目次
あらすじ 『マハーバーラタ』のふたつの構造 ヴァルナからヴィシュヌへ 神々の不死の起源 呪術師ウシャナス ビーマはなぜ料理人に変装したのか 英雄たちの二重のイニシエーション 悪魔と富の比較神話 乳海攪拌神話とラグナロク ゴーヴァンの比較神話 花咲か爺の起源 マータリの地底界めぐり ヒルコとアルナ シヴァとスサノヲ 小事典
前書きなど
はじめに
『マハーバーラタ』はインド二大叙事詩に数えられる、世界最大級とも言われる長大な物語である。その概略については後述の「あらすじ」に譲るが、主題は従兄弟間の戦争物語だ。その中に様々な神話や教説が挿入され、複雑な構成となっている。この「神話の宝庫」とも言える巨大な書物が、本書の主な研究対象である。
本書の構成は以下の三部からなる。
1.主筋のあらすじ
2.論考
3.小事典
「あらすじ」と「小事典」があることによって、入門書としてもふさわしいものとなっている。
これら三部のうち、中心となるのは2の論考部分である。これは筆者が博士論文(『マハーバーラタの神話学』弘文堂、二〇〇八年)以降に書いてきた論文を、加筆修正してテーマごとに並べ替えたものである。このパートは三部構成となっている。
2-1 『マハーバーラタ』の構造
2-2 『マハーバーラタ』と世界の神話の比較
2-3 『マハーバーラタ』と日本の神話の比較
ここで、筆者の学問的立場を明確にしたい。筆者は東海大学文学部文明学科南アジア課程でサンスクリット語をはじめインドの文化を学んだ。卒業論文はインドの葬送儀礼について記された『ガルダ・プラーナ』を訳し、その思想的背景を探るというものだった。
大学院に進学したいという希望は大学入学時点から持っていて、進学先を考えた時に、初心に戻って「神話の勉強がしたい」と考え、日本でも世界でも神話学といえば吉田敦彦先生だ、と思い学習院大学大学院を受験した。〈初心〉というのは、筆者は中学生の時に吉田先生の著書を読み、「こういう本を書く人になりたい」と思ったからだった。
吉田先生にいただいた研究テーマは、ずばり『マハーバーラタ』。この巨大な神話の宝庫をテーマとして示してくださったことは、わたしの人生の道筋を開いてくださったことと、常に感謝申し上げている。
最初に取り組んだのは『マハーバーラタ』の最大の難問、ドラウパディー姫とパーンダヴァ五兄弟の一妻多夫婚問題であった。これは博士論文のテーマとなり、『マハーバーラタの神話学』に結実された。本書においてはそのエッセンスを2-1-1で取り上げている。そのほか、2-1においては『マハーバーラタ』をはじめとするインド神話の構造について俯瞰的に論じた。
インド神話はインド=ヨーロッパ語族の仲間として、ギリシアやゲルマン、ケルトなど他のインド=ヨーロッパ語族の神話と似ているところが多くみつかる。吉田先生の師であるデュメジルの学説を学びつつ、インドから世界へと、神話の比較の範囲を広げていった。2-2である。
また、意外にもインド神話は仏教とは関係のないところでも、日本の神話と似ている。そのことについては2-3で取り上げた。
筆者の立場は常に「神話学」にある。インド文献学でも、宗教学でもない。では神話学とは何か?と疑問に思われるかもしれない。それを明確に定義することは、この段階では避けようと思う。ただその答えの一端は、各論文中に示したつもりである。読者のひとりひとりが、これらの論文をお読みいただき、神話学とは何か、考えるきっかけとなれば幸いである。
本書は、筆者の最初の本から一〇年間の仕事をまとめたものである。これまで多くの本、研究書やエッセイ、翻訳、事典、入門などを出してきたが、本書はいわば〈初心〉〈初志〉の本であり、その初心こそが筆者の「神話学」なのである。