目次
はじめに
地図「チェコとその周辺諸国」
Ⅰ 中世~近世のチェコ
第1章 国土と名称――なかなか複雑な歴史的由来
第2章 中世ヨーロッパとチェコ――モラヴィア国家からプシェミスル朝時代まで
第3章 ルクセンブルク朝とチェコ――帝国辺境から皇帝の本領へ
第4章 中世・近世の宗教事情――フス派戦争とその後
【コラム1】ヤン・フス
【コラム2】コメニウス 売りは教育だけじゃない
第5章 ハプスブルク朝とチェコ――中世にさかのぼる長年のお付き合い
【コラム3】ルドルフ2世とプラハ
第6章 中・近世の都市と農村――庶民が生きた世界
第7章 啓蒙主義の時代――上からの改革、そして郷土への関心
Ⅱ チェコ近代社会の形成
第8章 民族再生――現代チェコ文化の創造と「チェコ史の意味」
第9章 19世紀の社会と政治――「近代化」のなかを生きた人々
第10章 チェコ人のための政治の理想と現実――19世紀末から20世紀初頭のチェコ政党政治
第11章 モラヴィア――国になりきれなかった国
【コラム4】オロモウツ
【コラム5】オストラヴァ
第12章 女性の社会進出――「婦人のアメリカン倶楽部」の足跡をたどって
第13章 女性に教育を!――中等教育における女子ギムナジウム・ミネルヴァ設立の歩み
第14章 チェコ近代社会における芸術の制度化――ナショナルな対立の狭間で
第15章 第一次世界大戦と独立運動――マサリクと国外の義勇軍
第16章 「帝国の記憶」――聖マリア柱像の破壊と「復活」
【コラム6】チェコ芸術界におけるミュシャ/ムハ
Ⅲ チェコスロヴァキア共和国
第17章 第一共和国の政治――1920年憲法と議会政治
第18章 第一共和国時代の外交――ヴェルサイユ体制とベネシュ
第19章 ドイツ人のチェコ――いくつもの層が織りなすドイツ人とチェコ人の歴史
第20章 チェコのユダヤ人――1000年の歴史、破壊、再生
第21章 ポトカルパツカー・ルスとチェコスロヴァキア――チェコスロヴァキアの「文明化」の使命
第22章 第一共和国のジャーナリズム――女性向け紙面の拡充と女性ジャーナリスト
第23章 第二次世界大戦期のチェコスロヴァキア――亡命政権と国内のレジスタンス
【コラム7】体操は民族の魂?――ソコル運動とナショナリズム
第24章 新しい社会を目指して――共和国復興からスターリン主義社会主義へ
第25章 プラハの春と「正常化体制」――社会主義改革の試みから「反政治の政治」へ
第26章 冷戦期の社会政策――家族・住宅政策を例に
第27章 社会主義体制下におけるポピュラー音楽と政治――抵抗の手段か、権力者の道具か
第28章 チェコスロヴァキア主義――マルチ・ナショナルな国家における1つの概念の歴史
Ⅳ 体制転換以降
第29章 体制転換と連邦解体――社会主義の連邦共和国からチェコ共和国へ
第30章 チェコ共和国としての歩み――連邦解体後の政治的展開
第31章 地方自治――その特徴と歴史的変遷
第32章 経済体制――好調だが重要課題も
【コラム8】日本との経済的関係
【コラム9】クラスリツェ 楽器の街の盛衰記
第33章 チェコのロマ――シンティ呼称の追加は共生への転機となるか?
第34章 チェコと難民・移民問題――「ウクライナ戦争」は難民・移民政策変更の契機となるのか?
第35章 社会主義期の記憶と表象――映画『ペリーシュキ』は人々にどのように受容されたのか?
