目次
刊行に寄せて―― 前田直登 3
はしがき ――日本林業の総体的批判 5
序の巻●東大林学への懐疑 23
第一章 林学とは何か 25
「林学の基礎は生態学だ」
エコノミーもエコロジーも「関係」が主題
林業とは「人間・森林系」
第二章 京大生化した東大生 28
東大林学との別れ
四手井綱英の押しかけ弟子
山國庄での修業
寺院林での多機能林業実習
第三章 本郷を本格的に離れて 32
林業経営研究所に入所
未成熟な日本林業との遭遇
第四章 京大から東大へ、そしてミュンヘン大へ 34
京大森林経理学研究室
東京へ強制送還
バリケード内の勉強
ターラント森林アカデミー
ミュンヘン大学への“流刑”
発育停止した東大林学
一の巻●素人林業の国・日本 39
第一章 日本林業の未成熟性 41
「昔は良かった」
消費者を敵に回したいのか
戦後に撒かれた苦境の種
林業を知らない林家
主役は小規模林家
私有林経営の素人性
「プロ」の林業人を養成する教育制度がない
「フォレスター」への疑問
第二章 大需要が生んだ“原罪” 47
未曾有の大需要と泥縄対策
売手市場が生んだ悪徳商法
「一物多価」の世界
第三章 「外材時代」と「良質材信仰」 50
自ら招いた「外材時代」
需要者志向なら外材に勝てた
「銘柄」への無理解
産官学で布教した「良質材信仰」
二の巻●有名林業地の実像 55
第一章 「吉野林業」神話 57
日本最高の林業地といわれているが…
吉野林業の『聖書』
神話の成立
吉野の林業技術は優秀なのか
第二章 吉野林業への疑念 60
霧の中の“原”吉野林業
植栽密度は年輪幅を規定しない
密植神話の真相
吉野林業は本当に長伐期か
「多間伐林業」の理由
摘み食い林業
吉野式枝打ちの奇妙さ
苗木にまつわる問題
第三章 「有名林業地」の自己否定 71
「旅び物」=域外材の導入
「ホザクリ林業」でも吉野材に
「吉野桧」という虚名
プレカット機械が拒否する
バルト海沿岸国の木材が“本丸”に
凋落しても危機感なし
第四章 自衰の道を選んだ北山林業 76
北山林業の原風景
台杉仕立ての由来
超密植林業と「本仕込み」
磨丸太ブームで「似た山丸太」との違いが消滅
「人工皺」から「人工絞り」への堕落
個性を喪失し売るべき商品がなくなった
「有名林業地」の自壊的崩壊
三の巻●日本林政の根本的誤謬 85
第一章 戦後型林政のイデオロギー 87
国家依存型の日本林業
林業衰退の責めは国家にあり
最初の戦後型林政イデオローグ
ドイツ林学からの離脱
突破口となった国有林経営改革
林業基本法の要点
講座派マルクス主義が基礎イデオロギー
「ユンカー経営」論
レーニン信仰が「ユンカー説」の源泉
戦後林政学・林業経済学界の病理
最初の「ユンカー林業」説とその補強
石渡二類型・二範疇論
林業基本法の理論化
第二章 林業技術への疑問 99
技術無き間伐推進政策のツケ
林野庁研究普及課苦肉の策
「短伐期論」から「長伐期論」への茶番劇
洞爺丸台風でわかった森の寿命
林地肥培誕生秘話
森林こそ過剰肥料の大量捌け口
「林地肥培研究会」
御用済みの林地肥培
肥料切れ現象
農業的発想の育苗
育苗工場の見事な失敗
林業機械好き青年だった
洞爺丸台風で林業機械化発進
林業機械化への疑問の目覚め
人間が機械に使われる愚
林業と工業との決定的相違
第三章 「森林の公益機能」という欺瞞 113
「林業」を捨てて「環境」へ
森林は二酸化炭素の吸収体なのか
排出量取引では二酸化炭素は減少しない
主犯は別にいる
地球は寒冷化かも
予測が捏造される背景
