目次
はじめに
序章 研究目的および研究枠組み
第一節 研究目的および研究枠組み
(1)研究の目的
(2)研究の枠組み:概念
(3)研究の枠組み:実証
第二節 研究の背景
(1)先行研究との比較
(2)調査研究としての積み重ね
第1章 実証的研究の方法
第一節 実証的研究の枠組み
(1)脱出と子どもの生活過程の関係
(2)脱出と援助組織の関係
第二節 実証的調査の分析方法
(1)フィールドワークの方法とその概要
(2)分析方法と本書の構成
(3)個人情報の保護と研究結果の提示方法
第2章 児童養護施設における「脱出」過程の包括的分類
第一節 分析枠組み
(1)分析対象者の抽出
(2)分析枠組み
第二節 脱出層の事例分析:分類(1)・(2)
(1)施設内で脱出に向かいその後も脱出を維持していく事例:分類(1)
(2)施設退所後に比較的安定して脱出に向かう事例:分類(2)
第三節 不安定層の事例分析:分類(3)
第四節 再排除層の事例分析:分類(4)・(5)
(1)施設退所後に再び排除に向かう事例:分類(4)
(2)施設内で排除に向かう事例:分類(5)
第五節 脱出と再排除を形成する要因の抽出
(1)入所中および退所後の生活状況の量的把握
(2)退所後の要因の抽出
(3)生活過程の要因の抽出
第3章 施設の入所局面および退所局面
第一節 入所の局面
(1)生活拠点の変化
(2)生活の立て直しのはじまり
(3)生活を楽しむこと
第二節 退所の局面
(1)計画的な退所
(2)突然の退所
(3)退所後の生活
第三節 考察
(1)退所準備と脱出の関係
(2)社会のなかでの居場所の構築と脱出の関係
第4章 施設での生活過程
第一節 集団生活での居場所づくり
(1)集団で育ち合う場
(2)「居場所」をつくる:身をよじる・「たて」の関係・「よこ」の関係
第二節 集団での生活過程と職員の援助方針
(1)生活のなかでの主体形成
(2)集団の「反作用」:不登校・リストカット・措置変更
第三節 個別発達課題と職員の援助方針
(1)集団のなかで埋もれてしまいがちな子ども
(2)被虐待児
(3)怪我と病気
第四節 考察
(1)集団における生活過程と脱出の関係
(2)居場所の確保・個別発達課題と脱出の関係
第5章 施設で生活する子どもと援助組織
第一節 学園職員による援助
(1)職務
(2)信頼関係の構築
(3)援助方針と子どもの思いの差異
第二節 学校教育との連携
(1)小学校
(2)ニーズに応じた教育体制
第三節 児童相談所・家族との連携
(1)児童相談所との連携
(2)家族との連携
第四節 考察
(1)職員による援助と脱出の関係
(2)援助組織の体系
(3)地域社会との連携の困難さ
終章 児童養護施設を基点とした脱出
第一節 総括:児童養護施設を基点とした脱出に向けた課題
第二節 今後の課題
補章 イギリスにおける社会的排除への対応策――要養護児童への政策および援助実践
なぜ、イギリスに着目するのか
第一節 要養護児童の社会的排除問題と対応
(1)社会的課題としての要養護児童の社会的排除
(2)地方自治体における対応
第二節 地方自治体を基盤とした政策および援助実践
(1)児童自立支援法(Children (Leaving Care) Act 2000)と地方自治体の役割
(2)政策の実施プロセスと実践
第三節 小括
(1)地方自治体における完結型の実践
(2)リーズモデル
参考文献
おわりに
前書きなど
はじめに
(…前略…)
ここは児童養護施設である。何らかの事情で保護者とともに暮らすことのできない子どもの生活の場である。全国に583施設(2011年7月現在)あり、おおよそ2~18歳までの子ども3万695人(2008年10月現在)が暮らしている。施設に来る前、多くの子どもたちは貧困のなかで生活し、半数以上の子どもは虐待を受けた経験がある(全養協2006b)など社会的に排除された状態におかれていた。
貧困や排除の渦中にある子どものなかでもとりわけ家庭で適切な養育が受けられない子どもは「要養護児童」と言われ、児童養護施設を中心とした社会的養護体系が子どもの生活基盤となっている。社会的養護には、児童養護施設だけではなく、乳児院、母子生活支援施設などいくつか子どもの生活の拠点となる場所が挙げられる。また、家庭型養育として里親制度もある。措置先は家庭の状況や子どもの発達課題によっても異なるため単純な比較はできないが、2006年度において施設養護の乳児院、児童養護施設、そして家庭型養育の里親を生活の拠点とする子どもの合計3万7331人のうち、それぞれの生活拠点は、乳児院が3143人(8.4%)、児童養護施設が3万764人(82.4%)、里親が3424人(9.2%)であり、多くの子どもが児童養護施設で生活していることがわかる(厚労省2007a)。本研究では、子どもが子ども時代に貧困の再生産を断ち切り、将来の社会的排除を予防する生活の場として児童養護施設を位置づけている。
一方で、施設で暮らした経験のある子どもたちの退所後の生活の維持や形成の困難さは先行研究において明らかにされている(松本1987;部落解放研2008;都社協2004;西田編2011など)。こうした要因の1つは、退所後の子どもの生活基盤を形成する労働市場の問題が挙げられよう。つまりそもそもの社会的な包摂問題があり、とりわけ若年層の労働市場からの排除や「半失業」(後藤2009)と言われるような状態がある。これに加えて、失業時の生活保障の不安定さが前提となり、とりわけ家族に頼ることのできない彼/彼女らには直接的に降りかかる。
いま1つは、施設を経験する彼/彼女らが抱える固有の課題もある。より具体的には、施設入所前に降りかかった生活背景と施設での生活過程、施設から退所する移行過程に関わるものである。つまり、家族に十分に頼ることができない子どもが施設の生活過程のなかで援助者とともに、例えば被虐待の影響や学力の遅れといった発達課題を乗り越えながら、いま一度社会や大人との関係を結び直していく過程にある課題である。同じ施設で生活しながら、退所後の生活が安定する子どもと必ずしもそうならない子どももいる。その規定要因は何か、メカニズムを解明することが求められる。言い換えれば、誰もが可能性をもっている子ども期に排除という状態像におかれた子ども1人ひとりが、社会のなかで大人になっていく生活過程を分析することである。
本研究では、児童養護施設における長期的なフィールドワークを通して、施設で暮らす子どもとともに生活を形成する援助実践者の日常を描いていく。なぜ、子ども時代に社会福祉の介入があるにもかかわらず、退所後には再び排除の状態におかれるのか。子どもは、自身の状態像をどのように捉え、社会のなかで援助者とともにいかにして生活を立て直していくのだろうか。子どもは、どのような将来展望をもっているのだろうか。本研究では、子ども自身に直接聞いている。それと同時に子どもたちの生活過程を動態的に捉え、子どもと援助者との相互作用を参与観察し分析しているという特徴をもつ。
なお、本書では日本の現状に合わせ貧困の再生産を断ち切る場として児童養護施設を対象に検討を重ねた。終章後の補章では、地方自治体が主導し地域を基盤としてNPOや社会的企業とともに子どもの社会的排除に対応しているイギリスの政策実践を考察している。