紹介
1970年代のクラシック・シーンが蘇る!
あなたはどのコンサートを一緒に聴きましたか?
生誕100年、没後20年記念出版!
カラヤン、ベーム、バーンスタインが次々に来日し、前衛音楽が実験的精神を迸らせていた日本クラシック界全盛期の音風景を活写する!
戦後日本音楽界最大の知性が1972〜82年の約10年間、朝日新聞紙上で展開した演奏会評を初めて集成。
作曲家の「耳」には何が響いていたのか──
◇早稲田大学教授・小沼純一氏による解説付き
●本書掲載の演奏会批評より──
「聴き巧者が育たないこと、そこにも日本のオーケストラ運動の大きな問題点がある。」
──1972/9/12 東京交響楽団
「そのポーズは独特で、それは従来この種の古楽器演奏の周辺に立ちこめていた一種の事大主義を吹き払うに充分である。」
──1973/2/21 ブリュッヘン
「演奏者たちによって音になった瞬間にはじめて音楽そのものが生まれる、という印象が強いのだ。いわば作曲と演奏は一如であった。」
──1974/11/17 武満徹フェスティバル
「こうした真の完成品に接すると、日ごろわれわれが暮らしている音楽の世界を超えた、ヨーロッパ文化そのものと相対している、という実感を味わう。」
──1975/3/16 ベーム指揮ウィーン・フィル
「まるで他の指揮者たちはすべて間違っている、といわぬばかりのボリュームとテンポである。」
──1980/4/17 チェリビダッケ指揮ロンドン交響楽団
「東京の聴衆は東京のいくつもあるオケから常日ごろ、こんなに熱いサービスを受けているだろうか。」
──1981/7/28 大阪フィルハーモニー交響楽団
目次
【1971年】
1971/09/08 超前衛曲目に取り組む N響メンバーの自主公演「WE MEET TODAY」
【1972年】
1972/07/19 すがすがしい情感 ベートーヴェン・ディ・ローマ四重奏団
1972/07/19 「黄河」と「白毛女」を聴く 中国上海舞劇団
1972/08/19 快い叙情、安定した旋律 没後二〇年、平尾貴四男の夕べ
1972/09/16 能力いっぱいの熱演 東京交響楽団定期演奏会
1972/09/27 リストの大曲掘り起こす 若杉弘指揮読売響公演
1972/10/04 バルトークを透明音で コダーイ弦楽四重奏団
1972/10/28 創造意欲満ちて 篠崎史子ハープ個展
1972/11/22 あふれる色彩感 ズービン・メータとロサンゼルス・フィル
1972/12/20 低音弦に確実な技巧 ワルシャワ室内管弦楽団
1972/12/27 新作と聴衆を結ぶ 「室内楽’70」の第三回公演
【1973年】
1973/01/20 ベートーヴェンの「征服」ならず ジャン=ロドルフ・カールスのリサイタル
1973/02/03 鍛え上げた「男の音楽」 カールハインツ・ツェラーのフルート演奏会
1973/02/24 古楽器の限界に挑む フランス・ブリュッヘンのリコーダー演奏会
1973/03/07 年輪示す充実した演奏ぶり イタリア弦楽四重奏団東京公演
1973/04/04 伝統を超えた高橋の新作 日本プロ合唱団連合定期演奏会
1973/04/11 温かく、明るい音色 ソフィア・ゾリステン演奏会
1973/05/16 美しい弦 劇的な指揮 国立ワルシャワ・フィル演奏会
1973/05/19 力強く優美に、簡素に 野坂恵子筝リサイタル
1973/06/13 規模を縮小した現代音楽祭 現代音楽実験コンサート
1973/07/07 選曲に微妙な配慮 ジャック・カスターニェのフルート独奏会
1973/08/04 知的だが緊張の連続 ルードルフ・ケレルの演奏
1973/08/29 音色に澄んだ叙情 ディモフ弦楽四重奏団
1973/09/29 血肉と化している伝統的ドイツ様式 アンネローゼ・シュミット・ピアノリサイタル
