目次
モチベーション再考 目次
はじめに
1 動物心理学における動向
1・1 探索行動
1・2 動因としての探索
1・3 動機としての活動と操作
1・4 変化する「動因」のとらえ方
2 精神分析的自我心理学における動向
2・1 本能と自我に関するフロイトの理論
2・2 習熟(master)することの本能
2・3 自我に関するハルトマンの考え方
2・4 運動性(Motility)と勤勉性の感覚(Sense of Industry)
3 心理学全般において関連する動向
3・1 興奮と新奇性の欲求
3・2 環境への対処
3・3 ウッドワースの行動優先理論
4 満足している子どもの遊びとコンピテンス
5 エフェクタンス
6 コンピテンスの生物学的意義
7 要 旨
注
「モチベーション再考」再考―訳者あとがきに代えて
文 献
事項索引
人名索引
装幀=新曜社デザイン室
前書きなど
動物行動と精神分析的自我心理学ほどかけ離れた領域で似たような動向が見られるとするならば、それはおそらくものごとのとらえ方が大きく進化していることの現れだと考えてよいだろう。この2つの領域だけでなく、心理学全般を俯瞰すると、生理的動因に基づくモチベーション理論に対する不満が高まっている。不満を表明するのに使われる言葉や概念は違えど、背景にあるテーマは共通している―生理的動因が動物および人間の行動を生起させる唯一の力だと想定すると、重要な何かが欠落してしまうのだ。
不満が向けられている理論の代表は、ハルの動因低減説とフロイトの精神分析的本能論である。どちらの理論も現在では正統と認められているものであり、互いの類似度はおおむね高い。どちらの理論も明快さが魅力であり、広く議論されてきているので概要もよく知られている。反面、これらの理論に不満を向ける諸研究の立場は、真逆の状況に置かれている。これらの研究はおびただしい数あり、的を射た論考も数多いが、これまでのところ、それらすべてを明白に包括するような概念化がなされていない。おそらく、その概念化をすることは難しいことなのだろう。
本書では、動因に基づく理論で見落とされてしまっている重要な事象の一部を束ねるような概念化を試みる。その概念はコンピテンス(competence)と呼ぶことにする。これは日常に使われる狭義の用法というよりは、より広い生物学的な意味を包含する。本書においては、コンピテンスとは生物が環境と効果的に相互作用する能力を指す。学習する能力が限られているような生物においてこの能力は生得的な特性だと考えられるが、可塑性に富む神経系を持つほ乳類、特に人間のような生物では、環境と相互作用する能力は長期の継続的な学習を通して少しずつ獲得されるものである。このような学習につながる行動には指向性と持続性があり、そのことに鑑みると、コンピテンスは動機づけ的な側面があると想定することが必要だろう。本書の主たる論点は、コンピテンスの獲得を目指した動機づけは、「動因」や「本能」として概念化されている動機づけから派生していると考えることには無理がある、ということである。ヒトや高度なほ乳類が環境と相互作用するコンピテンスは成長とともに発達する。このようなコンピテンスは生まれた時点においては持ち合わせていないことが明らかだし、成熟を通して獲得するわけでもないことは確かである。この発達を説明するには、従来とは異なる動機づけ概念が必要である。そのような概念を使わずには、生物学的に頑健な人間性についての見方はできないとさえ思われる。
まず、心理学の複数の領域における関連の動向を検証する。このことを通して、本書で提唱している考えが、既に動物行動、児童発達、認知心理学、精神分析的自我心理学、さらには人格心理学の各分野の研究者によって述べられていることが明らかになるであろう。本書にオリジナリティがあるとするならば、それはパズルのピースを組み立てた点である。これらのピース自体は新しいものではないかも知れないが、それらは今、私たちの目の前のテーブルに広げられている。それらを改めて見つめ直すことで、理論の全体像の中でどのように組み合わせられるのか、より明確にすることができるだろう。