「クライメートゲート」事件
針葉樹悪玉論
森林はどこで保水しているか
伐って利用する文明へ
第四章 幻覚の「将来木施業」 122
『森林・林業再生プラン』の残滓
ドイツでは時代遅れの施業
「恒続林」を理解せずに同一視
人工林と保続(持続可能)は矛盾しない
死語になった「将来木」
将来(未来)は確定できない
四の巻●日本林業興隆試案 129
序 章 131
衰弱の原因は林業自体にあり
役物至上主義と材積生産第一主義からの解脱を
目的材、出来た頃には需要なし
第一章 東濃檜物語 134
「掃き溜めに鶴」の東濃檜
一ヶ月で形成された銘柄性
「東濃桧、立木銘柄説」という“信仰”
東濃檜は東濃地方に生えていない
東濃檜はあくまで「製材品銘柄」
東濃檜の創造者たち
乾燥が絶対的前提条件
粗挽き―天然乾燥―仕上げ挽き
製材の極意 「帯鋸の腰入れ」
良材生産の主役は製材
東濃檜は消滅したが……
第二章 木材需要革命の衝撃 144
役物時代の終焉
和室も二間続きの部屋も床の間も減った
「老人は和風好み」も迷信
洋室の方が木材を多く使用する
「市売り」も実は「付売り」
客の好みを知って売買
満足を売る「お買得値段」
「良材」とは何か
木材に捨てるところなし
第三章 生態学的林業への転換 152
自然に逆らうとコスト高になる
限りなく天然林に近い人工林へ
「雑木」という生物種は無い
「皆伐」や「択伐」などの区分は無用
伐期を捨てる
単木施業で利用材積を考える
四手井らの画期的発見
森林は隙間だらけ
森林は「自己間引」をする
間伐強迫観念批判
伐倒方向は絶対に上向きで
道に並べてオーダーカット
第四章 消費者が求める国産材へ 163
歩切れ・寸足らずが国産材の致命的欠陥
乾燥材が普及しない理由
甘すぎるJAS
自分だけの“JAS”を持とう
葉枯しと二度挽き
水枯らしと旬伐り
梶本式立木乾燥という救世主
第五章 木質工業の新地平 170
欧米並みの集成材利用を
木造電気自動車
新しい木材化学産業
紙パルプ産業の新たな進路
重要なターゲットはリグニン
第六章 森の恵みを多様に活かす 175
雑草は林木・作物の味方
全生命を握る菌根系
菌根系を保護する雑草
「全て根が根本」
焼畑に対する大いなる誤解
林野庁長官の焼畑造林実施通達
「火は森を造る」
「焼畑は地力略奪農業」は大間違い
豚、牛、羊たちと森
家畜には林木が必要
安全安心な生活のために
蜜蜂が林業を支えている
蜂蜜から生み出される様々な産品
第七章 近代文明の逆説 188
欧州の都市と日本の都市の決定的違い
森あっての都市
新しい都市造りに先行して森が造られる
「都市林業」の成立
「森の幼稚園」の誕生
「森の幼稚園」とは何か
卒園後の子供たち
休暇は山村で
冬の大好きなドイツ人
森林への立入りは自然権
豊かな小山村
高福祉が支える山村と林業の繁栄
「里山」とは何か
里山は農用林か、薪炭林か
最も地の利を得た森林
都市の農業
「貧者の農園」からスタート
「シュレーバーガルテン」
クラインガルテンの実態
ドイツ的都市改造
世界初の歩行者専用圏
自然と歴史を排除した京都的都市近代化
自然嫌いな日本人に精神革命を
五の巻●ドイツ林業の本当の姿 215
第一章 「誤解」の輸入 217
最初のボタンの掛け違い
造林学者・本多もターラント学派
過渡期で発育停止した日本林学
ドイツは下層植生が乏しい?
果たして日本は下層植生が豊かな国か
昔も今も下層植生は豊富
迷信化した虚像
無難な任地で長期勤務する人もいるが…
第二章 近代ドイツ林業の誕生前夜 224
官房学者とは?
