目次
第1章 武家社会の治者の知恵
第1話 「士農工商」は室町時代の昔からという話
ー天隠和尚の『西大寺化縁疏』ー
第2話 冥土の道案内にも得手・不得手という話
ー宇喜多直家の乱命と戸川達安の諫言ー
第3話 花も実もある検地奉行の話
ー豊原南島神社の神官と中村主殿助ー
第4話 好き嫌いにも公私の別という話
ー土倉市正と中村忠左衛門の仲直りー
第5話 主役・脇役と隠居の話
ー人生にも始まりがあれば終りがあるー
第6話 都会の風俗が田舎に及ぶときの話
ー熊澤蕃山の都鄙風俗論ー
第7話 丸い杓子掬う重箱の味噌の話
ー京都所司代板倉勝重と池田光政ー
第8話 和意谷御山・閑谷学問所の謎解きの話
ー謎解きの鍵は友延新田の井田の地割ー
第9話 樵に学ぶ治山治水の知恵話
ー熊澤蕃山が語る知恵の泉ー
第10話 伯夷・叔斉に似た備前の人情話
ー名君・池田光政の花も実もあるお裁き
第11話 上道郡沖新田に「綱政村」がない話
ー人の評価は棺の蓋を覆っても定まらぬこともあるー
第12話 岡山藩「春」の時代の苦労話
ー領民を思う永忠の真のねらいは新田開発ー
第13話 池田光政と熊澤蕃山の喧嘩別れの話
ー「役人は政治に関与すべからず」も確かに一理ー
第14話 息詰まる生活には息抜きが大事という話
ー旭川の畔の花畠・中原御涼所と後楽園ー
第15話 重病の綱政がたびたび後楽園へお渡りの話
ー側室のひとり幸品(栄光院)の魅力ー
第16話 「愚か大名」の見事な「殺文句」の話
ー斎藤三郎介の「仁君」綱政の想い出ー
第17話 津田永忠が綱政より「下屋敷」を賜る話
ー古老・金万八郎の昔話と「永忠奉公書」ー
第18話 享保の無事も「過ぎにし君の恵み」という話
ー徳川吉宗・池田継政「緋の袴」ー
第19話 百姓騒動の予防は「道理の政治」という話
ー加世八兵衛・長谷川九郎太夫の信念ー
第20話 後楽園用水より新田用水が先という話
ー宝暦の旱魃と池田宗政の心配りー
第21話 家老の頼みで大殿様を諫めた若殿様の話
ー仏心寺の墓所造営をめぐる父子のやりとりー
第22話 岡山の若殿様が鳥取の家老の独断を戒める話
ー池田宗政が鳥取池田家の相続問題を糺すー
第23話 学問と芸能は武士の嗜みという話
ー播州小野藩の寺本七郎右衛門の遺訓ー
第24話 御領分の百年祝いに赤飯料を配る話
ー吉野郡の三か村へ土浦藩主の心遣いー
第25話 待てば海路の日和もあるものをという話
ー明石藩主松平家、遠季姫の自害ー
第26話 悩む心を祈る心に替えて命助かる話
ー上寺山東向き観音と池田継政ー
第27話 「治水か開発か」から「治水も開発も」へ、発想転換の裏話
ー学者の蕃山と土木巧者の永忠ー
第28話 邑久郡の「千町四百二十一町余の話」
ー池田忠雄の水害地帯への仁政の名残りー
第29話 「一石四鳥」の知恵が造った百間川の話
ー熊澤蕃山の着想と津田永忠の事業ー
第2章 昔話の生きる知恵
第1話 閻魔王の頼みでこの世に蘇生した話
ー賀陽郡平山村の笠井又八郎のことー
第2話 自害した旧主を慕って建てた蔭凉寺の水塔の話
ー岡山藩士・水野定之進と水売りの七助ー
第3話 尼僧の姿で墓参の約束を果たした遊女の話
ー播州室津の遊女の深情けー
第4話 岡山藩領に生まれた民衆宗教の話
ー光政の淫祠淘汰と民衆宗教の誕生ー
第5話 人情は上に薄く下に厚いという話
ー湯浅新兵衛と『備前孝子伝』ー
第6話 放蕩息子が貞節の妻に贈った変わった離縁状の話
ー落城間際の感状にも似た朔之助の心配りー
