紹介
「第1部 生命・寿命とは」では、約40億年前に最初の生命体が誕生した頃からの進化の歴史に始まり、「第2部 ガン・アルツハイマー病とビール苦味成分」では、ガンとアルツハイマー病の関係を図と「コラム」でわかりやすく解説している。「第3部 ホップ成分の多用な薬理作用」では、ビール醸造の原料であるホップ成分が人間に対して多種多用な薬理作用を有していることが様々な研究で明らかになった。その薬理作用についての研究報告がされている。このホップ成分の研究は、未だ不明なところも多く、全体像の解明には多くの時間が必要と思われるが、ガン及びアルツハイマー病の発症メカニズムを明らかにすると共に、ガンやアルツハイマー病の予防・治療薬の開発に大きなヒントを与える可能性のある研究である。
目次
はじめに
第1部 生命・寿命とは
第1章 生命とは何か −エネルギー調達と情報伝達−
Ⅰ 生命とは何か
1.量子力学から見た生命像 −生命はエントロピー増大の法則に逆らう?−
2.ドレイクの方程式
3.地球型生命体のしくみ
4.「死」が生まれた時 −体細胞と生殖細胞の分業−
Ⅱ 生命とエネルギー −ミトコンドリアの役割−
1.生命は自己を統合し、生き続ける為に、エネルギーを必要とする
2.ミトコンドリアは、元はよそ者だが、今では役に立つ同居人
3.自殺(アポトーシス)装置を持つミトコンドリア −細胞の生死の鍵を握る−
4.ミトコンドリアDNAの変異と糖尿病
5.ミトコンドリアDNAの変異とアルツハイマー病
6.ミトコンドリアの劣化は老化を引き起こす
Ⅲ 生命の情報伝達のしくみ −生命活動を統合し、制御するしくみ−
1.化学物質を用いたシグナル伝達機構とはどのようなしくみか −鍵と鍵穴−
2.1stメッセンジャーと2ndメッセンジャー −情報伝達を2段階で行うー
3.リン酸化酵素(キナーゼ)と脱リン酸化酵素(フォスファターゼ)
4.転写因子と核内受容体 −遺伝子発現のスイッチ−
コラム1 シグナル物質(リガンド、アゴニスト、アンタゴニスト)などが結合する受容体の構造
5.エクソソーム(exosome)−最近報告されている、新しい情報伝達のしくみ−
第2章 寿命と老化 −細胞の死、個体の死−
Ⅰ 老化の原因
1.そもそも寿命とは何か −生命の「耐用年数」−
2.老化を引き起こす原因 −細胞の酸化・糖化−
3. 二つの老化 −生理的老化と病的老化−
1)生理的老化
2)早老症(ウェルナー症候群など)は病的老化 −遺伝子の傷と老化−
4.老化のしくみ
1)活性酸素説と糖化説
2)老化の第三の悪役:炎症
3)肥満は炎症である
コラム2 抗炎症剤とアルツハイマー病
5.老化とホルモンバランス
コラム3 アルツハイマー病は3型糖尿病か
6.交感神経と副交感神経のバランス
Ⅱ アンチエイジング
1.アンチエイジングとは
2. エイジングと病気の関係
3. アンチエイジングは有効か
4.長寿遺伝子(Sir2)とポリフェノール
5.寿命とアルコール −ビールと赤ワイン、どちらが体に良いか−
1)少量のアルコール摂取は死亡率を下げる
2)ビールと赤ワインの比較
3)ビールとノンアルコールビールの比較
Ⅲ 個体の死、細胞の死
1.生命の戦略 −遺伝子を優先するか、個体を優先するか−
2.個体の死
3.細胞の死
1)分裂する細胞、しない細胞、必要に応じて分裂する細胞
−細胞分裂を制御する細胞周期−
2)自殺する細胞 −アポトーシスという現象−
3)オートファジー(Autophagy)という現象
Ⅳ なぜ認知症の根本的な治療・予防薬の開発が、うまくいかないのか
第3章 生物学・医学の進歩
Ⅰ 最近の生物学の進歩と医薬品開発
−ワトソン・クリックの遺伝子モデルからAI、iPS細胞、ゲノム編集へ−
1.生物学の発展
2.病気の原因
Ⅱ 医薬品研究の新しい潮流
1. 最近の医薬品開発の潮流と問題点 −免疫システム、遺伝子工学とAIの融合−
1)Precision Medicine(精密医療)Iniciative
2)Drug Reposioning(既存薬を別の病気の治療薬へ)
3)AIと遺伝子工学・免疫システムの融合による分子標的薬の実用化と問題点
2. アルツハイマー病は単なる病気ではなく、社会問題の一つ