1973/10/20 貴重な伝統的風格 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
1973/11/10 手すきの紙に似た伝統的香りの良さ ベルリン弦楽四重奏団
1973/11/28 荒っぽさ残るが伸び伸びと演奏 ウィーン八重奏団
1973/12/15 東洋的情趣のユン作品 20世紀の音楽をたのしむ会
【1974年】
1974/01/26 「一方通行」改革の実験 高橋悠治ピアノ演奏会
1974/02/06 鍛え抜かれた歌唱力 長野羊奈子独唱会
1974/02/20 華やかな技巧と見事な歌いぶり ポール・トルトゥリエのリサイタル
1974/03/09 心の通い合う和やかな響き 国立ハンガリー交響楽団演奏会
1974/05/29 深み増したベロフ 新フィル定期演奏会
1974/05/30 工夫された演出 三舞踊家も好演 ストラヴィンスキー「兵士の物語」
1974/06/05 完璧な合奏力示す クリーヴランド管弦楽団演奏会
1974/06/19 予想超える出来ばえ 東京室内歌劇場の喜劇二本立て
1974/06/22 美しく響かせた平の近作 NHK交響楽団定期公演
1974/07/24 名技生かし緩急自在に語る 東京五重奏団第一回演奏会
1974/08/19 すべて貪欲に飲み込んだ音楽祭 軽井沢アートフェスティバル
1974/09/07 卓抜の力量、際立つ個性 ニューヨーク・フィルハーモニック
1974/09/18 醒めた音、大胆な技 個性的なダニール・シャフランのチェロ
1974/10/09 すぐれた歌と演技 東京室内歌劇場公演「検察官」
1974/11/20 神経の細かな合奏 フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル/演奏の対照に興味 武満徹フェスティバル
1974/12/25 手ごたえ感じた「マーラー」 東京都交響楽団定期公演
【1975年】
1975/01/22 底に流れる日本的情感 諸井三郎「ヴァイオリン協奏曲」
1975/03/19 音楽の力だけで心を動かす カール・ベーム指揮ウィーン・フィル
1975/05/10 現代物に真価 ポール・ズーコフスキーのヴァイオリン
1975/05/21 活力と色彩感豊か モスクワ室内管弦楽団演奏会
1975/06/16 大胆な今日的な音 ひばり児童合唱団定期演奏会
1975/06/21 あまりにも古美術品的 ウルブリッヒ弦楽四重奏団東京公演
1975/07/19 瞬間を凝縮させ全体を導く エーリッヒ・ベルゲル指揮の読売日響
1975/07/05 幅広い音楽性と練達の技 マリウス・コンスタンとシルビオ・ガルダ
1975/09/13 伝統と絶縁した演奏形式 アンサンブル・タッシ
1975/11/01 自在な変化で魅了 アンドレ・プレヴィン指揮のロンドン交響楽団
1975/11/29 多彩さ見せた廣瀬作品 岡田知之打楽器アンサンブル「邦人作品の夕べ」
1975/12/13 音色にチェコの民族色 イルジー・ビエロフラーベック指揮の日本フィル
1975/12/15 ’75回顧 外来はね返せず低迷 ベスト5
【1976年】
1976/02/04 作為なしの自然な流れ ドレスデン・フィル演奏会
1976/02/07 強く明快に「古典交響曲」 ワシリー・シナイスキー指揮のモスクワ・フィル
1976/02/28 鋭い切り込みに物足りぬ演奏陣 エドワルト・マータ指揮の読売響定期
1976/04/26 現代作品の要求を実現 ジャンカルロ・カルディーニ ピアノ・リサイタル
1976/05/01 絶叫・衝撃音なき前衛演奏 サウンド・スペース・アーク第三回公演
1976/05/12 行き過ぎた撮影自由 ディアスポラ・ムシカⅠ
