のことが顔を出す。はじめに登場するラツィオ州のタルクィニアもそうだ。城壁に囲まれた中世の小ぢんまりした都市の紹介の中にケーキ屋さんも登場する。だから本書は、どの章から読み始めてもよい。そして、どこをとっても、地下から水がじわっとにじみ出るように、イタリアのエッセンスを伝えることができたら本書のもくろみは成功したと言えるだろう。