目次
序章 ホームレスの対抗的公共圏の可能性を探るために
1 本書の目的
2 本書の分析視角
2.1 構築される「ホームレス問題」
2.2 ホームレス研究の変遷
2.3 なぜ今、社会の意識の変容に焦点を移すのか
2.4 対抗的公共圏をめぐる論点
3 調査方法
4 本書の構成
第Ⅰ部 ホームレスの人々をめぐる状況の変遷
第1章 福祉国家の変容とEU、米国、日本のホームレス施策
1 福祉国家の変容
2 EUにおけるホームレスの実態と福祉・ホームレス施策の特徴
2.1 EUのホームレスの実態
2.2 EUの福祉・ホームレス施策の特徴
3 米国におけるホームレスの実態と福祉・ホームレス施策の特徴
3.1 米国のホームレスの実態
3.2 米国の福祉・ホームレス施策の特徴
4 日本におけるホームレスの実態と福祉・ホームレス施策の特徴
4.1 日本のホームレスの実態
4.2 日本の福祉・ホームレス施策の特徴
5 まとめ
第2章 新聞におけるホームレス表象の変遷
1 ホームレス記事数の変遷
2 記事の分析
2.1〈ハードな他者化〉――Ⅰ期
2.2〈ソフトな他者化〉――Ⅱ期
2.3〈不可視化〉――Ⅲ期
3 考察と結論
第Ⅱ部 ストリート・ペーパーの言説分析
第3章 ストリート・ペーパーとは
1 ストリート・ペーパーの誕生と展開
2 ストリート・ペーパーの販売者とは誰か
2.1 多様な世界の販売者のプロフィール
2.2 「降格する貧困」の時代の包摂策の事例
2.3 日本の販売者の変遷
3 ストリート・ペーパーをめぐる先行研究と本書の視角
第4章 〈他者化〉からの脱却――国内のライフストーリーと読者投稿欄に着目して
1 本章の目的
2 調査概要
3 『ビッグイシュー日本版』「販売者に会いにゆく」誌面分析
3.1 時代区分と分析方法
3.2 「構造/コンテキスト」の語り口――Ⅰ期
3.3 「エージェンシー/抵抗」の語り口――Ⅱ期
3.4 「ボイス/アクション」の語り口――Ⅲ期
4 『ビッグイシュー日本版』「読者投稿欄」誌面分析
4.1 読者プロフィールと分析方法
4.2 ホームレス観の変容――Ⅰ期
4.3 立場の相互転換と仲間化――Ⅱ期
4.4 社会問題化――Ⅲ期
5 ストリート・ペーパー発信者の意図
6 考察と結論
第5章 「降格する貧困」の時代の対抗的な自立観――欧米の販売者のライフストーリーに着目して
1 本章の目的
2 調査概要
2.1 海外の販売者のライフストーリーができあがる過程
2.2 基本データ
3 海外の販売者のライフストーリー分析
3.1 「なぜホームレス状態に陥ったのか」――描かれる構造と、生き延びようと働く個人
3.2 「現状」と「お客さんとのやり取り」
3.3 「将来の展望」――時間をかけて、支える存在へ
4 分析と結論
第Ⅲ部 ストリート・ペーパーの日常的実践分析
第6章 〈他者〉との出会いは対抗的公共圏に何をもたらすのか
1 危機に瀕する公共空間
1.1 問題の所在
1.2 『ビッグイシュー日本版』はどのように販売されているのか
2 調査概要
3 データの分析
3.1 場所の意味の変容
3.2 ホームレス観と購入するきっかけ
3.3 イメージの変容と傷つきやすさへの気づき
3.4 感情への応答
4 考察と結論
第7章 包摂策変容の可能性
1 問題の所在
2 組織のあり方の変遷
2.1 ある販売者の「卒業」
2.2 包摂策の変容
3 関係者の意識の変遷
4 考察と結論
第8章 「ともに楽しむ」という対抗性
1 問題の所在
2 先行研究の検討
3 雑誌売買を超えた交流
4 HWCとダイバーシティカップ
4.1 概要
4.2 自立へ至る道としてのフットサル
5 「販売者が楽しそうでよかった」
6 応援し合う文化
7 考察と結論
第9章 応答し合う関係性から始まる新しい社会構想とは?
