目次
はじめに――多様性と社会正義/公正の教育にむけて[森茂岳雄]
第Ⅰ部 国際理解教育のまなざし
Ⅰ-1 SDGs・多様性・環境教育
1 SDGs目標達成に向けた国際理解教育の役割――自己変容をめざした授業実践の検討を通して[森茂岳雄]
1.はじめに
2.ユネスコ74年国際教育勧告とSDGs
3.自己変容をめざしたSDGsの授業実践
4.SDGsの達成に向けた国際理解教育実践の課題
2 SDGs目標達成に向けた異文化間教育の役割――ダイバーシティの視点から[佐藤郡衛]
1.異文化間教育研究とは
2.SDGsと異文化間教育の関連
3.SDGsに異文化間教育からどのようにアプローチできるか
4.異文化間教育とダイバーシティ
5.SDGsの実践と異文化間教育
6.SDGs達成のために異文化間教育の果たす役割
3 グローバル・シティズンシップ教育とSDGs――デンマークと日本の学校の比較を通して[マリエ・ホイルン・ローズゴー]
1.問題の所在
2.グローバル・シティズンシップの類型
3.アクションの問題
4.データの収集
5.デンマークの学校の実践
6.日本の学校の実践
7.優先事項
8.類似点と相違点
9.分類と分析
10.おわりに
4 SDGsに向けたグローバル市民の育成と小中学校社会科の役割――カナダ・アルバータ州の社会科カリキュラムを事例として[坪田益美]
1.はじめに――グローバル市民とは?
2.「多様性との共生」のための二つの作法
3.カナダ・アルバータ州社会科カリキュラムの構造
4.「多様性との共生」を志向する姿勢を育成するためのK-G9の役割
5.おわりに――「グローバル市民」を育てる「気づき」の構造
5 中国の文脈における環境教育、総合実践活動課程とディープラーニング
1.序論――問題の所在
2.環境教育はカリキュラムの問題か?
3.総合実践活動課程と環境教育の関係
4.ディープラーニングへの環境教育の貢献
5.総合実践活動課程の実施を全面的に支援するディープラーニング支援システムの検討
6.結論
6 インドネシアの環境教育教科書を読む――日本の公害を教材化したPendidikan Lingkungan Untuk Tingkat SMP[田尻信壹]
1.はじめに
2.インドネシアの学校制度
3.南タンゲラン市の社会状況と教科「環境」導入の経緯
4.中学校教科書Pendidikan Lingkungan Untuk Tingkat SMPの分析
5.中学校教科「環境」に取り上げられたイタイイタイ病
6.おわりに
Ⅰ-2 授業づくり・カリキュラム・評価
7 国際理解教育における沈黙の意義[多田孝志]
1.はじめに
2.沈黙とは
3.国際理解教育における沈黙の活用の意義
4.おわりに
8 小中学校における国際理解教育のカリキュラム開発に関する未来展望――国際比較の視点から[張蓉]
1.はじめに
2.グローバル・コンピテンスの育成に基づく国際理解教育のカリキュラムシステムの構築
3.国際理解教育カリキュラムの目標における民族性とグローバル性の関係のさらなる調和
4.国際理解教育のカリキュラムの発展に向けた地域均衡の促進
5.国際理解教育カリキュラムの実施方法の整備
6.国際理解教育カリキュラムの評価システムの改善
7.小中学校教員のグローバル・コンピテンスの向上
9 新型コロナウイルス・パンデミックから何を学ぶか――国際理解のための授業づくりにむけて[中山京子]
1.はじめに
2.コロナ感染拡大でみえた人種主義、「人種化」
3.新しいデジタル世界への移行加速とスローライフの併存
4.「自粛」からみる戦後の教育の課題
5.国際理解の教材としてCOVID-19を考える
6.結語
10 フィリピン残留日本人理解のための国際理解教育――中学校社会科歴史的分野の実践事例を通して[太田満]
1.はじめに
2.フィリピン残留に至る経緯と現状
3.フィリピン残留日本人理解の必要性
4.本稿の目的
5.アカボシ・ハツエさんのライフヒストリー
6.フィリピン残留日本人のライフヒストリーを学ぶ意義
7.「フィリピン残留日本人の願い」の実践事例
8.おわりに
11 国際理解教育における評価研究の現状と課題――パフォーマンス評価によるプロセス重視の評価観への転換[津山直樹]
1.本研究の目的と問題の所在
2.研究方法
3.学力論に基づいた国際理解教育の評価研究の展開と内在する課題
4.本質的な問いを軸とした新しいカリキュラム設計論とパフォーマンス評価の有効性
5.パフォーマンス評価による学習者の学びのプロセス分析
6.結語
Ⅰ-3 トランスナショナリズム・国際交流・異己理解
12 トランスナショナルな空間における教育――中国での短期留学の体験を通して[ミン イー・リー、デイビッド・ヘンプヒル、ジェイコブ・ペレア]
1.はじめに
2.トランスナショナル・プログラム
3.考察及び課題
13 「異己」との共創をめざして――「異己」理解・共生から「異己」との共創へ[釜田聡]
