紹介
本書は,コロナ禍(パンデミック)を契機として社会全体がDX(デジタルトランスフォーメーション)の活用をせまられる今日,教育にかかわる人々がどのようにこの現状と向き合い,どのような方向でこれからの教育のあり方(人づくりと学びの革新)を展望すればよいのかを提起することを企図しています。
「幸せに生きる(グッドライフの)ための機会と可能性」を目指すDX(情報通信技術を活用した革新)時代の人づくりと学びのあり方を,環境教育,社会教育,教職教育にかかわる筆者が先行研究の蓄積の上に得られた最新の知見に基づき,学校,企業,大学,公益団体,社会教育施設,行政などの関係者に向けて,わかりやすく解説しています。
本書を通じて従来の学校教育,社会教育,企業の人材育成の枠組みを超えた新たな学びと人づくりのビジョンと方法を示すことで,来るべき時代の再創造・再構築に向けた独自の役割を果たすことを願う一書です。
[執筆者紹介]
降旗 信一[編者:序章・第7章]
東京農工大学農学部教授。社団法人日本ネイチャーゲーム協会理事長,カリフォルニア州立大学ソノマ校客員研究員,鹿児島大学産学官連携推進機構特任准教授,東京農工大学農学部准教授を経て現職。
金馬 国晴[編者:第2章]
横浜国立大学教育学部教授。
加納 寛子[編者:第1章]
山形大学学術研究院准教授。東京学芸大学・同大学院修士課程修了,早稲田大学国際情報通信研究科博士課程満期退学。
佐々木 豊志[編者:第9章]
青森大学総合経営学部教授/学部長/観光文化研究センター長。筑波大学体育専門学群野外運動学専攻(体育学士),宮城大学大学院事業構想学博士後期課程修了(事業構想学博士),くりこま高原自然学校設立(1996),2017年から現職。
長濱 和代[第3章]
日本経済大学経営学部教授。小学校教諭,筑波大学大学院修士課程,東京大学大学院博士課程を経て現職。
高橋 洋行[第4章]
立正大学社会福祉学部准教授。松山東雲短期大学,こども教育宝仙大学を経て現職。
田開 寛太郎[第5章]
松本大学総合経営学部講師。専門は環境教育,自然共生システム,観光産業。
菊池 稔[第6章]
名寄市立大学保健福祉学部講師。専門は自然保育,環境教育,防災教育。
岩本 泰[第8章]
東海大学教養学部教授。有明教育芸術短期大学兼任講師を経て現職。
目次
序 章 DX時代にいきる人づくりと学びの創造―本書の目的と構成
1 「DX 時代」という言説
2 人づくりと学びの革新
3 「学校」と「地域」の新たな関係づくり
4 人づくりと学びの革新を誰が担うのか
5 本書の構成
■第1部 DX時代の学校に求められる人づくりと学び
第1章 学校に求められるDX時代の人づくりと学び
1 教育のDX が進まない要因は何か
2 DX 時代の人づくりに必要な条件とは
3 ネット社会の欺瞞と正義
4 DX 時代の人づくりに必要な授業例
第2章 DX時代のカリキュラムと道具としての通信端末
1 個々にこもらず人とかかわり合う協働の活動を
2 活動理論とそのメリット
3 活動システムのモデル図と各要素
4 道具を端末とした場合の注意点
5 2つの面での矛盾
6 ソフトを詰め込んだ道具箱
7 どんな活動にまで拡張しうるか―ノットワーキング
8 教師教育と,生活世界からシステムを変える課題へ
第3章 DX時代の総合的な学習と探究の実践
1 「グッドライフ」のための人づくりと学びをめざした実践
2 探究の理論をつくる「PC×R サイクル」
3 振り返り(リフレクション・×R)を重視した実践例
4 テキストマイニングツールを活用した分析
5 DX 時代における教員の探究と学びのつながり
第4章 DXとポストコロナの人づくりと学びの実践
1 学校教育におけるICT 機器導入に関するOECD の動向
2 フランスの学校教育におけるICT 教育導入とキー・コンピテンシー
3 教科のカリキュラムとICT 教育との横断的つながりとその構造
4 DX 時代の公教育における責任と義務
■第2部 DX時代の社会とつながる人づくりと学び
第5章 社会教育に求められるDX時代の人づくりと学び
1 誰もがいつでも・どこでも学ぶことのできる意味
2 社会教育は新型コロナにどう向き合ったか―各施設の状況
3 ニューノーマルに対応する社会教育施設の機能と展開
