目次
はしがき………………………………………………………………………………………………………………
一、本書のねらい
二、アメリカ日系人強制排除・収容事件の特徴
三、本書の構成
四、用語について
A 連邦政府による戦時日系人対策関連用語
B 「転住所」の名称
C アメリカの連邦裁判所およびその関連用語
D その他
序 章 なぜリーガル・ヒストリーなのか─その三つの意義…………………………………………………
一、法と社会の相互作用
社会が法を作る
法が社会を作る
日系人強制排除・収容諸判決の歴史的文脈
二、法と歴史の親和性
判決文と歴史研究
「原意図」対「生きた憲法」論争
判例主義
三、判決分析に見るアメリカ史の長い文脈
第一四修正の不思議な経歴
法を媒介とした共通要素の認識
第1章 国家非常時における市民的自由とリベラリズム………………………………………………………
一、「強い国家」の必要性
二、市民を守る安全装置
権利章典
「適正手続き」と「平等保護」
人身保護令状
安全装置の効き目
三、最初の試練――外国人治安維持諸法
四、南北戦争と日米戦争──戦時における市民的自由
リンカン大統領の超法規的行動
レンクィスト元最高裁首席判事の連邦政府強権擁護
大統領権限を極大化する議会の承認
戦時における法の沈黙
五、歴史的背景としてのリベラリズム
古典的リベラリズム
リベラリズムの変貌
高度福祉リベラリズムと強大な政府
第2章 アメリカ本土・ハワイの日本人対策……………………………………………………………………
一、研究史
二、アメリカ政府による日本人対策
A 連邦政府の敵性外国人逮捕・抑留計画
概観
逮捕
審問・抑留
B ハワイにおける日本人逮捕・抑留計画
拘引
審問
抑留
ハワイ日系人抑留者の人の流れ
三、ハワイの軍政
軍政樹立
司法と行政の衝突――メッツガー裁判官対リチャードソン将軍
軍政における日系人要因
「脅威でもあり、必要でもある」存在
ダンカン判決に現れた日系人への猜疑心
第3章 ラテンアメリカ諸国日系人拉致・抑留計画……………………………………………………………
一、極めて低い認知度
看過されてきたペルー日系人拉致・抑留事件
貧弱な研究史
二、拉致・抑留計画
パールハーバー以前のペルー日系社会
日本人拉致・抑留計画――パナマ・モデル
ペルー政府の協力
外交官エマソン
人質交換
ペルー政府の思惑
三、拉致・抑留の実態
第五次追放者の特徴
逮捕・拘引
アメリカへの拉致
拉致被害者の戦後
四、「不法」入国と送還問題
五、リドレス(補償)
バーンスタイン委員会の補償勧告 155
補償から漏れた人々 156
ラテンアメリカ諸国日系人の補償問題のその後 161
第4章 日系人強制排除・収容計画………………………………………………………………………………
一、史上空前の大規模国家政策
二、連邦政府の日系人管理政策
リベラル政権による強制排除計画
戦時転住局の日系アメリカ人選別・隔離・拡散政策
マイヤー戦時転住局長の見解
三、日系社会の対応
第二次世界大戦前
日米開戦前後
強制排除後
日系社会の抵抗
四、市民権放棄と徴兵忌避
市民権とアメリカ法
市民権の重要性
戦時強制排除・収容事件と二世の市民権
市民権放棄という戦術
徴兵忌避
第5章 アメリカ日系人排除・収容政策の終らせ方──選別、拡散、無害化………………………………
一、転住所からの出所の波
第一波~第三波――就学、季節労働、高技能労働
第四波――混乱と軋轢
第五波と第六波――転住所閉鎖と強制出所
出所政策がもたらしたもの
二、再定住という体験──シーブルック・ファームズの事例
国家による労働管理
中西部・東部への出所
シーブルック・ファームズ社
シーブルック・ファームズ就労者
A 日系アメリカ人
B ペルー日系人
C 市民権放棄者
D 敵性外国人
シーブルック・ファームズの歴史的意義
第6章 連邦政府三権の関与………………………………………………………………………………………
一、行政府・立法府・司法府の法
二、行政府・立法府の法制的関与
行政府の関与
立法府の関与
三、司法府関与の歴史的背景
最弱の府から世界最強の司法へ
最高裁の転換――市民的権利重視へ
ローズベルトの法廷革命
愛国心を刺激された最高裁判事たち
四、戦時強制排除正当化の論理
戦時転住局の合法・合憲論
「賢明ならずとも合憲」という理屈
「戒厳令が防いだハワイでの集団強制排除」という理屈
「ジャップ」だけは特別という理屈
そして、いい「ジャップ」はいなくなった
第7章 日系人強制排除・収容諸判決……………………………………………………………………………
一、リベラル思潮と国家権力発動への翼賛
二、破壊工作員事件
破壊工作員上陸
法廷の排除
司法府と行政府のあいまいな境界線
最高裁への上訴
最高裁判事によるキリン事件審議
キリン事件判決――司法審査の棚上げ
三、ヤスイ対合衆国事件
四、ヒラバヤシ対合衆国事件
最高裁までの道のり
最初のスキャンダル――司法省の証拠隠蔽
再びスキャンダル――陸軍省の証拠改竄・隠滅
ヒラバヤシ判決
反対意見並みの同意意見
五、コレマツ対合衆国事件
最高裁までの道のり