1.はじめに
2.「異己」とは何か
3.「異己」プロジェクト誕生
4.「異己」プロジェクトのあゆみ
5.「異己」プロジェクトの到達点
6.新時代の「異己」プロジェクト――「理解と共生」から「対話と共創」へ
14 一人ひとりの尊厳が守られる社会をつくるために日韓近代史を授業に――2021APCEIU日韓教員交流事業に参加して[織田雪江]
1.はじめに
2.APCEIUのプログラムの概要
3.アイディアを交流するためのインフォーマルセッション
4.日韓の近代史を見つめる授業案
5.生徒の学びの軌跡
6.おわりに
Ⅰ-4 中国の国際理解教育
15 中国における国際理解教育パラダイムの変容[姜英敏]
1.はじめに
2.国際理解教育の発足と理念形成
3.国際理解教育の現状――政策と実践
4.中国の国際理解教育の課題
16 中国における初期国際理解教育の理論形成――ユネスコ教育理念の受容を中心に[鄒聖傑]
1.はじめに――問題の所在
2.国際理解教育の提案と国際主義教育の勃興(1947~1971年)
3.国際社会への復帰とユネスコ教育理念の受容の開始(1971年~1990年代)
4.おわりに
17 毛沢東時代における国際理解教育の特質――中等国語教科書の内容分析を中心に[陳志華]
1.はじめに
2.研究対象の概要と分析の視点
3.教科書の内容分析
4.おわりに
第Ⅱ部 多文化教育のまなざし
Ⅱ-1 多文化主義・社会正義・公正
18 多文化主義と差異のドメスティケーション[デイビッド・ヘンプヒル、エリン・ブレイクリー]
1.はじめに
2.人種という概念の創出
3.多文化教育の歴史
4.本質主義、物象化、そして多文化主義のその他の隠れた危うさ
5.ハイブリッドとサードスペース
19 日本版の多文化教育の構築をめざして――日本人性の概念の視点から[松尾知明]
1.はじめに
2.外国人児童生徒教育から多文化教育へ
3.多文化教育で求められる資質能力
4.多文化教育のカリキュラムデザイン
5.おわりに
20 韓国多文化教育の現況と課題――公正と平等をめざす教育へ[金侖貞]
1.はじめに
2.在韓外国人をめぐる現状
3.多文化教育はどのように変わってきたのか
4.多文化教育の取り組み――公正・平等を大事にする多文化教育へ
5.おわりに
21 多文化教育における「公正らしさ」をめぐる課題――コンプリヘンシブ概念と理想理論[川﨑誠司]
1.はじめに
2.本研究の課題
3.「公正らしさ」と理想理論・非理想理論
4.「公正らしさ」と「コンプリヘンシブ」
5.おわりに
22 「人種」「人種差別」を学び直す――アメリカにおける社会正義のための教育の視点から[青木香代子]
1.はじめに
2.「人種」の概念と人種差別
3.社会正義のための教育の視点
4.日本において人種や人種差別を取り扱うことの意味と必要性
5.日本において社会正義のための教育の視点を取り入れた人種差別に対抗するための学習につなげるために
23 アメリカ合衆国の音楽教育における新自由主義の影響と社会正義――ヒップホップの授業をめぐって[磯田三津子]
1.はじめに
2.新自由主義とアメリカの音楽教育
3.音楽教育における社会正義
4.ヒップホップの教材としての意味
5.高等学校における社会正義をめざすヒップホップの授業
6.おわりに
24 多文化教育の単元開発と再構築のための一試論――社会正義の実現にむけて[中澤純一]
1.はじめに――問題の所在
2.先行研究の検討――日本の多文化教育における授業事例の分析
3.「社会正義」の概念
4.単元開発における「社会正義の実現」の視点
5.「社会正義の実現」の資質・能力とレベルを用いた授業事例分析の一例
6.おわりに
Ⅱ-2 多文化共生・教育実践・教師教育
25 台湾における多文化志向の「認識新住民」科課程大綱の構築[陳麗華・曾銘翊]
1.序論
2.文献調査
3.研究方法
4.結果の分析と議論
5.結論と提案
26 多文化共生のための授業実践と教材開発――「外国人労働者問題」から「ひょうたん島問題」まで[藤原孝章]
1.はじめに
2.授業デザインのあり方
3.A(藤原,1994)、B(藤原編,1995)の場合
4.授業デザインのための三つの発見
5.C(藤原,2008)とD(藤原,2021)の場合
6.多文化共生をめざす授業デザインのための課題と展望
7.コスモポリタン・シティズンシップ
8.コロナパンデミックとナショナルな物語のオーバーフロー
9.おわりに
27 複文化教育論――小学校社会科教育実践を手がかりに[池野範男]
1.問題の所在と本稿の目的
2.多文化教育論から複文化教育論へ
3.複文化教育論
4.結論
28 米国における「多文化サービス・ラーニング」の展開――多文化教育における教師教育の可能性[唐木清志]
1.多文化教育における教師教育の重要性
2.サービス・ラーニングと教師教育
