目次
「幸四郎の歌舞伎」とは(松本幸四郎)
第一章 それぞれの「忠臣蔵」
1 「忠臣蔵」のルーツは『仮名手本忠臣蔵』
2 心理劇『元禄忠臣蔵』
3 講談・実録から生まれた「忠臣蔵」
第二章 仇討ちといえば曾我物
1 新春を寿ぐ「寿曾我対面」
2 江戸吉原の華麗に酔う『助六由縁江戸桜』
第三章 源平合戦と義経物語
1 『義経千本桜』は義経を取り巻く人々の物語
2 義経物のクライマックス『勧進帳』
3 武将の悲哀『一谷嫩軍記』
4 近松が描く俊寛『平家女護島』
5 梶原景時の真価を問う『梶原平三誉石切』
第四章 壮大な歴史物語とその周辺
1 悲恋物語のオムニバス『妹背山婦女庭訓』
2 天神伝説に秘められた兄弟物語『菅原伝授手習鑑』
3 実録御家騒動『伽羅先代萩』
第五章 近松が描くニュースな事件簿
1 『曾根崎心中』という事件と浄瑠璃
2 傾城買の真骨頂『廓文章』
3 恋と公金横領の図式『恋飛脚大和往来』
4 不良青年の人妻殺し『女殺油地獄』
第六章 江戸・化政期に咲き乱れる南北の華
1 究極の不条理劇『東海道四谷怪談』
2 カルマの美学『桜姫東文章』
第七章 幕末の江戸を彩った黙阿弥
1 振袖の娘が盗賊にぶっかえる『三人吉左廓初買』
2 怪盗勢揃いの圧巻『青砥草紙花彩画』
3 江戸?客の意気地『極付幡随長兵衛』
4 お数寄屋坊主・河内山の痛快『天衣紛上野初花』
5 『魚屋宗五郎』と「皿屋敷」の物語
6 火事と喧嘩は江戸の華『盲長屋梅加賀鳶』
第八章 歌舞伎の舞踊
1 人形振りの『松迺寿操三番叟』
2 ドラマティックな変身劇『積恋雪関扉』
3 恋する乙女心『京鹿子娘道成寺』
4 黙阿弥の舞踊劇
著者あとがき
◎幸四郎に聞く
1 由良助と内蔵助
2 幸四郎の弁慶三代
3 熊谷に見る妻への思い
4 俊寛が船底で考える時間
5 男だからこその悲しみ、その表現
6 身代わり劇の役割
7 幸四郎がこだわる原本
8 六代目の写真
9 幸四郎の歌舞伎とは
10 染五郎の踊り
◎歌舞伎こぼれ話
1 出雲阿国はバロック・オペラを見たか?
2 文楽に学ぶ??吉田玉男へのオマージュ
3 赤穂浪士の七味唐辛子
4 遠山の金さんは芝居小屋の囃子方だった?
5 吉原考
6 幕の内弁当の魅力
7 フォービアン・バワーズのこと
8 幕のこと
9 三輪山にまつわる婚姻伝説
10 天神様への憧憬
11 稽古屋の浄瑠璃
12 落語から生まれた歌舞伎
13 浅草猿若町界隈
14 江戸の粋??鳶と木遣の関係
15 江戸の芝居小屋・金丸座の春
前書きなど
「幸四郎の歌舞伎」とは 松本幸四郎
四〇〇年前、江戸と上方で郷土芸能歌舞伎が生まれました。やがて江戸の荒事、上方の和事とと呼ばれ、江戸期を通じて歌舞伎は大きく発展を遂げました。
明治になり、九代目團十郎の活歴に代表されるように、荒唐無稽な歌舞伎に写実性=リアリズムが加わりました。さらに大正、昭和になると、七代目幸四郎の祖父、六代目尾上菊五郎、播磨屋の祖父(初代中村吉右衛門)たちによって心理描写が加味されました。そして現在の平成歌舞伎の時代に至っています。
祖父たちは、歌舞伎のために自分たちに何ができるかを考えました。そして、命をかけて歌舞伎に打ち込み、初めて歌舞伎に心理描写を取り入れ、昭和歌舞伎の完成を見たのです。ところが昨今、その昭和歌舞伎が歪曲され、間違った方向に変わりつつあります。台詞ひとつ、演じ方ひとつとっても、本物の歌舞伎から逸脱しかかっています。
平成の時代になって、僕が目指しているのは、その先の「演劇としての歌舞伎」と「洒落っ気のある荒唐無稽な歌舞伎」、この二つを柱とする「本物の大歌舞伎」の実現です。それらを幸四郎という役者の身体と声を通して、日々舞台の上で表現し続けたいのです。そしていつの日か、「演劇としての歌舞伎」から「演劇としての」が取れ、本物の「大歌舞伎」となる日を夢見ています。
歌舞伎はもともと、男の嗜む演劇でした。ですから平成の今こそ、第一線で働く多くの社会人の皆さんに観ていただきたいのです。
平成十六年(二〇〇四)十二月に、国立劇場の「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」第一回公演に出演しました。開演時間が午後七時、上演の仕方もアレンジし、多くの方にご来場いただき、今も国立劇場の歌舞伎として続いています。
この本には、歌舞伎を愛する小野幸惠さんという素敵な女性が、「幸四郎の歌舞伎」を通して感じてくださった歌舞伎へのオマージュを含め、彼女がたどり着いた歌舞伎の真実が綴られています。これこそ、歌舞伎を愛する女性によって書かれた本物の歌舞伎の本です。
歌舞伎に関する本は星の数ほど出ていますが、そのほとんどが歌舞伎をつまらなくしています。今、歌舞伎に携わる我々役者も含めて、歌舞伎をおもしろくしている人も、つまらなくしている人もいるのです。
今こそ歌舞伎を、生きた演劇として次代へ伝えるべきだと思っています。そして、現代に生きる演劇としてのあるべき姿で、日々、観客の皆さんに夢や感動、そして癒しを与え続けなければならないと思います。
この本をお読みくださる方々には、ぜひ本物の歌舞伎をわかって欲しいのです。『幸四郎と観る歌舞伎』が、歌舞伎を観るすべての方々にとって、本物の歌舞伎がわかる手がかりになれば嬉しい限りです。
その時はきっと、貴方が思っていたよりもずっと、歌舞伎がおもしろくて感動的な演劇であることに気付かれるはずです。