紹介
◆現在も大きな影響を与えている発達心理学の古典を精選!
長い発達心理学の歴史のなかでも、「古典」と認められる研究はわずかです。古典とは、学問の形成に貢献し、今でも大きな影響を与え続けている研究です。現在の最先端の研究も、古典的な研究の発展の上にあります。ですから、古典をきちんと理解することが重要です。しかし本書は、単なる古典の紹介ではありません。それがどのように登場し、批判され、現在、どのように乗り越えられようとしているのか、またその過程で現象に対する私たちの認識がどのように広がったのかについても、周到に論じています。旧きを学んで新しきを知る、これまでありそうでなかった発達心理学の学生・研究者必携の入門書です。
目次
発達心理学・再入門 目次
■はじめに――発達心理学研究の古典から学ぶ 訳:加藤弘通
各章の構成
本書の目的と構成
各章の配列
各章の要約
まとめ
1 アタッチメントと早期の社会的剥奪 訳:及川智博
ハーロウのサルの研究再訪
ハーロウの古典的研究が生まれた背景
ハーロウの研究の概要――早期の社会的剥奪が後の発達に及ぼす影響
ハーロウの研究の影響
ハーロウの研究に対する批判
ハーロウの研究はいかに思考を前進させたか、その後思考はいかに発展したか
まとめ
2 条件づけられた情動反応 訳:松本博雄
ワトソンとレイナーの「アルバート坊や実験」を越えて
ワトソンとレイナーの古典的研究が生まれた背景
ワトソンとレイナーによる実験の概要
ワトソンとレイナーの実験の影響
批判――別の解釈と知見
まとめ
3 崖っぷちの乳児 訳:川田 学、Marcruz Yew Lee Ong
視覚的断崖を超えて
背景
視覚的断崖
視覚的断崖の影響
視覚的断崖への批判
まとめ――視覚的断崖を越えて
4 ピアジェ再訪 訳:浅川淳司
子どもの問題解決能力の研究からの一展望
ピアジェの実証研究
子どもの問題解決能力――ピアジェ派とポストピアジェ派の考え方
複数の下位目標がある問題解決のための就学前児の能力に関する研究
まとめのコメント
5 乳児期における模倣 訳:竹森未知
メルツォフとムーア(1977)の研究再訪
メルツォフとムーアの古典的研究が生まれた背景
メルツォフとムーアの研究の概要
メルツォフとムーアの研究の影響
メルツォフとムーアの研究に対する批判――別の解釈と知見
まとめ――メルツォフとムーアの研究はいかに思考を前進させたか、その後思考は いかに発展したか
6 乳児期における対象の永続性 訳:常田美穂
ベイラージョンの跳ね橋実験再訪
ベイラージョンの古典的研究が生まれた背景
ベイラージョンの研究の概要
ベイラージョンの研究の影響
ベイラージョンの研究に対する批判
研究はいかに前進したか 研究Ⅰ:対象の永続性の神経基礎を理解する
研究はいかに前進したか 研究Ⅱ:学習のメカニズムを理解する
最後に
7 子どもの目撃記憶と被暗示性 訳:上宮 愛
セシとブルックのレビュー(1993)再訪
背景と概要
セシとブルックのレビュー論文の影響とそれに対する批判
まとめ
8 IQはどれほど上げることができるのか? 訳:田邊李江
ジェンセン(1969)の問いと答えへの最新の展望
ジェンセンの古典的研究が生まれた背景
ジェンセンの研究の概要
ジェンセンの研究への批判――ジェンセン論文への反応
その後この分野は、どのように変わっていったか
まとめ
9 読みとつづり 訳:岩田みちる
ブラッドリーとブライアントの研究再訪
ブラッドリーとブライアントの古典的研究の概観
ブラッドリーとブライアントの古典的研究が生まれた背景
ブラッドリーとブライアントの研究の概要
ブラッドリーとブライアントの研究の影響
ブラッドリーとブライアントの研究に対する批判
ブラッドリーとブライアント(1983)以降の音カテゴリー化理解の進歩
まとめ
10 心の理論と自閉症 訳:古見文一
バロン=コーエンたちのサリーとアン課題を超えて
バロン=コーエンたちの論文が生まれた背景
バロン=コーエンたちの古典論文の概要
バロン=コーエンたちの論文の影響
バロン=コーエンたちの論文に対する批判――異なる解釈と知見
この論文はいかに思考を前進させたか、その後思考はこの論文を超えてい
かに発展したか
まとめ
11 道徳性の発達 訳:水野君平
コールバーグの段階再訪
コールバーグの古典的研究が生まれた背景
コールバーグの研究の概要
コールバーグの研究の影響
コールバーグの研究への批判――別の解釈と知見
まとめ――この研究はいかに思考を前進させたか、その後思考はいかに発展した か
要約
12 攻撃性 訳:穴水ゆかり
バンデューラのボボ人形研究を超えて
バンデューラの古典的研究が生まれた背景
バンデューラの古典的研究の概要
