紹介
僕をつくったあの店は、もうない――。
子供の頃、親に連れられて行ったレストラン、デートで行った喫茶店、仲間と入り浸った居酒屋……。誰にも必ず一つはある思い出の飲食店と、舌に残る味の記憶。
「どこにあるかわかんねー」とか「もうなくなっちゃったよ」とか「事情があっていけない」、あるいは「くっそまずくてもう行かねえ!」とか、そういう誰かの記憶に残るお店の数々を、人気芸人からアイドル、作家、ミュージシャン、映画監督、芸術家、マンガ家、イラストレーター、クレイジージャーニー、クリエイター、編集者に女王様まで、各界の著名人総勢100人が100通りの文体で綴る悲喜こもごもの人生劇場。
もう行けない店、味わえない味、酔っぱらえないカウンター。100人の記憶と100軒の「二度と行けないあの店」について、640頁の大ボリュームと都築響一による写真でお届けする追憶のグルメガイド――。
目次
1 大島の漁師屋台=都築響一
2 羽田の運河に浮かぶ船上タイ料理屋=矢野優
3 甘くて甘くて、怖い雲=平松洋子
4 もう二度と味わえない、思い出の「1セット」=パリッコ
5 まちがいなく生きものがいた=いしいしんじ
6 あってなくなる=俵万智
7 北京に捨ててきた金正日=向井康介
8 煙が目にしみる=玉袋筋太郎
9 ホープ=水道橋博士
10 渋谷駅、スクランブル交差点周辺の数百軒=江森丈晃
11 真夏の夜の夢=土岐麻子
12 ホワイトハウス=安田謙一
13 酔うと現れる店=林雄司
14 エスカルゴと味噌ラーメン=古澤健
15 祖父の行きつけのクラブ=滝口悠生
16 YOSHIWARA=遠山リツコ
17 珈琲家族を忘れない=髙城晶平
18 春の頃、私的最果ての店=内田真美
19 池袋ウエストゲートカツ編=イーピャオ/小山ゆうじろう
20 失恋レストラン=吉井忍
21 どん感がすごい=コナリミサト
22 土曜夜新宿コマ劇近くで=永島農
23 呪いの失恋牛すじカレー=谷口菜津子
24 本当の洋菓子の話をしよう=石井僚一
25 北極の雪原で味わった「食」の極限=佐藤健寿
26 六本木シュルレアリスム前夜=和知徹
27 佐野さん、あのレストランの名前教えてよ。=九龍ジョー
28 東京ヒルトンホテル オリガミ=篠崎真紀
29 営業許可のない大久保ロシア食堂の夜=ツレヅレハナコ
30 欲望の洞窟=Mistress Whip and Cane
31 自覚なく美しかった店とのお別れ=佐久間裕美子
32 レインボーズエンドの思い出=吉岡里奈
33 カレーの藤=松永良平
34 レモンライスのあのお味=劔樹人
35 週刊ファイトなお好み焼き屋=堀江ガンツ
36 山口お好み屋=見汐麻衣
37 深夜のドライブと恵比寿ラーメン=小宮山雄飛
38 ばってらと調製豆乳=朝吹真理子
39 謎のカレー屋の店主は、空の雲を自在に操った=吉村智樹
40 孤独うどん=日下慶太
41 道玄坂を転がり落ちた先の洞窟=スズキナオ
42 かけめぐる青春~吉祥寺・シャポールージュ~=益子寺かおり
43 ずっと、チャレンジャー。=中尊寺まい
44 新宿、サグ・パニール、恋。=小谷実由
45 カフェのランチでよく出てくるミニサラダ=川田洋平
46 「浮かぶ」の正しいナポリタンとハイボール=安田理央
47 まんまる=上田愛
48 カトマンズのチャイ店=酒本麻衣
49 「鶴はしラーメン」の絶品鴨スープのラーメンを作る、熊の刺身を食べなかった「チーフ」=呉ジンカン
50 その店は、居間にあった。=小石原はるか
51 究極の「うまくないけど食いたいもの」だった、うどんとおでん=兵庫慎司
52 今はなき廣島文化の最深部=Yoshi Yubai
53 限りある時間を慈しむ=ヴィヴィアン佐藤
54 父と煮込みとバヤリース=とみさわ昭仁
55 凍った英国の庭に行った話=伊藤宏子
56 再築される愛憎=理姫
57 ハマーの味=大井由紀子
