目次
はしがき
序論 教育人類学にみるユーラシアの課題
第1節 失われてゆく言語をもとめて
第2節 多民族社会がかかえる課題
第3節 母語とアイデンティティへの探究
第一章 ユーラシアにみる文字世界の葛藤――モンゴル諸族の文字使用をめぐって
第1節 モンゴル世界における文字使用の変遷
第2節 ロシア化とキリル文字支配の暗雲
2.1 ロシア領内のブリヤートとカルムイクの事情
2.2 モンゴル国におけるモンゴル文字の復興
第3節 漢化と融合政策への悲鳴
3.1 内モンゴルにおけるモンゴル文字の状況
3.2 新疆におけるオイラト・モンゴルの状況
第4節 文字というアイデンティティ
第二章 ユーラシアにみる「母語教育」の葛藤――資産としての母語、その継承の実態
第1節 双語教育、バイリンガル教育
1.1 多言語国家におけるバイリンガル教育
1.2 多民族国家中国における「双語教育」
1.3 辺境地域における「双語教育」の実態
第2節 教育カリキュラムにみる「母語教育」
2.1 民族学校と「母語教育」
2.2 日本の小学校と「母語教育」
2.3 在日朝鮮学校と「母語教育」
2.4 東アジアにみる「母語教育」
第3節 教科科目としての「モンゴル語」の実態
3.1 民族学校における教授言語の実態
3.2 『モンゴル語』教科書の内容
3.3 『学習指導要領』の比較
3.4 異なる教授言語の意義
まとめ
第三章 多言語化する日本における言語的葛藤――外国人児童の日本語学習指導に関する事例から
第1節 日本語学習使用の背景
1.1 滞日外国人の現状
1.2 外国人児童生徒をとりまく環境
第2節 外国人児童生徒に関する学習支援の内実
2.1 「特別の教育課程」による日本語指導
2.2 日本語指導の心得
2.3 日本語学習支援に関する事例
第3節 外国人児童生徒の日本語習得指導の実践
3.1 外国人幼児の日本語学習の実例
3.2 外国人児童の日本語習得の実態
3.3 外国人の日本語学習習得の実情
まとめ
第四章 多民族国家中国の少数民族教育の葛藤――牧畜地域における民族学校の事例から
第1節 牧畜地域におけるモンゴル民族学校の実態
1.1 内モンゴルの概要および人口推移
1.2 内モンゴルにおける教育の変化
1.3 牧畜地域における学校の統廃合
第2節 牧畜地域における学校統廃合の実態
2.1 牧畜社会ウジムチンについて
2.2 民族学校に関する聞き取り調査
第3節 学校選択に対する苦悩
3.1 モンゴル人児童生徒の学校選択について
3.2 モンゴル人児童生徒の学校選択の実態
3.3 学校選択に関するアンケート調査から
3.4 学校選択における今日的意義
まとめ
第五章 文化継承者たる牧童たちの心の葛藤――激動の時代を試練に育つ子どもたちの肖像
第1節 社会的激動がもたらす生活環境の変容
1.1 牧畜民たちの年間行事
1.2 伝統文化をビジネスに
1.3 新たな試み:家畜の冬季の出産
第2節 牧童たちの日常生活の実態
2.1 家庭生活をめぐって
2.2 幼児たちの日々
2.3 夢と現実の間に生きる子どもたち
第3節 自画像を見つめる子どもたち
まとめ
第六章 言語と文字使用にみる社会的葛藤――生活、社会、法律の狭間をさすらう言語
第1節 モンゴル語・文字使用に関するアンケート調査
1.1 学生たちの言語・文字使用に関する調査から
1.2 日常生活における言語使用の実態から
1.3 学校における言語使用の観察から
第2節 社会における言語使用の実態
2.1 文化生活と言語使用
2.2 インターネットと言語使用
第3節 文字使用に関わる法律条例
3.1 「モンゴル語・文字使用条例」とは
3.2 「モンゴル語・文字使用条例」の実態
まとめ
終章 マイノリティ言語と社会をめぐる精神の葛藤
第1節 言語に派生する地政学、その生命線
第2節 多文化共生社会、その地平線
第3節 マイノリティ言語使用、その境界線
第4節 辺境地域の学校形態、その致命線
第5節 アイデンティティの動揺、その最前線
参考文献
索引
資料編
資料1:アンケート調査項目と単純集計
資料2:聞き取り調査資料
2.1 調査の基本情報