4 データやデジタル技術を活用した地域づくりと学びの価値創造
5 社会教育における人づくりと学びのあり方と展望
第6章 DX時代を生き抜く社会教育実践と課題
1 社会教育におけるICT 活用の現状と課題
2 全国各地に広まるオンライン公民館実践
3 新型コロナ発生後の公民館の新たな模索―東京都多摩地域の取り組み
4 DX 時代を想定した社会教育の可能性と課題
第7章 DXを活用した大学と市民・企業との共創の実践
1 DX を活用した大学と市民・企業との共創を考える
2 住民・市民と教職履修学生の協働による教育資源調査
3 中小企業と教職履修学生の協働による教育資源調査
4 DX を活用した大学と市民・企業との共創の実践に向けて
第8章 学校と地域社会の連携とDXの可能性
1 DX を活用した「遠隔教育」―学校と地域社会をつなぐ
2 遠隔教育による遠隔「地」・遠隔「知」教育
3 大学による新しい授業の取り組み―神奈川と福岡をつなぐ
4 学校と地域社会の新たな連携可能性
第9章 体験とDXをつなぐ新しい学びの構築
1 「デジタルトランスフォーメーション:DX」と「生きる力」
2 DX時代にこそ求められる体験から学ぶ「生きる力」
前書きなど
まえがき
本書『DX時代の人づくりと学び』は,コロナ禍(パンデミック)により教育現場が大きくDX(デジタルトランスフォーメーション)の活用をせまられる今日,教育にかかわる人々がどのようにこの現状と向き合い,どのような方向でこれからの教育のあり方(人づくりと学びの革新)を展望すればよいのかを示すことを企図しています。
私たち編者は,本書の読者を主に3つのグループとして想定しています。第一のグループは教員免許の取得をめざして教職課程で学んでいる大学生や学校現場の教員です。教員免許法に示される教職コアカリキュラムとして,「教育の方法及び技術(情報機器及び教材の活用を含む)」という項目があり,この項目対応して各大学では「教育方法技術論」などの授業科目が設定されています。しかし本書は単なるスキルを伝える書ではなく,そもそもDX技術が導入されることにどのような教育本来としての積極的な意義や課題があるのか,あるいはDX技術を使うとこれまでの学びをどのように,より学習者主体に,より対話的に,より深く変化させられる可能性を有するのかといった教育の内容や目的までも射程に入れた議論を提示しています。その意味で本書は「総合的な学習の時間の指導法」をはじめとしてさまざまな教職科目のテキストとしての活用が考えられるでしょう。第二のグループは,社会教育・生涯学習について学ぶ学生や現場の職員です。地域が直面するさまざまな課題の解決に向け,住民・市民の学びを支援する社会教育主事・社会教育士の養成課程をはじめとして,社会教育・生涯学習にかかわるさまざまな講座や授業で,本書は今日的な学びの可能性,とりわけ学校との地域との連携の可能性についてさまざまな角度からの示唆を提供しています。さらに本書は,第一のグループにも第二のグループにも入らない大学の教養教育あるいは共通教育として「教育」や「生涯学習」に関心を抱く学生や市民の皆さん,さらには中小企業経営者など実業にかかわる企業人にも,これからの新しい教育(人づくりと学び)のあり方についてさまざまな学びのヒントを提供しています。
私たちがよりよい生活(グッドライフ)を築くためには,コロナ禍を通じた情報技術の革新と並行して,DX時代を再創造・再構築する人づくりと学びの革新が求められます。そのとき,より有効な時機と方法で情報技術を取り入れることを考える必要があるでしょう。たとえば発達段階によっては,あえて失敗も含めた実際の「体験」を重視して,最適解への近道であるDXへすぐに飛びつくのではなく適宜取り入れる仕組みも必要なのではないでしょうか。
本書の各章の内容は執筆者がそれぞれの環境や研究・実践などをもとに各人の責任において書かれていますが,本書が示したのはコロナ禍というここ100年来,人類が経験したことのない大きな社会構造その基礎となる生態系の変化のなかで,これからの時代にどう向き合うかを思考する際のきっかけとなる論考にすぎないことを自覚しています。
ぜひこの大切な議論をきっかけにして,読者の皆さんと一緒に今日から始めていけたらと願っています。
2022年10月
編者を代表して 降旗 信一