1 問題の所在
2 呼びかけと応答
2.1 傷つきやすさへの応答
2.2 呼びかけと応答の実践
3 「理由がない」こと、自分も存在として受け入れられること
4 社会への信頼の取り戻し
5 考察と結論
5.1 自己責任を回避する「傷つきやすさを避けるモデル」
5.2 創発的連帯
終章 〈他者〉と出会い、構想する新たな社会
1 得られた知見の振り返り
2 考察と結論
2.1 ホームレスの人々と市民との出会いの意味
2.2 近代的主体を超えて
2.3 〈他者〉との出会いの先にある新たな社会構想
あとがき
初出一覧
参考文献
コラム
トランスナショナルな貧困運動は可能か
ホームレス研究におけるアクション・リサーチの可能性
家族機能の社会化を考える
前書きなど
序章 ホームレスの対抗的公共圏の可能性を探るために
1 本書の目的
後期近代に入り、近代を支えてきた「仕事」「家族」における大きな物語が世界的に終焉を迎えつつある。それとともに、男性稼ぎ主モデルの家族を前提とした、国家による完全雇用政策と社会保障政策の組み合わせを通じて成立していた福祉国家も揺らぎ始めている。非正規雇用を中心とした不完全雇用と共稼ぎモデルの家族を前提とした、個々人の所得の喪失とケアの危機という「新しい社会的リスク」に対応しようと、社会的投資戦略などの議論も欧州を中心に東アジアなどでも進む(濵田・金 2018)が、途上である。
そのような過渡期において、「新しい社会的リスク」に直面し、不安定な生を経験する人々の数が急増している。Anne Allison(2013:6)によると、不安定な生の状態を指す「プレカリティ(precarity)」が世界的に時代をあらわす言葉として受け入れられているという。元々は雇用不安を指す言葉であった(Kalleberg 2009)が、Judith Butler(2015=2018)は、ある種の人々が他の人々よりも「社会的、経済的な支援のネットワークから脱落して苦境に陥り、差別的な仕方で侵害、暴力、そして死に曝されるような、政治的に誘発された条件」としてより広い概念として捉えている。そして、現代社会においては「プレカリティ」が不平等に配分されていることを問題視している(Butler 2015=2018)。
現代社会において、最も不安定な生の状態に置かれているのがホームレスと呼ばれる人々である。日本において「ホームレス」とは2002年に成立した「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(以下、特措法)」で「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」(第2条)とされており、いわゆる野宿者を指す。一方で先行研究においては、ホームレス状態に陥る人々が、かつてのような寄せ場労働者を主とした野宿者だけではなく、若者、ひとり親家庭、移民など「多様化・非顕在化」(堤2010)していることが指摘されている。そして、従来の寄せ場のように特定の地区に集中して存在するのではなく、空間的に分散していること(北川2019)や、ネットカフェなどの商業施設のみではなく知人宅に泊まっていたり(後藤2018)、車中で暮らしていたりするため、公の統計には現れない「隠れたホームレス」が増えていることも指摘されている(OECD 2020)。そこで、本書では公園、路上などで野宿する人々を「野宿者」と呼び、野宿ではないものの安定した住環境を持たない人々を「広義のホームレス状態にある人々」と呼ぶことにする。また、両者を合わせて「ホームレス状態にある人々」「ホームレスの人々」と呼ぶ。
日本においてホームレス状態にある人々が多様化してきている背景には、冒頭で述べたような「仕事」「家族」をめぐる状況が劇的に変化していることが挙げられる。例えば1990年に881万人だった非正規雇用者数は、2021年に2064万人と2倍以上となり(厚生労働省 2021)、また50歳時未婚率を見ると、1990年には男性の5.6%、女性の4.3%だったのが、2020年には男性の25.7%、女性の16.4%となっている(総務省統計局 2020)。