バンデューラの研究の影響
バンデューラの研究への批判――別の解釈と知見
まとめ――バンデューラの研究はいかに思考を前進させたか、その後思考はいか に発展したか
13 言語発達 訳:伊藤 崇
エイマスたちによる/ba/と/pa/の弁別研究再訪
エイマスたちの古典的研究が生まれた背景
エイマスたちの研究の概要
エイマスたちの研究の影響
エイマスたちの研究への批判――別の解釈と知見
まとめ――研究はいかに思考を前進させたか、その後思考はいかに発展したか
14 子どもにおけるレジリエンス 訳:伊藤詩菜
ラターの名著とその後の発展
ラターの古典的レビューが生まれた背景
ラターのレビューの概要
ラターのレビューの影響
初期のレジリエンス研究への批判と長引く論争
まとめと今後の展望
訳者あとがき
人名索引
事項索引
装幀=新曜社デザイン室
前書きなど
発達心理学・再入門 訳者あとがき
本書は、Slater, A. M. & Quinn, P. C., (2012) Developmental Psychology Revisiting the Classic Studies, SAGE の全訳である。
編者の「はじめに」によれば、ここで取り上げられる古典的な研究は、「発達心理学のなかで誰もが知っているもの」である。しかし、正直に告白すれば、監訳者のひとりである私にとっては、本書を通してはじめて知る研究もあった。自分自身の視野の狭さに恥じ入るとともに、さらに心理学を学ぶ、学生・大学院生まで広げて考えたとき、この「誰もが知っている」という常識はどの程度あてはまるだろうか。
じっくり研究するよりも早く論文を書くことが求められる現状においては、学生・院生に限らず、現役の研究者まで、ますます他分野の、しかも古典にまで目を向ける余裕はもちにくくなっている。しかしその一方で、一見、関係ないと思われる他分野での理論や知見が、また最先端だけではなく、源流に戻って考えることが、思わぬ研究上のアイデアに繋がることもある。特に博士論文など大きなテーマに一区切りつけた後の新たなテーマ設定などに思わぬ回り道が意味をもつことがある。大きく変化する研究環境の中で広範なトピックをコンパクトに私たちに伝えてくれるものとして、本書がこれからの心理学教育に役立つのではないかと思い、訳出した次第である。
また本書は単なる古典の紹介ではない。それがどのように登場し、批判され、現在、どのように乗り越えられようとしているのか、またその過程で現象に対する私たちの認識がどのように広がったのかについても論じられている。研究することは、単に新しい知見を積み上げるだけではなく、私たちの認識を拡張することでもある。是非、読者には、本書を通して、古典的な研究がどのような認識を私たちに拓いたのか。さらにその批判を通して現在の研究がどのような新たな認識に拓こうとしているのかを追体験してもらえればと思う。加えて、それぞれの章は独立しているとはいえ、関連づけて読むことも可能である。たとえば第1章のハーロウの研究が、最終章のレジリエンスの研究と深く関連していること、第12章のバンデューラのモデリングの研究が、第2章のワトソンの行動主義の人間理解への挑戦を含んでいたことなど、各章を関連づけて読むことでさらに認識の拡張への理解を深めることもできるだろう。
また全体を通して読むことで、心理学史上ブレークスルーを生み出した研究の多くが、現在の視点で見たときに倫理的な問題を含む研究であったことも、現在の研究者が知っているべきことである。急いで付け加えるが、ブレークスルーのために倫理に反した研究が必要だということが言いたいわけではない。むしろ本書を通して知るべきことは、後にそれらの研究に出される批判や、引き続く研究から、そうしたブレークスルーを得るために、倫理に反しないもっと違う方法や研究の仕方もあり得たということである。当然のことながら現在は以前に比べ、研究倫理が厳しくなっており、それは時に研究者の目に制約として映るかもしれない。しかし、本書の論攷のいくつかは、そのことに決してネガティブなる必要はないこと、むしろ、それを乗り越えるプロセスがあることも示していると思われる。と同時に個人的には、倫理的な状況の変化に、心理学が研究対象とする人間や動物への向き合い方の変化や進歩を読み込むことができるのではないかと思う。本書はこのように心理学の社会史として読むことも可能であり、多様な読み方を許容する書物であると思う。読者諸賢におかれては個々人の読み方で楽しんでいただければ幸いである。
最後に新曜社の塩浦暲さんには、企画段階から校正まで多岐にわたり、丁寧かつ迅速な対応をいただいた。監訳者を代表してお礼申し上げる次第である。
監訳者を代表して