当時の林業先進国はフランスだった
「保続」概念の誕生
フランスが生みドイツが育てた「保続」
官房学者の限界
第三章 過渡期のドイツ林業 227
近代林学が誕生した日
古典派林学は森の中から
林業=木材栽培業化の欠陥
イギリス式農業の模倣
規範主義化と「法正林」の呪縛
前期ドイツ林学の完成者・ユーダイヒ
第四章 本格的近代林学の誕生 232
前期ドイツ林学の根底的否定
ミュンヘン大学林学科の創設
ガイアーが唱えた原則
エングラーの登場
ミュンヘン+チューリヒ学派の成立
恒続林思想
第五章 「ガイアー以後」の発展 237
ディーテリヒが示した基本原理
止揚される「保続」
林業は人間生存圏の保育
『ヘルシンキ解釈』にも先んじた根本原則
フリースタイル林業
Forst(「フォァスト」)からWald(「ヴァルト」)へ
「ヴァルト」への意味転換の意義
「ヴァルト論」と「里山論」
第六章 ドイツの林業教育制度 244
求められる高水準の人材
森林を所有するだけでは経営者になれない
医学教授も林学教授も二重資格保持者
バイエルン州における九つの林業職階
高等林業人の養成課程
営林署長の主要職務
上級林業人(甲種営林区主任等)の養成課程
民有林指導で必要なこと
多数で多様な森林組合
「フェァスター」の原型は分任森林吏か
林業士(Forstwirt)の養成課程
エピローグ ――木と森が織りなす国際社会へ―― 261
すべては「人」にかかっている
日本人は自然と共生できていない
国有林特別会計廃止を奇貨とすべし
人材育成と「開かれた大学」
ガジャマダモデル
WANAGAMAプロジェクトの偉業
営林署立の地域社会
多様性の中の統一
妥協による和解
自らを「欧州人」と規定したオットー
林業人の人類史的存在理由
「医者は一時に一人を救い、林業人は同時に万人を救う」
あとがき 275
前書きなど
「はしがき ――日本林業の総体的批判――」より抜粋
本拙書の主題は、森林・林業について知識の乏しい日本人に日本林業の実像を紹介することである。すなわち日本林業の諸難点を具体的に説き、今後の日本林業のあるべき姿と日本林業興隆の方途、端的に言って日本林業の「儲かる林業化」を提案することである。そして日本林業の実像と今後の方策とを鮮明に浮び上がらせるため、ドイツ語圏の林業でもって日本林業を背後から照射する。そのためにドイツ林業の生成発展過程と現状、そしてドイツ語圏の人間と森林生態系との関係の実像を紹介しよう。
結論から言えば日本は林業から林業人養成に至るまで国外諸国に比して未開である。このことはドイツ・スイス・オーストリアにおいてとくに痛感したが、インドネシア・タイ・マレーシアでも林業人の質が日本より高いことを知った。日本の林業は未成熟で木材利用は矮小にして粗雑だし、林業人養成と都市林業を筆頭とする森林多機能利用とに至っては無いに等しい。
要するに日本人は林業を「木を伐り、木を植えて育てること」と概念しているのに対して、ドイツ語圏人ら大部分の欧州人と東南アジア人そして私は林業を「森林生態系複合産業、つまり森林生態系総体の産業化」と概念しているのである。
ドイツ語文化圏と日本との国民性の決定的相違は、ドイツ語文化圏の人々が森林・林業に強い関心を持ち、これらの深く広い知識を有しているのに反して、日本人は庶民はもちろん知識人、さらには山村民すら森林・林業についての正確な知識を欠いていることである。とりわけ自然・環境保護運動家、「エコ」運動家、彼ら彼女らの思考様式と共鳴しあうマスコミ及び「有識者」の森林・林業の認識は、自然や環境とは何かを知らず、エコロジー(生態学)の初歩的知識すらない。だから日本の森林・林業の真実を正しく認識せずに、ただただ彼ら彼女らが「カッコいい言葉」を語意語源も知らずに呪文的に振り回すのみである。
この「はしがき」の最後を次の言葉で結びたい。日本林業の実態は限りなく社会主義に近い、と。私は社会主義諸国によく行ったが、最も多く訪れたのはドイツ民主共和国つまり旧東独である。旧東独は社会主義経済の最優等生ではあったが、それでも旧西独との経済的落差は高層ビルの屋上から奈落の底を見る思いだった。その根本的原因は、旧東独が社会主義社会であるが故に国家から民衆に至るまで商品経済を知らぬことにつきる。物財にせよサービスにせよ消費者のためのものという認識がない。
旧東独と同じように日本林業も消費者不在である。企業的経営を標榜する大規模林業でさえ商品経済のなんたるかを全く知らない。消費者に対する裏切りである悪徳商法も稀ではない。そして、何事につけて国家に依存し国家の指示に従う。いくら私が「いや、そんなことはない」と具体的かつ詳細に説明しても、日本の林業従事者は役人・学者を含めて「補助金なしには林業は成り立たない」との考えを変えない。しかも、補助金とは消費者らが支払う税金の変形であることを全く意識していない。
日本林業が今の苦境から脱出する根本方策は、この醜態を自覚して、自らを近代的商品経済に変質することしかない。これを抜きにしたあれこれの弥縫的対策は無効・無意味である。現在の体質と発想のままでいると、いまに消費者の怒りに直撃されて旧東独のごとく、ひいてはハンガリーから旧ソ連までの全欧州の社会主義世界のごとく、瞬く間に滅びるのではなかろうか。そうならないことを願って私はこの拙い著書を書く。