第36章 都市のモニュメント――記念碑に秘められた数々の物語
【コラム10】ブルノ地下に隠れた魅力
【コラム11】チェスキー・チェシーン
Ⅴ 文化・芸術
第37章 チェコ語はどのような言語か――系統・屈折・情報構造
【コラム12】チェコ語とスロヴァキア語の微妙な関係――紛らわしい話
第38章 チェコ語文学の始まり――スラヴ語、ラテン語、ドイツ語に囲まれて
第39章 19世紀の文学――翻訳、辞書、民話、そして純文学へ
第40章 20世紀前半の文学――ロボット、ポエティスム、そしてユダヤ文学
第41章 戦後の文学――チェコ文学から見たミラン・クンデラ
第42章 現代文学――越境する作家たち
第43章 社会主義時代から続く豊かな児童文学の世界――昔話の上に成り立つ自由な発想の子どもの本
第44章 プラハのドイツ語文学――「紙のドイツ語」で書いた(?)作家たち
【コラム13】日本在住のチェコ人たち
第45章 ジャポニズム――想い描かれるドリームランド、ニッポン
第46章 中世美術――ボヘミアの地霊が愛せしゴシック
第47章 チェコ近代芸術の発展――地域性の内外を往還しながら
第48章 20世紀以降の造形芸術――日常性の中のポエジー
第49章 クラシック音楽(1)――古典派からロマン派へ
第50章 クラシック音楽(2)――国民楽派とその後
第51章 演劇――わが故郷を作る劇場はいずこ
第52章 チェコの人形劇――伝統に根付くチェコの無形文化遺産
第53章 映画――市井の人々を映す
【コラム14】チェコの切手のあゆみ
第54章 チェコ・コミック――チェコ近代史とともに歩む
第55章 建築――ロマネスク建築から「ダンシング・ハウス」へ
第56章 チェコ写真の系譜――内省的なモノクローム
第57章 工芸――ガラスと陶磁器
【コラム15】チェコの藍染め
第58章 チェコのサッカー――オーストリア・ハンガリー帝国時代からビロード離婚後まで
【コラム16】チェコのアイスホッケー
第59章 食文化――伝統と進化
第60章 ビール――「典型的」なチェコの世界
チェコをもっと知るための参考文献
おわりに
前書きなど
はじめに
チェコ共和国を訪れる人たちの多くは、まず、首都プラハに代表されるような風格のある都市景観に惹きつけられるだろう。北海道とほぼ同じ面積の国土のいたるところに、この国がたどってきた歴史が深く刻みこまれている。個性的な音楽・美術・文学など、豊かな文化を誇る国としても知られている。
チェコは、第一次世界大戦が終了してハプスブルク君主国が崩壊した1918年から1992年末まで、スロヴァキアとともにチェコスロヴァキアという国を形成していた。1969年からは連邦制をしいていたが、連邦を解体した結果、1993年1月1日にチェコ共和国とスロヴァキア共和国という2つの独立国が誕生した。筆者は2003年に本書と同じエリア・スタディーズの1冊として、『チェコとスロヴァキアを知るための56章』という編著をまとめて、この2つの国を紹介した。これはいわば本書の前身にあたる。
チェコスロヴァキアは、冷戦期には社会主義陣営の一員として共産党による事実上の一党独裁体制を続けてきたが、1989年に体制転換を果たして民主化を実現させた。連邦解体後のチェコとスロヴァキアは、ほぼ順調に政治・経済・社会の変革を進め、2004年にそろってEU(ヨーロッパ連合)に加盟した。『チェコとスロヴァキアを知るための56章』刊行はその前年にあたる。「ヨーロッパの普通の民主主義国」への転換(あるいは回帰)という目標にようやくたどり着いたという時期であり、長期間の加盟交渉にともなう疲れも多少見えたものの、ともかく一種の達成感のようなものは漂っていた。この2つの国について、基本的な事項をまとめて1冊の本を作ってみるにも、ちょうど良いタイミングだったと思う。
その後早くも20年近くの時間が流れ、筆者は再び明石書店から、そろそろ内容を一新させた本を作ってはどうでしょうかという相談をいただいた。そこで新たな構想を練り、執筆を依頼できそうな方々に内々に連絡をとっていたところ、その1人の長與進氏から、今回はチェコとスロヴァキアを分けて別の本にしませんかという提案を受けた。確かに、両国とも自立した国としての道を30年近く歩んでいるわけだから、エリア・スタディーズだけいつまでも連邦を続けなければならない理由はない。明石書店もこの分割案を了承して下さったので、長與氏がスロヴァキアを、筆者がチェコを担当して、それぞれ1冊の本を作ることになった。
今回は本全体をチェコにあてることができるので、それだけ多様なテーマを扱えるし、特に2000年代に入ってからの新しい話題も取り込むことになる。しかし筆者の専門領域は中世やハプスブルク朝期など古い時代の歴史なので、あまりそうした事情に詳しくない。そこで、近・現代チェコの文化に造詣の深い阿部賢一氏に共同編集として加わっていただき、これでようやく作業も進むことになった。スロヴァキアの側でも、文化人類学を専門とする神原ゆうこ氏が共同編集として加わった。結果として4名で、適宜、情報交換しながら新しく2つの本を作ることになった。したがって、昨年(2023年)すでに出版された『スロヴァキアを知るための64章』と本書は、姉妹編のような関係にある。
本書の刊行の時点で、体制転換から35年近く、連邦解体から約30年という長い時間が流れた。その間、少なくともチェコという国自体を揺るがすような大きな変動は起きていない。チェコスロヴァキア共和国成立以来、激動の現代史をくぐり抜けてきた国としては、これは異例のことである。とはいえ、目につかない部分でチェコ社会は刻々と変化し、人々の意識も変わりつつある。冷戦期について実体験としての記憶を持たない人たちが、社会の中枢で活躍するようになった。そして何より、チェコを、そしてヨーロッパを取りまく国際情勢は大きく変動しつつある。当然、自分たちの国を見つめる視線にも微妙な変化が感じられる。
本書では、このような2000年代以降の新たな状況に注目して研究を進めている方々や、現地で活躍されている方々にも執筆を依頼して、それぞれの視点からチェコについて論じていただいた。各章は独立しており、執筆者が独自の観点から語るという体裁をとっている。本書全体でこの国について一貫した統一的な姿を描くことは、あまり意図していない。国の成り立ちや歴史的由来などについては主に前半でとりあげているので、こちらから読み進んでいただければわかりやすいかもしれないが、基本的には、好みに合わせて、どの章から読んでいただいてもかまわない。
(…後略…)