落合恵美子(2019)が「縮んだ戦後体制」と呼んだように、従来型のシステムが構造を変えないまま縮んで小さくなり、そのシステムには入れない人々が「安定した雇用」「安定した家族」の外側に取り残されてあふれている。つまり、包摂する側の社会ももはや安定的なものではなくなり、大きなリスクを抱えたものになっているのである。仁平典宏(2013)が指摘したように、標準と例外の二重基準によってつくられた安定の仕組みは、1990年代以降の経済のグローバル化と脱工業化の中で揺らいでおり、〈例外〉が「標準」になっている。
このように、ホームレスの人々の多様化・非顕在化は、既存の社会構造の変容や制度の疲弊と密接な関わりがあるのだが、そのようなマクロな視点が考慮されず、「個人的苦境」として捉えられてしまう可能性はいまだに存在している。ホームレス状態にまで陥るような不安定な生は、Butler(2015=2018)が指摘するような「プレカリティ」の不平等な配分に端を発しているのだが、それはいかにして「彼らの問題」ではなく「私たちの問題」となりうるのだろうか。そのためには「彼ら」と「私たち」の間に何らかのかたちでつながりが築かれる必要があるが、それはいかにして可能なのだろうか。
よく知られているように、福祉国家は見知らぬ他者(Ignatieff 1984=1999)の間に制度によって相互支援を成り立たせてきた。だがそのような想像上の連帯は危機に瀕しており、世界的に格差が広がる中、その格差の要因は「公正な競争」の結果敗れた個人にあるという自己責任論も根強く残っている。福祉国家という制度が疲弊し、想像上の連帯が脆弱なものになる中で、新たなつながりの可能性を探る意義は増している。
そこで本書は、ホームレス状態にある貧困者と非貧困者がともに集い活動するストリート・ペーパーをフィールドに、いかに立場の異なる者たちがその違いをこえて活動しうるのかを調査することで、いかにして「彼ら」と「私たち」の間を架橋するようなつながりが築かれ、そのつながりが新たな社会構想へと通じうるのかを考察することを目的としている。
第3章にて詳述するが、ストリート・ペーパーはホームレス状態にある人々に雑誌販売の仕事を提供し、それによって人とのつながりを取り戻すことを目的に1989年にニューヨークの路上で誕生した。同様の仕組みの雑誌や新聞は1990年代には欧州で、2000年代には日本を含む東アジアでも創刊された。現在は世界約35ヶ国の街角で100誌・紙程度販売されており、誌面においては固定化されたホームレス表象に対抗するようなメッセージを発信し、独自の互助のシステムを構築しつつある。
その中でも本書の主な研究対象は日本のストリート・ペーパーの発行・販売を担う「ビッグイシュー日本」である。「ビッグイシュー日本」は特措法が施行された翌2003年に大阪で設立され、2023年3月までで451号969万冊の雑誌を制作・販売。販売者に15億5272万円の収入を提供し、現在も98人が全国各地で『ビッグイシュー日本版』を販売している(有限会社ビッグイシュー日本2024)。スタッフ数は正社員が有限会社とNPOを合わせて20人、パートも含めて有給スタッフは25人、インターン8人、各地域で販売を支えるサポーターが約100人の他、400人近いボランティアがいる(佐野2010)。本書ではこのストリート・ペーパーの活動を対抗的公共圏(Fraser 1992=1999)という理論枠組みを用いながら分析していく。
対抗的公共圏とはNancy Fraser(1992=1999:138)によると、従属的な社会集団が自身の肯定的なアイデンティティや利害関心を提示する対抗的な討議空間のことであり、従属的な集団へ参加の機会を保障するとともに、既存の社会を再編成する潜在力を持つという。2.4で述べるようにこの概念を用いた研究群は充実しているが、いずれもある特定のカテゴリーに属する人々の活動を捉えており、カテゴリーをこえた人々との出会いが想定されていない。ではホームレスの人々と市民が出会った時、どのような活動が立ち上がるのだろうかというのが本書の主な関心となる。
ホームレスの人々を中心としながら、多様な世代、社会的立場、ジェンダーの人々が集うストリート・ペーパーによって生み出され、オルタナティブな価値観を示す場を、本書では対抗的公共圏(Fraser 1992=1999)という枠組みを使って捉える。そして、そのような対抗的公共圏がどのように生成・展開するのかを捉えるために、そこでどのようにホームレスの人々と市民とが出会い、新たな社会構想の芽となるようなアイデアを共有しているのかを分析、考察することを目的とする。