目次
『ウクライナ戦争犯罪裁判ー正義・人権・国防の相克』
新井 京(同志社大学教授)・越智 萌(立命館大学准教授) 編
【目 次】
・はじめに
◇第1部 総 論◇
◆第1章 ロシア・ウクライナ戦争下における国際刑事法の諸相〔越智 萌〕
はじめに
Ⅰ ロシア・ウクライナ戦争下での研究素材と論点の推移
Ⅱ 現代の戦争犯罪裁判における規範のトライレンマ
おわりに
◆第2章 国際人道法履行確保手段としての国内裁判〔新井 京〕
はじめに
Ⅰ 国内刑事裁判による国際人道法の履行確保
Ⅱ 国際人道法の刑事裁判を通じた履行
Ⅲ 捕虜の裁判と処罰
おわりに
◇第2部 戦争犯罪◇
◆第3章 戦争犯罪の保護法益〔松山沙織〕
はじめに
Ⅰ 戦争犯罪の定義―広義の戦争犯罪と狭義の戦争犯罪
Ⅱ 戦争犯罪とは何か―誰が,何を裁くことができる?
Ⅲ 戦争犯罪概念の変化―武力紛争法の重大な違反?
おわりに―「国際社会全体の関心事」が法益化したことの意味
◆第4章 戦争犯罪の主体〔久保田隆〕
はじめに
Ⅰ 犯罪の主体という観点からみた戦争犯罪の特徴
Ⅱ 武力紛争におけるさまざまなアクター
Ⅲ 通常犯罪に基づく処罰の可能性
おわりに
◆第5章 戦争犯罪の指導者処罰と刑事責任の形態〔横濱和弥〕
はじめに
Ⅰ 戦争犯罪についての正犯責任
Ⅱ 戦争犯罪についての上官責任
むすびに代えて―今般の逮捕状の意義
◆第6章 戦争犯罪の捜査〔藤原広人〕
はじめに
Ⅰ 戦争犯罪捜査の特徴
Ⅱ 情報処理と証拠分析
Ⅲ 証拠の分析
Ⅳ ウクライナ戦争における戦争犯罪捜査
おわりに
◇第3部 ウクライナにおける戦争犯罪裁判◇
◆第7章 戦況と国内手続きの特徴〔保井健呉〕
はじめに
Ⅰ 戦況と武力紛争法違反の特徴
Ⅱ ウクライナによる戦争犯罪処罰の国内手続き
Ⅲ ウクライナにおける戦争犯罪処罰
おわりに
◆第8章 国内刑法における戦争犯罪の性質と戦闘員特権〔久保田隆〕
はじめに
Ⅰ ウクライナ刑法における戦争犯罪処罰規定
Ⅱ 戦争犯罪と通常犯罪の関係―戦闘員特権による通常犯罪の成立・適用の否定
おわりに
◆第9章 個人の刑事責任をめぐる諸問題〔横濱和弥〕
はじめに
Ⅰ 犯行への関与の形態
Ⅱ 圧迫および命令に基づく犯罪
Ⅲ 量 刑
むすびに代えて―日本への示唆
◇第4部 ウクライナ裁判所と国際的手続の関係◇
◆第10章 国際刑事裁判所における手続との関係〔尾﨑久仁子〕
はじめに
Ⅰ 国際刑事裁判と国内裁判
Ⅱ 補完性の原則とウクライナの実体刑法
Ⅲ 適正手続
Ⅳ ウクライナの事態におけるICC の役割
おわりに
◆第11章 ハイブリッド法廷の観点からの評価〔中澤祐香〕
はじめに
Ⅰ ハイブリッド法廷の性質
Ⅱ 「ウクライナ特別法廷」の合憲性
おわりに
■付録1 ウクライナ国内裁判所による判例一覧(2023年12月末現在)
■付録2 ウクライナ刑法翻訳(関係規定抜粋)
前書きなど
(「はしがき」より抜粋)
今日の「戦争犯罪」に関する議論は,国際法の発展に伴って複雑なものとなっており,多くの戸惑い(時には誤解)を人々に与えていると思われる。そもそも国家間の関係を規律する国際法が個人の刑事責任について直接規律し,国際裁判所が個人を裁くことは可能なのか。戦争犯罪といっても,かつて日本やドイツの国家指導者が裁かれた国家的な政策・計画に関わるような「戦争犯罪」から,民間人の殺害や捕虜の虐待といった実行者個人の罪責性が明確な「戦争犯罪」まで様々な事象が議論されており,それらを一律にとらえることができるのか。かかる戦争犯罪を国家が刑事裁判権を行使して訴追することと,国際的裁判所が訴追することの両方が想定されているが,両者の関係はどのようにして決まるのか。そもそもICCとはどのような組織で,どのような役割を果たしうるのか。特にICC での訴追において大きな役割を果たす検察官はどのような立場で捜査や起訴を行いうるのか。
このような根本的な問いに答えうる正確な情報がないままでは,例えばウクライナやガザで生じている様々な「戦争犯罪」に対して,国際社会がどのように向き合っていて,何ができて,何ができないのか,正しく把握することは,できないと思われる。特に日本では,一般的に戦争犯罪の訴追というと,約80年前の東京裁判やいわゆるBC 級裁判の「理不尽さ」のみが強調され,その記憶に基づいてのみ議論されることもある。もちろん,これらの裁判に問題が多かったのは事実であるが,その後の国際刑事法や国際刑事裁判手続きの発展は過小評価されるべきではない。
本書は,このような観点から,また、戦争犯罪の訴追をはじめとした国際刑事司法の現状について平易に説明した日本語の書籍がないことを踏まえて,ウクライナにおいて現在進行中の戦犯裁判を素材として,戦争犯罪の処罰のあり方についてわかりやすく解説することを目的としている。ウクライナ国内法に基づく裁判によるこの責任追及が,ICC などの国際的手続きとの競合・協調の狭間でどのように行われてきたのか,それにはどのような意義があるのかを論じる。そのため,第1部において今般のロシア・ウクライナ戦争を国際刑事法・武力紛争法の発展の文脈の中に位置づけ,戦争犯罪の処罰に関する具体的な論点と基本的な仕組みを説明している。第2部においては,戦争犯罪がそもそもどのように捜査・訴追され,誰が何のために処罰されるのかを解説している。第3部では,実際のウクライナ戦犯裁判を,捜査・量刑・刑の執行・日本への示唆などの観点から具体的に検討することでその特徴を浮き彫りにしている。第4部においては,それら手続きが国際的な手続きとどのように関係付けられるのかを論じている。