目次
プロローグ ファッションがメディアを創る 山口惠里子
第1章 《ブルー・ボーイ》とは何者か
──トマス・ゲインズバラの「ファンシー・ポートレート」 小野寺玲子
第2章 名づけ子の肖像
──写真家ジュリア・マーガレット・キャメロンの試み 加藤明子
第3章 ジョージ・バクスターとバクステロタイプ
──一八五〇年代イギリスにおける複製版画と複製写真 大森弦史
第4章 「ギル・サン」──石彫り職人が刻んだ機械印刷のための活字 菅靖子
第5章 ドレーパリーの向こう側
──アルバート・ムーア《夢みる女たち》へ 山口惠里子
エピローグ メディアがファッションを映す──あとがきにかえて 小野寺玲子
註
人名索引
前書きなど
【解説/プロローグ】
この時期、ヨーロッパでは、ファッションとメディアの支持体が貴族ら上流階級から市民階級へと移行した。市民階級は、……公共領域を……をコミュニケーション網とマス・メディアによって形成される場とした。メディアはファッショナブルな身体を公共空間にあふれさせた。肖像画が媒介して伝える人物のイメージはその絵に宿ったが、一八世紀後半に登場したファッション・プレートや一九世紀の雑誌や手引書はイメージの模倣を求めた。複製のメディアとして技術を競ってきた版画が写真にその役目を譲ると、ファッショナブルな身体の複製が増殖し、鉄道の駅の壁などはイメージの消費を狙う広告で埋めつくされた。二〇世紀初め、醜悪な都市の「表面」を張り替えるかのように、イギリスの公共機関は、デザインされた活字やポスターを採用した。モダニズムのデザインが公共空間を、ひいては人びとの身体イメージを刷新した。「私」とは誰かという問題を残して。……一九世紀の画家アルバート・ムーアが描いた古代ギリシア風のドレーパリーを身にまとう女性像を追跡する。ドレーパリーを第二の皮膚とした女たちの身体の形は揺れ動いて、ドレーパリーの向こう側へと私たちを誘う。「公的なもの」を装ったファッションとメディアは、こうして「皮膚」の下まで入りこむ。一九世紀末、その「皮膚」は内外の境界としてではなく、内外を透過させるものとしてとらえられたという。脆弱な身体からは身体そのもののカリスマ性や神話性も剥ぎとられ、身体は単なる裸体になったが、それゆえに「私」のイメージを刻み、あるいは消し、あるいは新しくするメディアにもなった。その身体を着替えるように、ファッションは「私」のイメージをさまざまに表現した。そうしていくつもの「私」が生まれた。いま私たちも、時に騒々しく、時にひっそりと、自己のイメージをメディアに滲ませる。目が覚めて今日の服を選びとるように、これから語られることを読み進めていただきたい。