第2部 ガン・アルツハイマー病とビール苦味成分
第1章 ガンとアルツハイマー病の関係
Ⅰ ガンとアルツハイマー病はコインの裏表
コラム4 ガン及びアルツハイマー病発症に関与する「Pin1」タンパク質の働き
Ⅱ ガンと核転写因子NF-κBの関係
コラム5 NF-κBの薬理作用
Ⅲ ガンとガン抑制遺伝子TP53の関係
Ⅳ フムロンとイソフムロンのガン細胞HL60への作用
Ⅴ イソフムロンのブタ脳細胞への作用 −脳細胞保護作用−
1.ブタ脳細胞DNAへの分解阻害作用
2.フムロンとイソフムロンの作用の比較
Ⅵ イソフムロンのウシ脳細胞への作用
第2章 生物の情報伝達のしくみ −化学物質と電気信号(シグナル)を利用−
Ⅰ 化学物質を利用する情報伝達のしくみの特徴
Ⅱ 化学物質を用いたシグナル情報伝達とはどのようなしくみか−遺伝子への情報伝達−
Ⅲ タンパク質の構造変化により、情報伝達を行うしくみ
−アロステリックサイトとリン酸化・脱リン酸化−
Ⅳ クロストークという現象 −他の情報伝達系とも影響し合う現象−
第3章 脳のしくみ
Ⅰ 脳とはどのような働きをする組織・器官なのか
1.そもそも脳とは
2.脳は脂っぽい −神経細胞にはコレステロールが多い−
Ⅱ 脳の持つ機能
1.脳の細胞と機能
2.電気シグナルの神経細胞軸索(アクソン)での伝達
3.脳の持つ宿命 −脳は死ぬまで、莫大なエネルギーを生産し、消費する−
4.脳のPET画像
5.脳は最初から“断線”しているパソコン
6.記憶のしくみ
1)記憶の固定化のしくみ ―海馬から大脳皮質へ;短期記憶から長期記憶へー
2)空間認識を行う場所細胞(place cell)と格子細胞(grid cell)の発見
Ⅲ 神経細胞は神経伝達物質(ニューロトランスミッター)を用いて情報伝達する
1.神経伝達物質の働き
2.ドーパミンも重要な神経伝達物質
第4章 アルツハイマー病への挑戦はつづく
Ⅰ アルツハイマー病とはどのような病気なのか
1.認知症の分類・種類
2.アルツハイマー病の原因
3.アルツハイマー病の時間的進行
コラム6 アルツハイマー病とゴースト血管
Ⅱ 現在認可されている医薬品
コラム7 アルツハイマー病とその早期診断法
Ⅲ イソフムロン研究の進展
1.イノベーション・ジャパン2010 ―大学見本市での発表 ―
2.マスコミからの反応 −書籍の出版、NHKラジオ出演、健康雑誌・週刊誌・新聞等での発表−
3.キリングループ、内閣府のプロジェクトに採択
Ⅳ ケモブレインの問題 −抗ガン剤の投与中、或いは投薬終了後に起こる記憶力・思考力・集中力の減退−
1.ケモブレインとは
2.ケモブレインの原因
Ⅴ ケトン体と脳 −神経細胞への効果−
1.ケトン体とは
2.プロスタグランジン(PG)J2ファミリーのアポトーシス制御作用
3.ケトン体とミトコンドリア
Ⅵ アルツハイマー病に有効とされる他の植物成分ポリフェノール
1.レスベラトロール
2.ウコン(カレー粉)の成分クルクミン
Ⅶ 現在臨床試験中の化合物
1.日本発の有望な治療薬候補 −T-817MA−
2.海外で開発中の治療薬候補 −レンバ− ー
第3部 ホップ成分の多様な薬理作用
第1章 ホップの作る多種多様な化合物
Ⅰ ホップは少ない種類の部品を組み合わせて、多様な構造を持つ化合物を創る
Ⅱ ホップ成分の構造と類似するアラキドン酸化合物
Ⅲ フムロンとイソフムロンの構造の比較
第2章 フムロンの薬理作用
Ⅰ 骨粗鬆症とフムロン
1.骨再建 −骨のリモデリング―
2.ホップとの出合い
3.フムロン、キサントフモールの骨吸収阻害作用
4.シクロオキシゲナーゼ−2遺伝子とフムロン
コラム8 シクロオキシゲナーゼー1(COX-1)とCOX-2
Ⅱ フムロンの血管新生阻害活性
1.骨吸収阻害のメカニズム −核転写因子NF-κB阻害−
2.血管新生阻害作用
コラム9 ガンと血管新生 −ガン細胞を兵糧攻めに−
Ⅲ フムロンの骨髄性白血病細胞U937への作用
Ⅳ フムロンの薬理作用のまとめ
第3章 キサントフモールの薬理作用
Ⅰ キサントフモールのガン細胞HL60への作用−フムロンとの比較−
Ⅱ フムロン、イソフムロン、キサントフモールのガン細胞HL60への作用の比較
1. 三者三様の作用
