目次
序章 学習心理学への招待
第1章 行動を説明する
第2章 世界を知ること――古典的条件づけ
第3章 世界と関わること――道具的条件づけ
第4章 統一的理解――古典的条件づけの連合学習理論
第5章 統一的理解――道具的条件づけの連合学習理論
第6章 さまざまな情報の学習
第7章 明後日を変えること――連合学習研究の臨床的応用
終章 開かれた心とその敵
前書きなど
突然ですが,みなさんは結婚式に出たことはあるでしょうか。僕は何回か出たことがありますが,スピーチを頼まれることがありました。これでも学者のはしくれ,それも心理学を研究しているのだから,何かしら心理学にひっかけてうまいこと言ってやろうと思い,意気揚々とこんなセリフからスピーチを始めました。
「新郎と新婦が,お互いに何を考えているのか真に理解することは不可能です」。
ざわつく親族席,「あかんあかん」と手を振る友人,笑いをかみ殺す新郎新婦。すでに軽く酔っぱらっていた僕にもわかるくらいに,披露宴会場には微妙な空気が流れていたのをいまでも覚えています。なぜこんなことになったのでしょうか? いや,なぜ僕みたいな変化球好きにスピーチを頼んでしまったのかとかそういう話ではありません。
問題は,「お互いに何を考えているのか理解できない」という言葉に,なぜみんなは引っかかったのか,ということです。
僕たちは日常的に,「他人が何を考えているか」を理解したい,関係が深まることによってそれを理解できるようになると信じている節があります。そして,関係が深まるというような面倒なステップを飛ばして,それを理解する手助けをしてくれるのではないかという期待が,心理学にはあるのだと思います。僕のスピーチは,そうした信念や期待を頭から否定するようなものでした。それも結婚式の場で。いやほんとにすいません……。
この本は学習心理学に関する本です。学習心理学という分野は,「他人が何を考えているか」を明らかにしてくれるようなものでは残念ながらありません。その代わりに,「自分や他人の行動の理由」について,そのすべてを知ることはできないにせよ,手がかりになるものを与えてくれます。行動の理由がわかるのなら,その人が何を考えているのかもわかりそうなものですが,そうはいかないのがややこしいところです。
人間や動物の行動の背景としての学習を取り上げるにあたって,本書では古典的条件づけと道具的条件づけという,手続きだけを見ればきわめてシンプルな現象を中心に据えました。もちろんこれだけではすべてを説明することはできないので,進化に関する紹介なども盛り込むことで,可能な限り包括的な理解にたどり着けるように配慮したつもりです。その意味では,心理学に関する知識がゼロでも読み進めることができます。また,「なぜその研究に意味があるのか」を理解できるように,ロバート・ボークスの『動物心理学史』などを参考に歴史的背景についての説明も盛り込みました。同時に,評価が分かれる最新の研究よりも,ある程度知見の積み上がっている話題や理論に分量を割きました。学習心理学に関しては,過去の重要な理論についての理解がないと最新の研究の意義を十分に理解することが困難な場合もあるため,土台に当たる部分を重視しました。その意味で,本書は学習心理学の先端を紹介する専門書ではなく,むしろ入口にあたるような位置にあります。
心理学を学ぶ学生のみならず,心理学に関係する現場で仕事をされている方々,あるいはこれから心理学を学ぼうと思っている高校生など,幅広いみなさんに読んでいただければ幸いです。