1976/06/02 よくわかる音楽観 自作を指揮のペンデレツキ
1976/06/09 個性的な音と様式 トゥールーズ室内管弦楽団
1976/09/11 戦前曲再現に成功 新交響楽団「日本の交響作品展」
1976/10/09 器楽奏、フルに活用 東京室内歌劇場「ルクレーシアの凌辱」
1976/10/13 自在な芥川の指揮 新交響楽団「日本の交響作品展」第二回
1976/11/13 名人技に頼りすぎ ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮のスイス・ロマンド管弦楽団
1976/12/07 本人に親しまれたブリテン 惜しい再ブーム後の死
1976/12/11 知的な印象を受ける アラブの弦楽器ウード公開演奏
1976/12/16 ’76回顧 ベスト5
1976/12/25 「第九」の季節に貴重な体験 マーラー「第十交響曲」の日本初演
【1977年】
1977/02/05 貫禄、純正音程の美しさ アンリ・オネゲル演奏会
1977/02/16 個性強く、骨格しっかり クリスティアン・ラルデとジマリー=クレール・ジャメ
1977/03/19 往年の作風への理解と共感 井上頼豊「日本のチェロ曲半世紀」
1977/04/20 現水準での最高のでき 若杉弘指揮・東響のマーラー「第三」
1977/05/21 音色・リズム感抜群 クリスティナ・オルティス
1977/05/28 やわらかい独特な響き ウィーン・ブロックフレーテ・アンサンブル
1977/06/29 二人のイスラエル人中堅指揮者、モーシェ・アツモンとエリアフ・インバル
1977/07/13 技術も感覚も調和 辰巳明子・高橋アキのデュオ・リサイタル
1977/07/27 星とともに降るサウンド 徹夜コンサート「THE MEDIA 3」
1977/09/24 派手すぎる狂女の動き ブリテンのオペラ「カーリュー・リヴァー」
1977/10/19 才能の表出、なお一歩 ウリ・セガル指揮の東京フィル
1977/11/05 前衛の亡霊が咲かせた徒花 シュトックハウゼンの雅楽作品
1977/12/03 奔放な情熱ほとばしる バルトーク弦楽四重奏団公演
1977/12/13 ‘77回顧 ベスト5
1977/12/16 感動薄い外来オーケストラ 実力ある日本人指揮者に期待
1977/12/17 問題点をはらむ「成功」 高橋悠治の異色リサイタル
1977/12/28 文人ふうの人柄にじむ ジャン=ジョエル・バルビエのサティ作品演奏
【1978年】
1978/01/01 日本人の感覚を生かせ 実力ある演奏家は海外に流出か
1978/01/18 古典と前衛 過不足なく表現 小林健次と一柳慧の合作リサイタル
1978/01/28 激しい指揮に温和な音 トロント交響楽団東京公演
1978/01/28 自分の中の「西洋ばなれ」 ネガティヴな理念を貫く
1978/02/05 FMと私 主義で批評をいうのはナンセンス
1978/02/15 円熟への過渡期 ストラスブール・パーカッション・グループ
1978/03/18 不協和音まとめる NHK交響楽団定期公演
1978/03/29 鳴りに鳴る八千本のパイプ ハインツ・ヴンダーリヒ オルガン演奏会
1978/06/03 舞台と観客に一体感 こんにゃく座オペラ「白墨の輪」
1978/06/10 定着した「今日の音楽」 タッシ演奏会、「武満徹作品の夕」
1978/07/01 ドイツ音楽の伝統継承 ユストゥス・フランツ ピアノ独奏会
1978/07/08 どこへ行ったのか チェロの豪快な音 トリオ・ダミーチ公演
1978/09/16 佳曲好演、じつに鮮やか ズデニェク・コシュラーの都響
1978/09/30 すばらしい名人技 デファイエ・サクソフォン四重奏団
1978/10/18 ベテラン芸の本領 ルドルフ・フィルクスニーのピアノ独奏会
