紹介
カントの法哲学は「批判的」か。
カントの最晩年の著作である『法論』、すなわち『法論の形而上学的基礎論』は、従来カント哲学研究によって『純粋理性批判』や『実践理性批判』において樹立された超越論的哲学ないし批判哲学とは矛盾するもの、またカントの老衰の作であると否定的に評価されていた。
しかし、果してそれは真に正しい評価なのか?
最新のドイツ・カント哲学研究を精査し無窮の問いに挑む。カントの『法論』、法哲学の現代的意義を解明する大作が遂に刊行。
本書での課題はカントの批判的法哲学の解明である。
カント法哲学は、その体系的位置づけに関して言えば、従来カント哲学研究によって『純粋理性批判』や『実践理性批判』において樹立された超越論的哲学ないし批判哲学とは矛盾するものであると否定的に評価され、また、注目される機会もきわめて少なかった。カント法哲学は批判哲学体系の中で周辺的な役割しか与えられなかったのである。
しかし、その評価は正当なものであろうか。
新カント学派によって構想された批判的法哲学ないし純粋法学ではなく、カント自身の「批判的法哲学」を解明しその現代的意義を構築するとともに、その復権を試みる。
過去のものとなったとされる新カント学派の法哲学の欠陥およびその積極的意義をあらためて問い直し、今日の法哲学研究に対する示唆を提示する大作。
目次
はしがき
序 論
はじめに
一 カント法哲学研究の現状
1 生成論的方向性
2 体系内在的方向性
3 道徳哲学と法哲学との関連をめぐる方向性
二 カント法哲学研究の3つの方向性
三 カント法哲学の批判哲学における体系的位置
第一部 カント法哲学の継受史、影響史、解釈史
および批判哲学における法論の体系的位置づけ
Ⅰ 新カント学派の解釈
はじめに
一 新カント学派における法論の方法的規定
二 法実践と社会主義の倫理的基礎づけ
三 J・エビングハウスによる新カント学派法哲学に対する批判
四 新カント学派の研究およびその批判の成果
Ⅱ Chr・リッターの所論
はじめに
一 リッターの研究の目的
1 『人倫の形而上学』および法哲学上のカント解釈
2 「カント」に戻って法哲学上の検討をすることに対する初期資
料の意義
二 方法上の前置き
三 カント法哲学の源泉および発展に関する文献
四 リッターの所論の総括
1 連続性説(批判的法哲学の否定)
2 伝統的自然法論および同時代の自然法論の継受(合理主義と経
験主義の非克服)
3 伝統的自然法論の合理的貫徹(法哲学における超越論的理性批
判の否定)
4 人間性の権利(人間性の権利の非体系化)
5 法原理と道徳原理との関係(法原理の道徳原理に対する優位
性)
6 ルソーの著作の影響(カントの法思想に対するルソーの格別
な意義)
7 伝統的自然法論の独断主義(伝統的自然法論の独断主義への
傾倒)
8 初期資料におけるカントの法思想と『人倫の形而上学』との
対比(カントの初期法思想の豊かさ、柔軟性、強烈さおよび開放
性)
9 哲学的法教育学(準備草稿および講義筆記録による法哲学教育
者カントの実像)
五 R・ブラントの反論に対するリッターの再反論
六 W・ケアスティングの反論
Ⅲ R・ブラントの所論
はじめに
一 暫定的占有と決定的占有との区別
二 知性(intelligibilia)と感性(sensibilia)との区別
三 実践哲学の体系性に対するカテゴリー表の重要性
四 労働所有権論と最初の先占(prima occupatio)理論(根源的共
同占有および実践理性の法的要請(許容法則)による体系的統一)
五 レフレクシオーンの日付確定の問題
六 ブラント説に対するChr・リッターの反論
Ⅳ W・ブッシュの所論
はじめに
一 カントの「批判的」法哲学は存在するのか
1 カント思想の2つの特色
2 Chr・リッターの三重の否定的テーゼ
3 リッターの3つの研究方法
4 リッターの問題設定に対する研究方法の適切性(「伝統」の二
重の使用法)
5 最上の体系的立脚点の確定
6 自由能力のある存在者の共生のための法的諸条件
二 ブッシュの研究についての考察
Ⅴ K・H・イルティングの所論
はじめに
一 「批判的」ということばの3つの定義
二 法論の非批判的性格についてのテーゼ
三 H・オーバラーの反論
Ⅵ H・オーバラーの所論
はじめに
一 K・H・イルティングによるW・ブッシュ批判およびJ・シュ
ムッカーの功績
二 「批判的」の定義およびその検討
1 イルティングによる「批判的」の3つの定義
2 3つの定義についてのオーバラーによる批判的検討
