目次
はじめに 一九三六年と二〇二〇年 猪股剛
第一章 ホロコーストのかなしみ 小杉哲平
第二章 ホロコーストの語られ方 猪股剛
第三章 語りに耳を傾けること 植田静
第四章 遊び、演劇、異界とのかかわり 鹿野友章
第五章 プリーモ・レーヴィの生きた夢 宮澤淳滋
第六章 死者と共に在ること 古川真由美
第七章 抑圧された忘却 ヴォルフガング・ギーゲリッヒ
コラム
ホロコースト読書案内(鹿野友章)
プリーモ・レーヴィ(宮澤淳滋)
ユングとは?(鹿野友章)
ホロコーストとアート(山本民惠)
ホロコーストと日本(西山葉子)
ホロコーストと映画(清水めぐみ)
ホロコーストと関連都市(清水めぐみ)
ヴォルフガング・ギーゲリッヒ(猪股剛)
おわりに 愚かな人間の一人として 山本民惠
前書きなど
コロナ禍で拍車がかかっている心性、つまり過去を信じられず身近なものを直接に体験できず、未来を思い描けず遠くとつながろうとする心の状態は、まさしく一九三〇年代の時代心性に近い。当時のドイツは、第一次世界大戦の敗戦国として大きな負債を抱えていた。その状態を改革するために、国の中心にあった国王を廃して共和制を敷き、当時世界で最も民主的とされたワイマール憲法を制定した。なんとか未来を生み出そうとして改革が行われていたわけだが、貧困は深刻で、制度としての憲法は人々の心に安寧をもたらすものではなかった。豊かさや安定を失い、これまでの精神的な拠り所であった王を失い、まさしく、未来を思い描けず、過去を頼りにすることもできなくなっていたのである。その状況下で、新しい未来を提示したのがナチス・ドイツ政権である。しかも、彼らは、当時最新の情報技術を駆使して、人々に新しい現実を提示して夢を見させた。美術、音楽、演劇、映画、ラジオ、新聞を通じて、大衆政治という思想を広めながら、それが信頼に足る新たなものであることを演出し、人々の感情と感覚に上手に訴えた。もちろんその先導者たち自身も、その新しい可能性を信じていたのだろう。(略)ナチスの行為がはじめからすべてが欺瞞に満ちていたというよりも、それは貧困と精神的な闇の中で、希望を模索した末の愚行であるように感じられる。そして当時と同じような貧困と精神的な闇は、現代の私たちの周りにもはっきりと存在しているのである。(猪股剛「はじめに」より)