紹介
本書は、元皇學館大学教授の故粕(かす)谷(や)興(おき)紀(のり)先生が生前執筆された『日本書紀』とそれに関聯する、長短十四篇の論文を収録したものである。『日本書紀』や『日本書紀私記』の研究は、粕谷先生が若き日の情熱を傾けて取り組んだテーマであり、のちに心血を濺いだ祝詞の研究とともに、先生の研究の大きな柱であった。
このうち、祝詞に関しては、先生ご自身が、平成二十五年に粕谷興紀[注解]『延喜式祝詞 付中臣寿詞』(和泉書院)を出版されている。同書は、『延喜式』巻第八祝詞にみえる二十七の祝詞と「中臣寿詞(天神寿詞)」の校訂本文・訓読文・注解と祝詞の解説とを掲げたもので、まさに先生の祝詞研究の精萃である。今回、先生の論文集を企劃するにあたって、祝詞関係のものを除外したのは、祝詞研究については同書を参照されるのが最善であると判断したからである。
本書の編輯方針については、「凡例」を参照していただくとして、収録論文の初出書誌を掲げておく。
第一章 日本書紀私記甲本の研究
(『藝林』第十九巻第二号、昭和四十三年四月、藝林會)
第二章 古事記序文の「壬申の乱」―西田長男博士の所説を中心として―
(『藝林』第二十巻第一号、昭和四十四年二月、藝林會)
第三章 丹鶴本日本書紀の傍注に見える古事記歌謡―古事記研究史小補―
(『皇學館論叢』第二巻第六号、昭和四十四年十二月、皇學館論叢刊行会)
第四章 「久比々須・支比々須」清濁考―前田本日本書紀研究序説―
(『皇學館論叢』第三巻第二号、昭和四十五年四月、皇學館大学人文學會)
第五章 日本書紀の受身表現形式について
(『藝林』第二十二巻第六号、昭和四十六年十二月、藝林會)
第六章 元慶の日本書紀私記と原本玉篇
(『皇学館大学紀要』第十輯、昭和四十七年一月、皇学館大学)
第七章 神代紀瑞珠盟約章における一問題―胸肩三女神への神勅の解釈―
(『皇学館大学紀要』第十一輯、昭和四十七年十月、皇學館大學)
第八章 「人の世となりて素戔嗚尊よりぞみそもじ餘りひともじはよみける」攷
(『皇学館大学紀要』第十四輯、昭和五十一年一月、皇学館大学)
第九章 大草香皇子事件の虚と実―『帝王紀』の一逸文をめぐって―
(『皇學館論叢』第十一巻第四号、昭和五十三年八月、皇學館大學人文學會)
第十章 推古紀の「玄聖」について
(『萬葉』第百一号、昭和五十四年七月、萬葉學會)
第十一章 江田船山大刀銘と稲荷山鉄剣銘のもう一つの共通点―「名」の字の用法―
(『皇學館大學史料編纂所報 史料』第三十四号、昭和五十六年三月、皇學館大學史料編纂所)
第十二章 解説「日本書紀私記 応永三十五年 吉叟(道祥)写」
(神宮古典籍影印叢刊編集委員会編『神宮古典籍影印叢刊2 古事記 日本書紀(下)、昭和五十七年四月、皇學館大學刊行、八木書店製作・発売)
第十三章㈠ 『日本書紀』という書名の由来(上)
(『皇學館論叢』第十六巻第二号、昭和五十八年四月、皇學館大學人文學會)
第十三章㈡ 『日本書紀』という書名の由来(下)
(『皇學館論叢』第十六巻第三号、昭和五十八年六月四月、皇學館大學會文學會)
第十四章 釈日本紀と養老の講書
(『神道大系月報』六一、昭和六十一年十二月、神道大系編纂会)
第十五章 神代紀天石窟の段の一問題
(『萬葉』第百四十号、平成三年十月、萬葉學會)
※雑誌名・号数の表記は、それぞれの雑誌の表紙または奥付に拠った。
論文は、発表された年次によって古いものから排列した。全論文をいくつかのテーマで類聚する構成も考えないではなかったが、そうした括りがはたして先生のご意向に沿うものか判断がつきかねたので、最終的には、発表順に並べる形に落ち着いた。第一章から順に読み進めていただければ、先生の問題意識がどのように展開していったかをうかがうことができるのではないかと思う。
今回、本書の製作のために、収録した諸論文を読み返し、堅実な考証とそれに支えられた独創的な見解にはあらためて感動をおぼえた。撈海の一得というべき貴重な資料を次から次へと惜しみなく提示し、説得力のある自説を展開する手法は、われわれを魅了してやまない。古いものは、発表からすでに半世紀以上経過しているが、成稿の新旧にかかわらず、どの論文もこんにちなお学術論文としての光芒を失っていない。個々の論文についてここで贅言を費やすことは避けるが、その価値はいまなお不滅であると思う。このたび、さまざまな雑誌に掲載された論文を蒐めて本論文集を編むことを思い立ったのも、そうした先生の業績を若い世代の研究者に伝えたいと思ったからである。
本書の編輯・校正を担当していて感嘆したのは、原論文には誤字・誤植のたぐいがほとんどないことであった。引用文献についても、能うかぎり原典と照合したが、史料であれ論文であれ、きわめて正確に引用されているのには驚いた。先生が研究者としての途を歩み始めた昭和四十年代には、複写機もまだじゅうぶん普及していなかったから、文献の入手・閲覧にはずいぶんと苦労されたことであろう。大学の附属図書館や神宮文庫に日参し、必要な箇所をノートに叮嚀に写し取っておられるお姿が目に泛ぶようである。こうしたところにも、「ことば」をご専門とし、一字一句を忽せにしない先生の研究姿勢がよくあらわれているように思う。
ただ、原論文の表記が正確なだけに、本書の組版の段階で新たな誤植の生じることがなかったか、一抹の不安が残る。校正には、万全を期したつもりだが、かりにも見落としがあれば、それはすべて編者の責任である。ご海容を乞う次第である。
なお、本書の刊行に際しては、多くのかたがたの助力を得たが、わけても出版をご許可くださり、貴重なお写真まで提供された令息粕谷興正氏と、同氏との仲介の労をとられた角鹿尚計氏には格別の高配をたまわった。末尾ながら、あつくお礼申し上げる次第である。
目次
はじめに
第一章 日本書紀私記甲本の研究
第二章 古事記序文の「壬申の乱」―西田長男博士の所説を中心として―
第三章 丹鶴本日本書紀の傍注に見える古事記歌謡―古事記研究史小補―
第四章 「久比々須・支比々須」清濁考―前田本日本書紀研究序説―
第五章 日本書紀の受身表現形式について
第六章 元慶の日本書紀私記と原本玉篇
第七章 神代紀瑞珠盟約章における一問題―胸肩三女神への神勅の解釈―
第八章 「人の世となりて素戔嗚尊よりぞみそもじ餘りひともじはよみける」攷
第九章 大草香皇子事件の虚と実―『帝王紀』の一逸文をめぐって―
第十章 推古紀の「玄聖」について
第十一章 江田船山大刀銘と稲荷山鉄剣銘のもう一つの共通点―「名」の字の用法―
第十二章 解説「日本書紀私記 応永三十五年 吉叟(道祥)写」
第十三章㈠ 『日本書紀』という書名の由来(上)
第十三章㈡ 『日本書紀』という書名の由来(下)
第十四章 釈日本紀と養老の講書
第十五章 神代紀天石窟の段の一問題
あとがき(荊木美行)