目次
はじめに
第1章 「ひこざ」とはどんなところ
●開塾日の様子
早い時間(午後3時半~6時)の「ひこざ」
遅い時間(午後6時~8時)の「ひこざ」
学習終了後(午後8時~)の「ひこざ」
●学習支援事業
対象者と内容/一人ひとり異なる「学習支援」/入塾・学習開始まで
地域交流事業としての各種イベント
第2章 「ひこざ」ができるまで
●開塾のきっかけ
強い思いと社会的背景/運営する場所と資金/運営のための人とのつながり
●発起人会議で骨格づくり
地域で気がかりな子どものこと/塾生募集の要項作り
第3章 居場所としての「ひこざ」
●活動スペースの膨張
思った以上に多かった入塾者/「倉庫」を控室にリフォーム/「禁止」がない空間
●食がもたらすつながり
たかが「おやつ」、されど「おやつ」/「同じ釜の飯を!」学生軽食の取り組み
●保護者とのつながりを求めて
預かりっ放しではなく/実り多い保護者面談/月刊のお知らせ紙の発行
●地域社会の協力
地域に根ざした間口の広い場所/地域から受けた数々の支援/大きな副産物・世代間交流
第4章 学生組織「ひこざらす。」
●地域の大学生と共に
大学の交流ひろばで立ち上げ準備会/学生サークル「ひこざらす。」の誕生
●「ひこざ」の担い手として
大切なシフト管理と入塾面談/一人ひとりに合わせた学習支援
学習支援ボランティア活動
ミーティングで課題を共有/新入生の勧誘
「ひこざ」での活動を通して
各種イベントと卒塾式/学生にとっての活動の意義
「ひこざ」の意義
第5章 子どもたちの変化と成長
●1期生の子どもたち
支え合って乗り切った高校受験/真面目で頑張り屋さんの一面で/愛すべき首領的存在
●少しずつ打ち解けて
机に向かう習慣がなかった/寡黙なしっかり者/
将来の展望を見出し学校へ戻る/勝気な負けず嫌いの頑張り屋
●子どもの成長と学びの場
第6章 「ひこざ」の魔法力
●無料だからの関係
上下がない関係/塾生は「お客さま」ではない/近所付き合いの延長として
●一人ひとりが主役
「規則」がない塾/多様性のある小さな社会
互いを尊重し学び合う関係/自己肯定感を育む場
【寄稿】「夢」と「夢」をつないで
安藤聡彦(埼玉大学教育学部教授)
第7章 地域型の無料塾を始めてみませんか
●無料塾とは?
●地域で子育てをするとは?
地域に10代の居場所を!/子どもは地域の「かすがい」
●素人でも大丈夫なの?
「学習支援」はプロでなくても大丈夫/規則は必要に応じて/
子どものことは子どもに学ぶ
●地域で本当にできるの?
地域の理解を求める/地域は人材の宝庫/活動スペースを確保するには
●無料で続けられるの?
「ひこざ」の運営費/運営費の助成が必要
●「ひこざ」を動かし続ける資源
おわりに
資料
設立趣意書/「ひこざ」活動記録
前書きなど
無料塾「ひこざ」は、すべての子どもの学ぶ権利を守るために、地域住民が立ち上げ、自力で運営している「子どもの居場所」です。経済的な問題などを抱える地域の子どもが安心して集い学べる場として、2015年2月に開設しました。
学生や地域住民が無償ボランティアで運営しています。主な活動は学習支援です。地域の小学生・中学生を対象に、埼玉大学の学生が週2回(火曜日・金曜日)の学習支援活動をしています。継続を重視し、担任制1対1の学習指導が基本で、入塾要件は「小学4年生から中学3年生まで、経済的な事情などで塾に行っていない、自力で通塾できる」です。
学習支援の主力である埼玉大学の学生は、「ひこざらす。」という学内サークルを立ち上げています。独自にミーティングを開き、独立した存在として運営し、「ひこざ」への重要な提案をしてくれる頼もしい存在です。
無料塾「ひこざ」を開設してから4年が経ちました。塾生数は増加の一途をたどり、現在(2019年7月)は31人(小学生7人、中学生24人)です。施設の定員からすると超過密状態ですが、子どもたちは「楽しい」と通ってきます。
中にはおしゃべりし、ゲームをするだけで、まったく勉強をしようとしない子どもがいます。「勉強もしてみようか」と促しても「勉強やらない!」と強く拒否されることがあります。そんな時、学生たちは否定することなく、「今日はどうしたの、何かあったの?」「じゃあ、パズルでもする?」「宿題だけでもやっていけば」などと、寄り添いながら声をかけます。子どもたちの言葉にできない本心を引き出していくのは大学生ならではの力です。
入塾理由は主に「経済的な理由」ですが、「友だちに誘われた、楽しそう」と入る子どもも多く、一様ではありません。塾生の学力・家庭環境などは様々で、スタッフも大学生から高齢者まで多様です。低学力、学習障害、不登校の子どもがごく自然に溶け込むのは、この多様性があるからだと思います。引きこもりだった小学生の男の子が大きな声でおしゃべりし、笑い、将来の夢を語ります。塾生の多くが「頭が良くなった」と学力の向上を実感しています。
学生と住民スタッフという教育素人集団が手探りで設立し、運営してきた無料塾「ひこざ」には何かを変えていく大きな「魔法力」が働いていると感じることが多々あります。
「無料塾」といえば、行政による生活保護家庭などを対象にした無料学習支援が多く、「ひこざ」のように地域住民が立ち上げ、運営する無料塾は少ないのが現状です。「“無料”って言うけど、行政からお金が出ているのでしょう?」「無料の学習支援はうちの市もやっているよ」などとよく言われます。自治体による学習支援も、大学生や地域住民などのボランティアが支援しているため混同されやすいのです。
「ひこざ」は、地域住民が自主的に立ち上げ、寄付や助成金を頼りに無償ボランティアでやっています。本書で「無料塾」と呼んでいるのは、自治体による無料学習支援ではなく、地域住民が自主的に立ち上げ、独自で取り組んでいる「地域型の無料塾」のことです。
「ひこざ」の見学者の中には「無料塾を立ち上げたい」という人も少なからずいますが、説明資料が揃っていないために、毎回、資料作りにバタバタします。初めての方には、設立のきっかけから運営方法、現状までを説明するのに時間がかかり、無料塾の楽しさ、子どもの変化など、無料塾の真髄に関わる大切なことをうまく伝えられない悔しさがありました。特に地域の多様性から生まれる無料塾の「魔法力」をうまく伝えたいと思っていました。そこで無料塾「ひこざ」の取り組みをまとめた資料を作ろうというのが、本書を発行する理由です。
まずは「ひこざ」の基本である「みんなでつくる」を原則に、編集委員会を設置して、実践記録の編纂を始めました。創立からの2年間は、とてもドラマチックで感動的だったと意見が一致し、その間の記録をまとめることにしました。
内容は、塾生の変化や成長を中心に、子ども、保護者、学生、地域団体、住民など、それぞれの立場から感じている無料塾の存在意義を紹介しています。なお、登場する塾生たちはすべて仮名にしています。設立までの経緯、地域の支援、運営経費など、無料塾の立ち上げに参考となることも収録しました。
本書の発行は無料塾に対する「必要としている子どもはいるの?」「無料で続けられるの?」という疑問への回答でもあります。我々の知る限りでは、地域型の無料塾はまだまだ少ないようです。その一方で、小さな「ひこざ」だけでは受け止めきれない入塾希望者がいます。埼玉に、全国に、もっともっとたくさんの地域型の無料塾が増えることを願っています。