またもやスキャンダル――陸軍省に配慮した司法省による証拠隠匿
コレマツ判決
崩れた全員一致
六、エンドウ事件
ミツエ・エンドウ
コレマツ事件と対を成す事件
エンドウ判決
エンドウ判決の歴史的教訓
最後のスキャンダル――判決の公表を遅らせた最高裁
第8章 日系人強制排除・収容諸判決のその後――ヒラバヤシ・コレマツ判決の長い影…………………
一、エンドウ判決後の監禁
二、強制排除・収容諸判決の直後の評価
三、コレマツ判決の復権
外国人土地法
非共産党員宣誓供述書
人種隔離教育とアファーマティブ・アクション
カラー・ブラインド原則とコレマツ判決
四、リドレス(補償)
『否定された個人の正義』
リドレス成功の要因
忠誠心と愛国心という要因
連邦政府の謝罪と議会の立法措置
五、コーラム・ノビス訴訟
証拠発見
ゴールドバーグ元最高裁判事の批判
大統領恩赦提案
コーラム・ノビス請願の五つの論点
コーラム・ノビス訴訟判決
司法府の責任――「不利益」問題
司法府の責任――ヒラバヤシ・コレマツ判決再訪
第9章 リーガル・ヒストリーの文脈――法と歴史が交わるところ…………………………………………
一、「法の支配」
憲法擁護義務の不履行
「法の支配」と人種
「法の支配」と移民
「法の支配」とエイリアン
二、人種隔離合憲時代──「好ましからざる」者の排除
人種隔離時代
人種隔離という歴史的背景
隔離された日系社会
アメリカ史の中の日系人戦時強制排除・収容
おわりに………………………………………………………………………………………………………………
注釈つき判例索引……………………………………………………………………………………………………
註………………………………………………………………………………………………………………………
事項索引………………………………………………………………………………………………………………
人名索引………………………………………………………………………………………………………………
前書きなど
本書の狙いは、日系アメリカ人史の最大・最悪の事件である戦時強制排除・収容事件をリーガル・ヒストリー(法制史)の観点で捉え、アメリカという国家と社会の基本的性格とその問題点を描くことである。序章で詳述するようにアメリカは契約により成立した国家である。その契約の中心的存在である憲法はコンパクトであるが、ごくわずかの修正を除いてはそのままで活用され二二〇年余の長い歴史に対応してきた。時代の変化への対応は主として連邦最高裁による憲法の解釈を通じてである。伊藤正巳によると、「アメリカでは、憲法とは裁判官がこれが憲法であるというものにほかならないというヒューズの言葉でも知られるように、判例憲法こそが憲法の実質を形成している」。したがって、合衆国憲法が保障した権利を大規模に侵害した日系人戦時強制排除・収容事件の分析にはリーガル・ヒストリーの手法と判例分析が欠かせない。
移民研究会編『日本の移民研究』によると、日本では一九四〇年代から、日本人による強制収容体験記がいくつか出ているし、また一九六〇年代半ばから一九八〇年代にかけて強制収容原因論と収容政策責任論に関する研究が活発になった。また、同書下巻は、第4章に「戦時収容、再定住、リドレス」という項目を設け、一九九二年から二〇〇五年までの戦時強制収容の研究動向を紹介し、「いままでの研究蓄積に加え、一次資料を豊富に使い、緻密でより深い研究がなされている」と評価している。具体的には、「かつては強制立ち退きの原因論と政策論が強制収容に関する研究の中心テーマであったが、リドレス運動の達成後、徴兵忌避や市民権放棄者など声をあげられずにいた日系人たちに対する研究者の関心が高まった」と、最近の研究動向を表現した。
しかしこの研究動向の記述は、本書がめざすリーガル・ヒストリーの視点にまったく触れていない。この時期にリーガル・ヒストリーの視点からの研究がないわけではなく、ごくわずかの歴史家が合衆国憲法とアメリカ法の視点から何点か書いている。また、私の論考はこの下巻の「文献目録」に一九点挙げられており、そのうちの少なくとも六点は法制史の視点を強く意識して書いている。日本ではリーガル・ヒストリーの視点はそれほど強く意識されて来なかったのである。
一方、アメリカでの研究においては、リーガル・ヒストリーはアメリカ史の重要かつ強力なサブフィールドであり、名著、良書は枚挙にいとまがないし、またアメリカの有力な法科大学院が出しているロー・ジャーナルには毎年膨大な数の論文が発表されている。その中には日系人戦時強制収容を扱ったものも少なくない。しかし、これらアメリカのリーガル・ヒストリー研究はごく少数の例外を除いて余りに専門的で、法技術論に偏りがちで、極端に詳細な長文の注が多く、一言でいうと理解しづらい。また、英語も構文が複雑なうえに難解な専門用語が多く、読みやすいものは少ない。
日本の研究におけるリーガル・ヒストリーへの意識のうすさを多少とも補い、またアメリカの研究における読みづらさを多少とも克服して、日系人戦時強制収容の重要なリーガル・ヒストリーの側面を論じたい。もって、アメリカ日系人戦時強制排除・収容の本質をアメリカ史の文脈において論じる。