2.2 聞き取り内容の分類
2.3 語りの実録
資料3:モンゴル語・文字使用に関する編年史
資料4:「内モンゴル自治区モンゴル語・文字使用条例」
資料5:「モンゴル語科学習指導要領」
資料6:モンゴル民族の小中学校の『漢語科指導要領』と『モンゴル語科指導要領』公布通知
あとがき
前書きなど
はしがき
(…前略…)
本書は、多民族がせめぎ合う状況における言語や教育に関する様々な葛藤を多民族国家、多言語化が進む近隣諸国や諸民族の実態を交えながら詳細に考察することを目指す。具体的には、①ロシア領内のブリヤート共和国とカルムイク共和国における文字使用、②中国領内の内モンゴル自治区と新疆ウイグル自治区における言語と教育の問題、③多言語化が進む日本における取り組みや在日朝鮮学校の母語教育の実態との比較、④滞日外国人や児童生徒の日本語習得状況の観察などを通して実態を取り上げて分析する。本書は以下の6章からなる。
序論では、言語と教育に関して教育人類学からみるユーラシアの課題について述べる。
第一章では、ユーラシア大陸に広く分布するモンゴル諸族の文字使用・採用の100年間の歴史を概観することを試みる。モンゴル諸族の文字改革について言及するにあたり、政治的区切りである国境をあえて省くことによって、陸続きの同胞たちのその歴史を概観し、未来図を考察する。モンゴル諸族の文字使用とその教育は、それぞれの国や地域で政治や政策による影響が大きかったと言える。あらゆる面で悲劇に見舞われた歴史でもあったことが推測できる。
第二章では、ユーラシアにおける言語と教育の実態を見る。最初に、多民族・多言語社会が掲げる「バイリンガル教育」と中国の「双語教育」を比較する。次に、中国と日本における母語教育の現状を探る。日本においては、公立学校と在日朝鮮学校、中国においては漢族学校とモンゴル民族学校のカリキュラムにみる母語教育の実態について地域横断的な比較を行う。
第三章では、多言語化が進む日本において、滞日外国人児童生徒に対する日本語学習指導やその過程で生じる各種の葛藤の実態について実践を交えながら描く。外国人児童にとってもホスト社会(host society)にとっても様々な葛藤が存在していることが明らかになる。先進国ならではの対策が実施されているとはいえ、そこには課題も多く、社会問題としてたびたび浮上する。
第四章では、多民族国家中国における、辺境地域の教育に関して、教育人類学的な実態調査を通して、現状を明らかにする。内モンゴルにおいては、牧畜地域と農村地域、そして都市部といった生活的・経済的環境の違いがあり、教育環境もそれぞれの地域でそれぞれ異なる変貌を遂げている。具体的には、改革・開放政策の実施以来の内モンゴルにおける人口の推移とモンゴル民族教育の発展に関連する公的データを取り上げて考察する。次に、少数民族の教育の現状について事例を通して分析するとともに聞き取り調査を交えながら概括する。最後に、先行研究にあげられた事例を補助線として、モンゴル人学生の学校選択の実態を考察する。
第五章では、文化の継承者である子どもたちの家庭環境と学校生活の状況についての分析を行う。文化の担い手としての彼らの日々と生活に目線を向け、その実態を描く。
第六章では、少数民族の言語使用の実態を考察する。アンケート調査、聞き取り調査を通して、牧畜地域の言語使用状況を分析する。また、学生たちの日常生活における言語使用状況について、様々な場面におけるモンゴル語と漢語の使用状況をみる。さらに、文化生活においてメディアやインターネットなどにアクセスするときの言語選択について分析を行う。
終章では、言語と教育をめぐる様々な葛藤を社会現象として捉え、それはそこに生きる人々の精神の戦いであると結論づける。マイノリティを生きる人々は言語的、文化的、意識的に矛盾に満ちた地平に立たされている。時には自分のアイデンティティを表に強調したかと思えば、時にはそれを隠すかのようなふるまいをする。記憶に暗示する物陰をなんらなかの形で線引きされた現況にある。それらを、生命線、地平線、境界線、致命線、最前線といった比喩を用いながら、その満ち引きを素描することを本書では試みる。