目次
序 章 芸術実践論の条件
社会
お金
歴史
倫理学
第1章 表現衝動と社会実践
歌うドイツ人
教養としての芸術
個人の道具化
近代社会での「社会との相互作用に基づく芸術」
構想される「新しいパブリック」
前衛芸術と社会的実践
都市の矛盾に応答するアート
「キッズ・オブ・サバイバル」
アートは「絆」や「つながり」のためにあるのではない
表現衝動の行き場
自己理想を読み取らせる
公共圏の倫理
不平等な公共圏
ヘゲモニーとしての国宝
闘争の回路としての検閲
社会的実践は「合意」によってつくられるのか
「ディセンサス」という想像力の刷新
「現れ(appearance)の空間」としての芸術
「倫理的な公共圏」としての同時代芸術
搾取される「市民」や「地域」
社会的実践が存続する条件
第2章 資本主義リアリズム
レクチャー・パフォーマンス
市場化と情報化
「わかる」を問うこと
間主観性と教育劇
時間を奪還せよ
あえて「前衛」を再インストールする
挑発(provocation)のゆくえ
アートが社会を搾取するとき
「これはパフォーマンスではない」
「批判的であること」に失敗すること
「関係」を伝えるということ
「戸惑い」や「混乱」の正体
プロトコルとしてのパーティー(communal celebration)
なぜ「お高くとまっている」のか
「敵対性」と「参加」
受容者実験というアートフォーム
リアリズムの背景
「分けること」の実践
倫理という帰納的推論
資本主義リアリズムとしての芸術実践
第3章 路上の倫理学
都市の祝祭性
顕示的な消費財としての芸術
「一瞬の裂け目」としての同時代
疎外論とユートピア主義が生んだ芸術運動
ユートピアは夢想家の妄想ではない
あらゆる専門家が職業化していく
「何を表現するのか」あるいは「何を表現しなければならないか」
風景という倫理
手続きの消費者
プロジェクトをめぐる哲学
コミットメントという衝動
メディア化する祝祭
道徳と倫理
侵犯の技芸
嫌悪の正体
「多くの人々」の暴力性
生け贄にされる表現
「一瞬の裂け目」をつくりだす
遊びをせんとや生まれけり
第4章 ポスト・アーカイヴ型アーキテクチャをめぐって
棚の論理というアーキテクチャ
個人アーカイヴ
主題アーカイヴ
機関アーカイヴ
コールド・ストレージの資本論
世界は洞窟でつくられる
世界のつくりかた
イザベラ・デステの明るい洞窟
壁面という支持体
アーカイヴ型アーキテクチャ
自然は機械によってつくられた
複製技術と記憶術
「アトム―ビット―人間」
知のパラダイムとしての情報
ビットウエアの超越性
第5章 歓待のゲーム
クレーマーおじさん
錯綜する「寛容と不寛容」
『カレーの市民』
善の構想
ロダンのメタ・モニュメント
平和祈念像
記憶に「正しさ」はあるのか
浦上燔祭説
そして「おじさん」が座っている
「おじさん」の彫刻は何を表象しているのか
「パラ」の政治学
台座が語る寛容
寛容の芸術史について
多様性について
社会を造形する
寛容を丸呑みする「お金」
芸術は拡張されたか
トリックスターとしての芸術家
「五歳のママ」
芸術ゲームの倫理的転回
侵入者の超越性
「ゾレン sollen」の芸術実践
あとがき