1978/11/04 まったく今日的な感覚に驚き ギドン・クレーメル演奏会
1978/11/25 精妙な伝統生きる フィルハーモニア管弦楽団公演
1978/12/11 ‘78回顧 ベスト5
1978/12/16 合唱・独唱ともに好演 林光のカンタータ「脱出」
【1979年】
1979/01/27 どんな小楽句にもくっきり性格づけ アツモン指揮都響定期公演
1979/02/14 繊細で強靭な七作品 甲斐説宗追悼コンサートI
1979/02/24 開放的、あふれる生命感 ブルガリア室内オーケストラ演奏会
1979/05/19 気をとられソロ平板 クリストフ・エッシェンバッハの指揮とピアノ
1979/05/30 廣瀬量平の協奏曲 黒沼の好演で成功 民音の現代作曲音楽祭
1979/07/04 絶妙な呼吸のシューベルト ウィーン・ムジークフェライン管弦四重奏団
1979/07/18 進境いちじるしい若杉の指揮 都響公演・マーラーの「第三交響曲」
1979/09/22 現代の傑作を練度高く 英国ロイヤルオペラ「ピーター・グライムズ」
1979/10/17 四人それぞれに努力の成果 オーケストラ・プロジェクト’79
1979/10/03 精密に仕上げ大合奏へ導く 小澤指揮新日本フィル ブルックナー「第三」
1979/10/24 「苦悩」もサラリと カラヤン、ベルリン・フィルのマーラー「第六」
1979/11/24 圧巻ベルクの抒情組曲 アルバン・ベルク弦楽四重奏団演奏会
1979/12/13 ’79回顧 ベスト5
【1980年】
1980/01/19 節度あるさわやかさ ローラ・ボベスコ リサイタル
1980/03/12 「ゆらぎ」の効果出す 松平頼暁の「オシレーション」 NHK交響楽団定期公演
1980/03/29 安定した力と自信 メロス弦楽四重奏団
1980/04/23 弱奏・微速の微妙さ セルジュ・チェリビダッケ指揮のロンドン交響楽団
1980/05/31 独特の楽器配置 コシュラー指揮スロヴァキア・フィル
1980/06/07 心のやさしさに持ち味 マリー・シェーファーの夕べ
1980/06/11 速めのテンポで核心に迫る ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ・リサイタル
1980/06/18 動と静が対話・共鳴 一柳慧・高橋悠治デュオ・コンサート
1980/07/12 有賀の統率光る 東京室内歌劇場公演「セヴィリアの理髪師」
1980/08/09 繊細な音色の変化 吉原すみれ・打楽器の世界
1980/09/24 多才示す好選曲 入野義朗追悼演奏会
1980/10/18 あくまで明晰 矢崎彦太郎指揮東響定期公演
1980/10/22 Bイルギット・ニルソンの見事な感情表現 ウィーン国立歌劇場「エレクトラ」
1980/10/25 脱旧邦楽の姿勢明瞭 沢井忠夫 Koto Concerto
1980/11/05 バリトンの音、十分に 菊地悌子十七絃筝リサイタル
1980/11/15 大きな音楽的包容力 高橋美智子マリンバリサイタル
1980/11/29 躍動的で色彩豊かなバッハ ジグモンド・サットマリーのオルガン演奏
1980/12/12 ’80回顧 ベスト5
1980/12/24 ベテランの貫禄 室内楽’80・演奏会「八村義夫作品の夕べ」
【1981年】
1981/02/25 鮮明にアイスラー紹介 高橋悠治とその仲間のコンサート
1981/03/04 若杉、官能的な響き 京響のシェーンベルク初演
1981/03/14 合奏力の高さを発揮し迫力 N響定期、ハルトマンの「第六」
1981/04/01 純粋・硬質な表現貫く 群馬交響楽団の東京公演
1981/05/02 二五周年の気迫と充実 日本フィルシリーズ①