第7話 堂塔の建立に勝る功徳の話
ー生野代官に間引き差し留めを願った尼僧の熱意ー
第8話 陰徳あれば陽報ありという話
ー下野国石橋村の豪農の捨て子の養育ー
第9話 道筋請取口と家老陣屋の話
ー辺境の衰微を救った在町の繁栄ー
第10話 冷たい水と温かい人情の村里の話
ー大師堂の再建と大師講ー
第11話 ご一新で消えた御家流の話
ー明治の新政府のいう偽法と雅法ー
第12話 「お坊さま」が「坊さん」に変わった話
ーその謎を解く鍵は明治五年の太政官布告ー
第13話 泥棒と山寺の和尚さんの話
ー泥棒には泥棒稼業の苦労があるー
第14話 昔の人の福・禄・寿の話
ー質素と倹約の処世術ー
第15話 「読よむ力」と「聞きく力」という話
ー「リア王」の後悔、巧言令色、鮮し仁ー
第16話 狗賓に救われた空海の話
ー二階から落ちて一度死んで気づいたことー
第17話 祟る狐を叱りつけた庄屋の話ー
ー狐は道理に負けて稲荷社に祀られるー
第18話 在の農人、町の商人の話
ー農人の質素倹約、商人の知恵才覚ー
第19話 借銀の山を承知で婿入りした男の話
ー金は無くても妻がある、蓁六の心意気ー
第20話 新池普請を「御普請」で済ませた庄屋の話
ー昔の代官の顕彰碑話をもち出して時の代官をやる気にさせるー
第21話 種痘の普及と医は仁術の話
ー緒方洪庵・山鳴大年と友山代官ー
第22話 金銭の儲け方と遣い方という話
ー野崎武左衛門の金銭哲学ー
第23話 美作の庄屋五人の「大岡裁判」の話
ー見事に落着した新野まつりの訴訟沙汰ー
第24話 身の程を弁えて果報を得た百姓の話
ー姉は側室、弟は百姓、それぞれの天職を大切にー
第25話 ものには名前、名前にはいわれがあるという話
ー京橋・中橋・小橋と中納言ー
第3章 世間話の生きる知恵
第1話 「雪解けてもとの姿や峰の松」という話
ー臨終は神仏の最後にして最大の恩寵ー
第2話 鴻池の造り酒屋が奉公人の腹いせで「清酒」を発見する話
ー人間の知恵と神仏のはからいー
第3話 往きは「金やん」帰りは「金さん」の話
ー人はみな道によりて尊しー
4話 嬶も奥方も根は同じという話
ー男は柿木、女は柳で折れそうで折れないー
第5話 縁なき衆生は救い難いという話
ー「無縁」を「有縁」に変えるものー
第6話 金を産む金と金を産まない只の金の話
ー貸して失う貸したお金とお友達ー
第7話 人生意気に感じた明治の奇人変人の話
ー芸者・妾が孤児の母にー
第8話 老いた病人を若返らせ元気づける見舞いの話
ー若き日のよき想い出ばなしは「若返り」の妙薬ー
第9話 進むときと退くときの心得の話ー
ー「すまじきものは宮仕え」、早期退職のすすめ
第10話 喫煙の習慣の始まりと終わりの話
ーこれで長年の胃潰瘍が不思議に治ったー
第11話 麦飯で兵隊の脚気を救った話
ー高木兼寛と森林太郎の二人の軍医ー
第12話 桜ばかりが花じゃない、花はいろいろ人もさまざまという話
ー人生の遠近法と分身の術ー
第13話 ヴェトナム戦争とイラク戦争の話
ー「鎖国」と「モンロー主義」に学ぶものー
第14話 竹島問題は学者の出番という話
ー「竹島」を取ったら次は「対馬」を望む国ー
第4章 親や教師の子育ての知恵
第1話 教師は仏師、教育は芸術という話ー
ー仏像を眺めて教師の仕事を思うー
第2話 笛の名人・茂光の笛の音に海賊が涙を流すという話
ー吉備の海の海賊干潟禅師ー
第3話 孝女ふさの生まれ故郷の播州を訪ねる話ー
ー播州三草領の娘、「家貧しくして孝子出ず」ー