3 『法論』の発展史的研究の限界
三 オーバラーによる「批判的」の6つの定義およびその検討
1 科学主義的意味
2 現象論的意味
3 『純粋理性批判』における超越論的演繹および諸原則の分析に
比較されうる研究による理論という意味
4 著作に表示された名称という意味
5 独断的形而上学に対する批判という意味
6 批判的自由概念に基づいているという意味
四 批判の体系的関連
五 批判的実践哲学とは何か
Ⅶ M・ゼンガーの所論
はじめに
一 純粋理性の建築術
1 形而上学的基礎論の必要性
2 Chr・リッター説に対する反論
二 法論の批判的性格としてのア・プリオリ性、体系性および完全性
三 カテゴリー上の体系性についての問題点
Ⅷ F・カウルバッハの所論
はじめに
一 カウルバッハの法論解釈の独自性
二 コペルニクス的転回の解釈
三 超越論的演繹の法哲学的ヴァージョン
Ⅸ W・ケアスティングの所論
はじめに
一 法論の批判的・超越論的性格をめぐる解釈論争
1 Chr・リッターの研究の問題点
2 W・ブッシュの研究の問題点
3 G・ショルツの研究の問題点
二 カントの占有・所有権論
1 R・ザーゲの研究の問題点
2 G・ルフの研究の問題点
3 S・M・シェルの研究の問題点
三 カントの自然状態論
四 W・ケアスティングの所論の評価
1 法の基礎づけ
2 私法論
3 国家法論
Ⅹ M・ブロッカーの所論
はじめに
一 ブロッカーの研究についての総体的考察
1 『法論』の超越論的・批判的性格の解明
2 『人倫の形而上学』の純粋理性の建築術への組み入れ
3 「全批判的業務」の重要性
4 「占有論」の超越論的哲学における位置づけ
5 R・ザーゲに対する反論
6 W・ケアスティングに対する反論
7 M・ブロッカーの法論解釈の独自性
二 ブロッカーの研究目的
三 『法論』の継受史および研究状況
1 個別的継受史
2 「批判的」法哲学は存在するのか
3 リッターテーゼに対する3つの戦略
⑴ 形式的戦略/ ⑵ 実質的戦略/ ⑶ 体系的戦略
4 R・ブラントの批判
⑴ 決定的(peremtorisch)占有と暫定的(provisorisch)占
有との区別 / ⑵ 実践理性の許容法則(lex
permissiva)/ ⑶ 知性(intelligibila)と感性(sensibilia)
との区別/⑷ 労働所有権論と最初の先占(prima occupatio)
理論
5 W・ブッシュの批判
6 F・カウルバッハの批判
7 M・ゼンガーの批判
四 ブロッカーの研究方法および立場
Ⅺ G・W・キュスタースの所論
はじめに
一 カント法哲学の研究状況
二 カント法論の研究上の問題点
1 『法論』の体系性格
2 『法論』のテクスト形態
三 『法論』の継受
四 カント法哲学の批判的性格をめぐる論争
五 カント法哲学研究の残された課題
Ⅻ P・ウンルーの所論
はじめに
一 『法論』と批判哲学との整合性
1 老衰説
2 不整合性説
3 整合性説
4 不整合性説と整合性説との調停
二 整合性論争の成果
第二部 カント法哲学の超越論的・批判的性格
第一章 カント法哲学の批判的・超越論的性格―その解釈論争をめぐって
Ⅰ はじめに―問題提起
Ⅱ カント法哲学の批判的・超越論的性格をめぐる我が国での近年の研
究状況
1 懐疑説(過度のパラレリズム説)
2 肯定説
3 一部肯定説(三「序論」肯定説)
4 否定説(『純粋理性批判』偏重説)
Ⅲ 継受史および研究状況
1 『法論』に対するA・ショーペンハウアーの批判
2 個別的継受史および研究状況
Ⅳ 「批判的」法哲学は存在するのか
1 『法論』と批判哲学との整合性
2 不整合性説
3 整合性説
4 不整合性説と整合性説との調停
5 整合性論争の成果
Ⅴ むすびにかえて
第二章 F・カウルバッハの所論を中心として
Ⅰ 『法論』の解釈の系譜および現在の解釈論争
Ⅱ カント法哲学の超越論的性格
Ⅲ むすびにかえて
第三章 K・H・イルティングの所論を中心として
Ⅰ はじめに
Ⅱ K・H・イルティングの所論
1 「批判的」(kritisch)という術語の定義およびW・ブッシュ
のテーゼ
2 ブッシュが依拠している『覚書き』およびレフレクシオーンの
分析
⑴ 自然主義的自由の概念(naturalistischer
Freiheitsbegriff)/
⑵ 批判的自由の概念(kritischer Freiheitsbegriff)
3 自然主義的自由の概念ならびに批判的自由の概念についての
ブッシュの解釈、およびイルティングによるその批判