1981/06/03 躍動するリズム、颯爽と 「今日の音楽」アーシュラ・オッペンスのピアノ
1981/06/24 全身でリズム表すキム 「ソナタの夕べ」
1981/07/04 陶酔を誘う豊麗な音色 ダン・タイ・ソン ピアノ演奏会
1981/07/22 雅楽追求し自己の様式を確立 作曲家の個展・松平頼則
1981/08/01 朝比奈隆の名タクト 大阪フィルハーモニー交響楽団
1981/09/09 ひたむきな姿勢がさわやか 奥平八重子ピアノリサイタル
1981/10/03 変化ある流れで劇的緊迫感 都響定期演奏会のマーラー「第六番」
1981/10/31 西域風の美しい旋律が飛翔 宇田光広フルート・リサイタル
1981/12/05 水際立ったテクニック ヨーヨー・マのチェロ演奏会
1981/12/10 ’81回顧 ベスト5
【1982年】
1982/01/09 ねらい通りの端正さ 小澤征爾指揮「荘厳ミサ曲」
1982/01/23 つつましく温かい風格 ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
1982/03/03 生々しく自己の理想追求 ゲオルク・フリードリッヒ・シェンクのピアノ
1982/03/10 きつい合奏を自在に エンパイヤ・ブラス・クインテット
1982/04/07 頑固に貫いた日本的な曲調 清瀬保二追悼リサイタル
1982/04/17 多様の中に程よい統一 桐五重奏団の第五回演奏会
1982/05/08 現代風、さわやかな音の流れ 日本オラトリオ連盟のバッハ「ミサ曲ロ短調」
1982/05/29 音による格闘技 満喫 ボザール・トリオ東京公演
1982/07/24 古典から新作まで 大きなスケールで ベルリン・フィル二重奏団
1982/09/08 古楽の枠超すスケール キングズ・カレッジ合唱隊
1982/09/18 情緒過剰排した熟年の厚み オイゲン・ヨッフム指揮のバンベルク響公演
1982/10/20 ゲーベルの個性 鮮明に ムジカ・アンティクヮ・ケルン演奏会
1982/11/20 年齢を超越 魂を語りかける ユーディ・メニューイン
1982/11/27 心技充実した完全な表現 ミクローシュ・ペレーニ・チェロ独奏会
1982/12/09 ラテン的情熱の音感覚 フランス国立リル管弦楽団
’82回顧 ベスト5
1982/12/22 個人技生かすアンサンブル パリ八重奏団公演
解説 小沼純一
前書きなど
解説──小沼純一
『柴田南雄著作集』(国書刊行会)の刊行について挨拶にうかがった折、柴田純子夫人から、これらは本になっていないのだけど、と演奏会評をまとめてあるスクラップブックを見せていただいた。その時点では、著作集に何をいれ、何をはずすかはある程度決まっていたので、演奏会評をいれたいとはおもったものの、いれるなら抜粋ではなくまとめてがいいだろうしと、泣く泣く脇におかざるをえなかった。
この企画があらたに進みだしたのはアルテスの木村元氏にはなしをしてからで、ちょうど柴田南雄のアニヴァーサリー・イヤー、生誕百年に刊行することができた。
本書に収められた演奏会評は、一九七一年の九月から、一九八二年一二月まで。七一年はひとつだけだが、ほぼ一年後の七二年一〇月からはほぼ一〇年におよんでいる。あいだには新聞に執筆したアンケートやエッセイもいくつかあり、含めた。
柴田南雄は一九一六(大正五)年の生まれ、一九九六(平成八)年に亡くなっているから、そのなかに「昭和」がすっぽりはいる。これら演奏会評が書かれ始めた頃は五〇代後半。それが六〇代半ばまでつづいたことになる。時代としては、一九七〇年の大阪万国博覧会の後、二度のオイルショックに重なり、カラオケ、ウォークマン、TVゲームがでてきて、男女雇用機会均等法やバブル期までは、あとまだ何年かを数えるという時期だ。当然まだ旧ソ連邦は崩壊していない。