58 飯能、おにぎりと磯辺餅だけの店=古賀及子
59 祇園の片隅で=いぬんこ
60 カリブサンドだけは、今でもほんとうのまま=飯田光平
61 最初で最後。すさみの黒嶋茶屋=逢根あまみ
62 深夜の路地で、立ち食いサラダバー=椋橋彩香
63 仙人茶館重慶=菊地智子
64 1980年代前半、サイゼリヤ稲毛駅前店=マキエマキ
65 打ち上げ花火と水餃子=村上巨樹
66 オリオン座の下にあったミヤマ=村上賢司
67 シンプリーのスペカツ=桑原圭
68 神田神保町のめし屋「近江や」と「美学校」=直川隆久
69 修行道場高野山=梶井照陰
70 私がジョン・ヴォイトになった日=高橋洋二
71 夜来香名古屋・栄店=Oka-Chang
72 唐あげ塾=ディスク百合おん
73 永遠の21秒=豊田道倫
74 戦争オカマについて=茅野裕城子
75 白檀の香り=池田宏
76 夢の跡=金谷仁美
77 フリークスお茶屋の話=都築響一
78 松屋バイトで見た十三の景色=徳谷柿次郎
79 北浦和のさらじゅ=島田真人
80 突撃せよ!あさましい山荘=小林勇貴
81 しみいるうどんといなりずし=スケラッコ
82 三鷹アンダーグラウンド=平民金子
83 東京の、みんなのとんかつ登亭=本人
84 大阪ミナミ・高島田=鵜飼正樹
85 スナック・ストーン=石原もも子
86 どこまでも続く森=たけしげみゆき
87 ニンニクのにおい、駅ビルからの眺め=VIDEOTAPEMUSIC
88 イクツニナッテモアソビタイ、と台湾料理屋のママは云った=友川カズキ
89 売女に居場所を潰されて=クーロン黒沢
90 バーニングマンのラーメン屋台=柳下毅一郎
91 終末酒場にて/五反田・たこ平=幣旗愛子
92 マクドナルドと客家土楼=安田峰俊
93 またみんなで行く♪=平野紗季子
94 丸福(仮名)の醤油らーめん=村田沙耶香
95 幻の本場インドカレー=高野秀行
96 見えない餅=くどうれいん
97 ミクシィ時代の「都会の森ガーデン」=田尻彩子
98 なくなったピンパブ=比嘉健二
99 〈タイム〉と〈フェズ〉=バリー・ユアグロー(訳:柴田元幸)
100 シドの酢漬け=大竹伸朗
前書きなど
料理小説というジャンルがあるならば、料理店小説というジャンルがあっていい気もする。
子どものころ、最初に好きになった宮沢賢治は『注文の多い料理店』だったし、谷崎潤一郎でいちばん好きなのはいまも『美食俱楽部』で、つまり食べられない料理、行くことのできない料理店ほど食欲をそそるものはないということだ。
おいしいもので満腹になったとき以上のしあわせってなかなかないけれど、物欲や性欲や、人間のいろんな欲の中で食欲というのはどうも文学性に欠けがちと思われてきたふしもある。でも、これからお連れするおよそ軒の店はネットのグルメサイトとはぜんぜん別次元の、たったひとりの星5つに輝く場所だ。
僕らにその輝きが届くころにはもう燃え尽きてなくなっているかもしれない夜空の星々のように、この本に出てくる店はどんなに行きたくても行くことができない。どうしても行けない国、フィルムが消失してしまった映画、録音が残されていない伝説のライブ、いちども一緒に寝れなかったまま遠くへ行ってしまった恋人のように。
いつだって、いちばんおいしいのは記憶なのだ。
週刊メールマガジン「ROADSIDERS'weekly」の巻頭連載として、2017年から2020年まで、2年半かけて人/組の方々が、もう行けない店の思い出を寄せてくれた。ひとりひとりの記憶がすべて異なるように、回の文体も、段落の区切り方、漢字や数字の使いかたも、すべてばらばらだったが、それを統一することはやりたくなかった。なんだか、記憶の彩度やトゲをぼかしたり丸めてしまう気がして。世にまったく同じメニューの店が一軒もないように、人がそれぞれのスタイルで語ってくれる物語に耳を傾ける気持ちで、お付き合いいただけたらうれしい。