2.キサントフモールの二相的な作用 −カルコンとの類似性−
3.アポトーシス、ネクローシス、そしてネクロプトーシス
Ⅲ キサントフモールの女性ホルモン様作用
Ⅳ キサントフモール、イソキサントフモールと骨粗鬆症
Ⅴ キサントフモールの抗炎症作用(核転写因子Nrf2-AREシグナル経路)
Ⅵ キサントフモールとコレステロール
Ⅶ キサントフモールのNGF(神経細胞増殖因子)誘導作用
Ⅷ キサントフモールの抗変異原活性
Ⅸ キサントフモール、イソフムロンの白髪防止作用
Ⅹ キサントフモールの抗ウイルス作用
Ⅺ キサントフモールの筋肉老化防止作用
Ⅻ キサントフモールの薬理作用のまとめ
第4章 イソフムロンの薬理作用
Ⅰ イソフムロンの標的細胞は脳のどの細胞か
Ⅱ イソフムロンの脳細胞DNAの分解阻害は、アポトーシス
阻害、或いはネクローシス阻害によるものか
Ⅲ イソフムロンとシグナル伝達機構
コラム10 核転写因子Nrf2
コラム11 死に対抗するタンパク質Bcl-2
Ⅳ アミロイドβの神経細胞内の標的小器官は何か
Ⅴ イソフムロンのアルツハイマー病予防・治療への展開の可能性
Ⅵ イソフムロンの薬理作用のまとめ
第5章 他のホップ成分の薬理作用
Ⅰ ガルシニエリプトンHCのγセクレターゼ阻害作用
Ⅱ ホップに含まれるフラボノールの花粉症症状を軽減する作用
Ⅲ ホップに含まれるアルコールの薬理作用
コラム12 GABA受容体
Ⅳ ビールの放射能防護作用
まとめ
おわりに
参考資料
前書きなど
2016年に、イタリアの研究者マッシモ・ムジッコは、イタリア北部の住人100万人以上を対象とした疫学研究を行い、2004〜2009年の間に、ガン患者が21000人以上、アルツハイマー病患者は3000人弱、両方を発症したのは161人のみであったと、報告しています。この結果から、アルツハイマー患者がガンになる確率は43%減少し、ガン患者がアルツハイマー病になる確率が35%減少すると結論しました。即ち、アルツハイマー患者はガンになりにくく、ガン患者はアルツハイマー病になりにくいと言う事なのです。二つの病気に関連があると言うのは、一方の病気が他方の病気の発症を防ぐと言う意味ではなく、二つの病気が二律背反、即ち「コインの裏表の関係」或いは「シーソーの関係」にあるという事なのです。言葉を換えて言うと、我々は、ガン或いはアルツハイマー病のどちらかを選ばざるを得ないという事なのです。
これは一体、何を意味しているのでしょうか?以前の2005年発表の論文の中で、米国のワシントン大学(セントルイス)の研究者キャサリン・ローは、65歳以上を対象にガン患者とアルツハイマー病患者との関係について研究し、ガン抑制遺伝子のTP53が関係している可能性を、示唆しています。「このガン抑制遺伝子は、アルツハイマー患者では活発であるが、ガン患者の50%では、不活性化している」と指摘しています。ガン抑制遺伝子TP53とは、本来我々が生まれつき持っている遺伝子で、ガン細胞を自殺に導いて(アポトーシスという)、ガン細胞を除去する働きを持つ遺伝子です。もし、このガン抑制遺伝子に変異が生じ、本来の機能である「アポトーシス誘導能力」を失えば、ガン細胞の増殖を抑制する事が出来ず、ガン患者の数が増えますが、一方、アルツハイマー病に関しては、「神経細胞も細胞死を誘導されない」ので、アルツハイマー病にはなりにくいのではないか、という考えです。
従って、ガンとアルツハイマー病には、共に「アポトーシス」という生物現象が深く関わっていることを示唆しているのです。アポトーシスが「強い人」はガンにはなりにくいが、アルツハイマー病にはなり易く、一方、アポトーシスが「弱い人」はガンにはなり易いが、アルツハイマー病にはなりにくいという事になります。
本書は、生物学、或いは医学を目指す若い人を意識して書いた本ですが、本書のテーマが人類の直面する2大疾病のガンとアルツハイマー病であり、全ての人に関心の深い病気ですので、皆様にお読み頂ければ有りがたく存じます。ガンは人間に限らず、多細胞生物の持つ宿命であり、アルツハイマー病も巨大な脳を持ち、文明を築いている人類にとっての宿命かもしれません。そして、ガンとアルツハイマー病は、実は根っ子のところで繋がっている可能性があるのも、興味深い点です。