第4話 上海で「教育勅語」の徳目に出会う話
ー徳を篤くし、学を博くすという教えー
第5話 教え子を戦犯の死刑台から救った教師の話
ー人格者・陸軍大将今村均を育てた教育ー
第6話 偉大な発明もヒントは世間の話からという話
ーゼンナーの種痘法と乳搾りの女ー
第7話 よい教師は四つの顔をもつという話
ー学者・芸者と医者・易者で四者悟入ー
第8話 昔を無理に想い出せば涙が出るという話
ー「自分史」の代わりに「未来史」をー
第9話 折角掴んだ命綱を、わざわざ手放す愚かな話
ー偏見は判断を狂わせるー
第10話 寒風にさらされた麦踏みに学んだ話
ー名君・池田光政の花も実もあるお裁きー
前書きなど
家庭には「求心型の家庭」と「遠心型の家庭」とがあります。むかし文部省唱歌に「冬の夜」という歌がありました。
燈火ちかく 衣縫う母は
春の遊びの 楽しさ語る
居並武子どもは 指を折りつつ
日数かぞえて 喜び勇む
囲炉裏火はとろとろ
外は吹雪
こんな風景の家庭が「求心型の家庭」。暮らしは貧しくても心は暖かく、家庭は愛情に満ち、思いやりの対話がはずみました。
この「求心型の家庭」の周囲には、助けられたり助けたりの「農村型の地域」がひろがっていました。伊勢講・庚申講・大師講、その他さまざまの寄合があり、互いに気心の知れた仲間で、「遠方の親類より近くの他人」とう諺も生まれました。
このような家族関係、近隣関係のなかで自然と老人や大人の知恵が親から子へ、祖父母から孫へ伝えられ、ひとりの知識や知恵が地域のものとなっていきました。
ところが近ごろは、かつての「求心型の家庭」は「遠心型の家庭」に、「農村型の地域」は「都市型の地域」に変わり、同じ屋根の下に住みながら、同じ村に住みながら口もきかない間柄に変わりました。その原因は核家族化、家の間取りの変化、テレビや携帯の普及、それぞれの家庭の経済的自立、その他いろいろあるでしょう。これも時代の流れで致し方がないでしょうが、知恵の伝達がむずかしくなったことは確かであります。
家庭では困難になった先祖の知恵の伝達を期待されるのは歴史の学習であります。しかし学校での歴史は試験科目であります。従ってその学習内容は知識に片寄り、人間の生きる力となる知恵はとかく忘れられ勝ちであります。テストで知識は測れても知恵は測りにくいからであります。
この家庭でも地域でも学校でも、伝達されず教えられなくなった先人の知恵を、何とか伝達したいと考えていました。
そのとき岡山県書道教育者の権威・故大館桂堂先生から、墨潮会の雑誌『墨潮』に随想を寄稿するよう需められました。身の程も弁えず、数年まえから正月を除き毎月投稿致しました。
この雑誌には、敬愛する寂照庵主こと赤枝郁郎先生も「ぼくの墨佛さん」を連載されております。そのような関係で親しくさせて頂き、また励まして頂き、これを一冊にまとめることに致しました。先生にお願いして、先生がかつて『山陽新聞』に掲載された「当世さしかげん」の玉稿の一部を転載させて頂きました。心より御礼申し上げます。
またこの『昔は今の知恵袋』の出版に当たりましては大館桂堂先生の御令息大館禎宏先生、就実大学の学長押谷喜一郎先生、丸の内ロータリークラブの片岡和男先生などの御援助を頂きました。心より厚く御礼申し上げます。
最後に、大館先生の一周忌四月末日までに出版をと急ぎましたが、吉備人出版のご理解、ご尽力でやっと間に合うことが出来ました。ありし日の先生の温顔を想い、感謝の念を新たにしつつ筆を擱きます。合掌