柴田自身の作曲家としての代表作もこの時期に生まれている。尾高賞を受賞した《コンソート・オブ・オーケストラ》、そしてシアターピース《追分節考》がともに一九七三年、また《交響曲『ゆく河の流れは絶えずして』》(一九七五)、《宇宙について》(一九七九)、《わが出雲・はかた》(一九八一)とつづく。また、一九七三年には、高橋悠治の呼びかけで作曲家七人――一柳慧、柴田南雄、高橋悠治、武満徹、林光、松平頼暁、湯浅譲二、のちに武満徹は退会し、近藤譲が同人となった――による「トランソニック」に加わっていることも加えておこう。
著作としては『レコードつれづれぐさ』(音楽之友社)、『楽のない話』(全音楽譜出版社)を一九七六年に、また一九七八年『音楽の骸骨のはなし』(音楽之友社)と『名演奏のディスコロジー』(音楽之友社)、一九七九年『私のレコード談話室』(朝日新聞社)が刊行されている。雑誌連載や単発の原稿をまとめたものが主とはいえ、旺盛な活動だ。並行して、上記の作曲作品があり、ここにある演奏会評があり、日々の生活だってある。
柴田南雄は中日新聞の依頼で《交響曲『ゆく河の流れは絶えずして』》(一九七五)でアジアの列島における昭和の西洋音楽受容と個人史を重ねていて、これは作曲家自らの生全体の入れ子のようにみえもする。亡くなる前年に『わが音楽わが人生』(岩波書店、一九九五)が書き下ろされることにはなるが、この交響曲で自らの創作についていったんまとめておこうとのおもいがあったようでもある。ちょうど還暦で、「トランソニック」誌では小さなお祝いの特集がおこなわれてもいた。ちなみに厚生労働省の統計によると、二〇一四年、平成二六年の男性の平均寿命は八〇・二一歳。だが、作曲家が亡くなる前年、一九九五年=平成七年は七六・三八歳だった。さらに遡って一九八五年=昭和六〇年には七四・七八、一九七五年=昭和五〇年には七一・七三歳(厚生労働省「平成一九年簡易生命表」による)。本書の終わりのほうで、オイゲン・ヨッフムがブルックナーの大作を演奏したときの評があるけれども、当時ヨッフムはちょうど八〇歳。「高齢のため高めの椅子に腰を下ろして棒を振った」(「情緒過剰排した熟年の厚み」)とあるが、現在この年齢の指揮者は少なくないし、九〇歳で現役の指揮者がいることに時代の変化が見えたりもする。
演奏会評は、新聞という媒体の特性上、字数の制約がつよい。その意味では充分に見解を記しきれないところもある。プログラムに何曲もあった場合、一曲に集中してしまったら、あとは紹介程度しかできないことも稀ではない。だが、それはそれ。柴田南雄はバランスよく全体を見渡すこともあれば、勘所のみでほとんど押しとおしてしまうこともある。どれもおなじようにはなっていない。そこがおもしろい。
本書には、コンサートを鑑賞した日時とともに、会場も記されているが、この時期の東京には、現在の主だったコンサートホールがまだ建造されていないことにも気づかされる。大きなところではサントリーホール、オーチャードホール、東京芸術劇場、東京オペラシティタケミツメモリアル、すみだトリフォニーホール、横浜みなとみらいホール等など、小さなところではトッパンホール、紀尾井ホール、第一生命ホール、有楽町朝日ホール、いずれもまだない。カザルスホールなど、この後にできて、すでにもうなくなっている。音楽と場所のつながり、さらに春夏秋冬とを重ねてみることで浮かびあがってくるものも、これらの評のなかには、ある。
また、こうした「かつて」の演奏会評をまとめてみることで、その時代についてある程度見えてくるものもある。それは、音楽の、作曲の、演奏の状況の何が変わって、何が変わっていないのか、を考えるきっかけになるかもしれない。時間が経ってからまとめて読まれることで見えてくるものがあるだろう。[後略]