紹介
愛する両親を喪い、悲しみに暮れる乙女エミリーは、
叔母の夫である尊大な男モントーニの手に落ちて、
イタリア山中の不気味な古城に幽閉されてしまう――
刊行から二二七年を経て、今なお世界中で読み継がれるゴシック小説の源流。
イギリス文学史上に不朽の名作として屹立する異形の超大作、待望の本邦初訳!
「あれだ」何時間ぶりかで口を開いたモントーニが言った。「あれがユドルフォ城だ」
エミリーはモントーニが領有するとされている城を見つめ、暗い畏怖の念をおぼえた。というのも、今は夕陽に照らし出されてはいるが、その雄麗なゴシック様式や崩れかけた鈍色の石の城壁は何とも陰鬱で荘厳な雰囲気を醸し出していたからだ。彼女が見つめていると、城壁に当たっていた陽が薄れてゆき、暗い紫の色合いが残されることになった。山肌に薄靄が立ち昇ってゆくと、その色合いはさらに濃さを増して広がっていったが、一方、上部の銃眼胸壁は依然として夕陽に輝いていた。やがてその銃眼からも光は薄れてゆき、城全体が夕暮れ時の厳かな薄闇に包まれていった。人気もなく、ひっそりと壮麗に佇む城はこの場一帯の君主の如き様相を漂わせ、その孤独な支配に闖入せんとする者を威嚇しているかのごとき趣であった。夕闇が深まってゆくにつれその姿形も朧になり、不気味さを増していった。(本書より)