4 カントの倫理学ならびに法哲学の非批判的(unkritisch)性格
Ⅲ むすびにかえて―イルティングの所論の問題点
第四章 H・オーバラーの所論を中心として
Ⅰ はじめに―カント法哲学における超越論的哲学(超越論的方法)の
放棄および伝統的自然法論の独断主義への逆戻り
Ⅱ 方法論的新カント主義および法実証主義のカント観・カント批判の
影響
Ⅲ Chr・リッターの所論の総括
1 法哲学における超越論的方法ないし批判的方法の不貫徹
⑴ 連続性説(批判的法哲学の否定)/ ⑵ 伝統的自然法論お
よび同時代の自然法論の継受(合理主義と経験主義の非克服)/
⑶ 伝統的自然法論の合理的貫徹(法哲学における超越論的理性
批判の否定)/ ⑷ 人間性の権利(人間性の権利の非体系
化)/ ⑸ 法原理と道徳原理(法原理の道徳原理に対する優位
性)
2 伝統的自然法論の独断主義への傾倒
⑴ ルソーの著作の影響(カントの法思想に対するルソーの格別
な意義)/ ⑵ 伝統的自然法論の独断主義(伝統的自然法論の
独断主義への傾倒)
3 初期資料におけるカント法思想の特色
⑴ 初期資料におけるカント法思想と『人倫の形而上学』との対
比(カントの初期法思想の豊かさ、柔軟性、強烈さおよび開放
性)/⑵ 哲学的法教育学(準備草稿および講義筆記録による法
哲学教育者カントの実像)
Ⅳ カントの批判主義と法論との相互依存性
Ⅴ 法論の解釈における積極的自由概念の意義
Ⅵ 伝統的自然法論と同時代の自然法論との連続性におけるカント法論
の直線的発展
Ⅶ 新カント学派および法実証主義のカント哲学解釈
Ⅷ 『純粋理性批判』における超越論的観念論と法哲学との相互依存性
Ⅸ 理論的批判主義と実践的批判主義における超越論的観念論
Ⅹ 体系統一という意味における相互依存性
Ⅺ カントの法思想と理論哲学・実践哲学との発展史的関連
Ⅻ 『法論』の批判的性格をめぐる議論について―Chr・リッターの2
つのテーゼ
1 第一のテーゼ―同時代の自然法論の継受
2 第二のテーゼ―『法論』の非批判的性格
ⅩⅢ W・ブッシュによるリッター批判の検討
1 ブッシュの所論の概要
⑴ カントの批判的法哲学は存在するのか/ ⑵ 自由能力のある
存在者の共生のための法的諸条件
2 カント法論の発展段階
⑴ カント法論の第一の発展段階(1 7 6 2 – 1 7 6 5年)―
Chr・ヴォルフの拘束性概念とT・ホッブズの拘束性観念/
⑵ カント法論の第二の発展段階(1 7 6 6 – 1 7 6 8年)―法の
不可欠の条件としての権限のある裁判官/ ⑶ カント法論の第
三の発展段階(1 7 6 9 –1 7 7 1年)―普遍的法秩序および悟性認
識/ ⑷ カント法論の第四の発展段階(1 7 7 2年以降)―批判
的法哲学の根拠としての批判的自由概念
ⅩⅣ K・H・イルティングによるブッシュ批判およびJ・シュムッカ
ーの功績
ⅩⅤ 「批判的」の定義およびその検討
1 イルティングによる「批判的」の3つの定義
2 3つの定義についてのH・オーバラーによる批判的検討
3 『法論』の発展史的研究の限界
ⅩⅥ H・オーバラーによる「批判的」の6つの定義およびその検討
1 科学主義的意味
2 現象論的意味
3 『純粋理性批判』における超越論的演繹および諸原則の分析に
比較されうる研究による理論という意味
4 著作に表示された名称という意味
5 独断的形而上学に対する批判という意味
6 批判的自由概念に基づいているという意味
7 批判の体系的関連
ⅩⅦ おわりに―批判的実践哲学とは何か
第五章 W・ケアスティングの所論を中心として
Ⅰ はじめに
Ⅱ 所有権論の超越論的性格
1 ケアスティングの所論の概要
2 感性的占有と可想的占有
3 占有実在論と占有観念論
4 実践理性の法的要請と実践理性の許容法則
5 ア・プリオリな総合的法命題と法の理性概念の適用理論
6 可想的占有の図式としての物理的占有
7 ア・プリオリに結合した意思・配分的意思
8 共同占有
Ⅲ むすびにかえて
第六章 所有権論の超越論哲学的基礎づけ
Ⅰ はじめに
Ⅱ カントの所有権論に対するA・ショーペンハウアーの批判の検討
1 カントの先占理論
2 ショーペンハウアーの批判の検討
Ⅲ J・ロックの労働所有権論との対比
1 占有制限理論
2 労働所有権論の法哲学的核心
Ⅳ H・グロティウスおよびS・プーフェンドルフによる契約主義的
所有権論
―カントおよびロックとの対比
Ⅴ むすびにかえて
あとがき
初出一覧
人名略称一覧