3.Multicultural Service-Learning の取り組み
4.多文化教育の実現をめざして
29 社会科における多文化的社会参加学習の実践[桐谷正信]
1.はじめに
2.多文化共生を志向する小学校社会科授業の開発――「多文化防災計画の策定」に社会参加する小学校の実践
3.多文化共生を志向する中学校社会科授業の開発――「埼玉県多文化共生推進プラン」の修正案を作成・提案する中学校の実践
4.おわりに
30 移民史年表を活用した多文化共生の学習を考える――〈連動〉の視点から[小林茂子]
1.はじめに
2.移民(史)研究にみる〈連動〉の捉え方
3.自治体にみる〈連動〉の多文化共生の教育
4.〈連動〉からみた移民史年表の活用
5.おわりに
31 外国人労働者との共生――COVID-19禍における技能実習生をめぐる課題を手掛かりとして[福山文子]
1.はじめに
2.技能実習制度制定の理念と改善の軌跡
3.外国人労働者をめぐる提言等――経団連に焦点化して
4.COVID-19禍における経済の捉えなおし
5.外国人労働者との共生――共生に向けた教育を探りながら
あとがき
索引
前書きなど
はじめに――多様性と社会正義/公正の教育にむけて
今日のグローバリゼーションの進展の中で、トランスナショナルな人の移動が顕著な社会現象となっている。それに伴い一国内一地域内の多文化化が進展している。グローバル化と多文化化が連動して生起しているのが今日の地球的な社会変動の大きな特色である。このような社会変動に対応して、教育は次の二つの課題と向き合ってきた。
1.地球的な規模での政治的、経済的、社会的、文化的相互依存関係が進む中で、人権、環境、平和、開発等の地球的課題の解決にむけて行動できる地球市民としての資質(Global Citizenship)の形成。
2.民族的・文化的多様性を尊重し、異文化間の相互理解を促進し、多様な文化間の偏見や差別を克服し、共生と社会正義の実現にむけて行動できる市民としての資質(Multicultural Citizenship)の形成。
従来、国際理解教育やグローバル教育はこの両課題を内包して取り組んできた。一方で同じく後者を主な課題とする教育は多文化教育、多文化共生教育といった名称で、国際理解教育、グローバル教育とは別の文脈の中で語られ、実践されてきた。しかし、先述したようにグローバル化と多文化化が連動して生起する今日において、この二つの教育課題は相互に接続し包括的に研究、実践される必要がある。
本書は、従来国際理解教育、多文化教育と呼ばれてきた教育領域の理論と実践に関する近年の内外の研究成果を収録した論集である。本書の編集に当たっては、特に両教育に共通したテーマを設置して依頼したわけではなかったが、提出された論考には共通するいくつかのキーワードを見つけることができる。それは、「多様性」と「社会正義/公正」である。
ここで多様性(diversity)とは、性別、年齢、国籍、人種、民族、文化、宗教、障害、性的指向などを理由とする差別がないことはもとより、これらの違いを認め合い、すべての人が自分らしく、生き生きとした人生を歩むことができるような仕組みを指して用いられる言葉である。また、多様性は単に集団や個人の間に存在する差異を示すものではなく、アイデンティティの差異を指す言葉でもある(Claire, 2007 : 139)。
一方、社会正義(social justice)は、「権力や資源をより公平に分配し、あらゆる人が尊厳や自己決定権を持って、心身ともに安全に暮らせる方向を模索する」(グットマン2017:5)ことを意味する概念として用いられ、「社会的公正」と訳されることもある。同じく「公正」と訳される概念としてエクイティ(equity)があるが、この二つの概念は密接に関係しており、しばしば同義的に用いられることもある。本書では、「公正」を「社会正義に拠る実践の結果として生まれる状態」(金井, 2022 : 112)として捉えて、「社会正義」とは区別して論ずる。教育の文脈では、社会正義のための教育(social justice education)として論じられ、人種差別をはじめとするさまざまな抑圧構造について批判的に分析し、それに対して行動するための知識やスキルを身に付けることをめざした教育を意味している。
前述したように多文化教育は、公正な社会で人々が共生していくために、文化的違いを理解し、受容し、尊重する資質の育成をめざして実践されてきた。しかし、社会に属するすべての人々が平等かつ十全に社会参加できるような民主的環境をつくるためには、単なる文化的違いを理解するだけでなく、マジョリティの持つ権力や特権という問題も視野に入れて取り組む必要がある。その意味で、「多文化教育は社会正義のための教育を意味しており」(Tarozzi andTorres, 2016 : 102)、本書の中には社会正義にための教育に関する論考も含まれている。
(…後略…)