目次
謝 辞
凡 例
序 章 なぜ専門知か
「民衆の知恵」説
正統性の問題と拡大の問題
科学主義
本書の構成
第1章 専門知の周期表(1)
――遍在専門知と特定分野の専門知
周期表の導入
遍在専門知
遍在暗黙知だけを伴う専門知
科学の通俗的理解
特定分野の暗黙知を伴う専門知
貢献型専門知
対話型専門知
特定分野の専門知間の関係性
対話型専門知、および、対話能力と熟慮能力
専門知の獲得――5種類の対面知識伝達
第2章 専門知の周期表(2)
――メタ専門知とメタ基準
外在的判断――遍在的識別力
外在的判断――局所的識別力
専門知についての内在的判断とそれらの諸問題
ホラ吹き、ペテン師、信用詐欺
専門的目利き
下向きの識別力――ピアレビューとその変種
投射型専門知
メタ基準――諸々の専門知を判断するための基準
専門知の周期表をもう一度まとめる
分類にまつわる諸問題
第3章 対話型専門知と身体性
社会的身体性論と最小限身体性論
マドレーヌ
言語習得前聾者
対話型専門知と実践的成果
身体とレナートについての覚え書き
第4章 言行一致
――色盲、絶対音感、重力波についての実験
手続きと結果――概念実証実験
結果
色盲と絶対音感についての結論
対話型専門知と科学
全体の結論
結び――校閲テスト
第5章 新しい境界設定基準
科学を科学でないものから区別する
科学と政治の境界を定める
科学と疑似科学の境界を定める
終 章 科学、市民、そして社会科学の役割
補 論 科学論の幾つかの波
第三の波と第二の波の違い
第三の波と第一の波の違い
監訳者あとがき
注
参考文献
索 引
前書きなど
科学が真理をもたらしうるのだとしても、その速さは、政治の進む速さには及ばない。論理と実験の活用によって科学はいつの日かすべての問題を解決できるようになるだろうという考え方は、二〇世紀の初めには力を失い始めた。量子力学、ゲーデルの証明、論理実証主義のような諸々の哲学の表舞台からの退場、そしてより最近のカオスの再発見が示してきたのは、まるで悪夢のように、完璧な科学という列車は、いつもあなたが駅に辿り着いた瞬間に発車してしまうといった状況であった。そして、それらはまさに科学に「内在する」問題なのである。
二〇世紀の中頃、トマス・クーンの有名な著作『科学革命の構造』によって、科学が秩序正しく順に発展するという考え方が群集心理による説明で置き換えられるように思った者もいた。続いて、科学の営み、とりわけ科学における論争が日々進展する様子について入念な記録をつけていく一連の研究が示したのは、科学の「規準モデル(canonical model)」が、科学の実践そのものとは合致していなかった、ということであった。二〇世紀後半には、主要技術のきわめて顕著な失敗の数々とそれらに結びついた惨事、生物学関連分野での科学的進歩に関する論争の明白な政治問題化、そして、原子力エネルギーが残す遺物や新たな農業実践によるリスクに関して科学者の理解不足が重ねて明らかになったことが原因となって、科学に対する公衆の不信が増大していくことになった。環境保護や動物の権利擁護に関連した政治運動が、科学技術への不信を助長していく一方で、社会科学から生じた緻密な科学論が、文芸批評から生じた「ポストモダニズム」として知られるとてつもなく大きな流れに沈められてしまった。……
[「序章」冒頭より]