目次
はじめに
巻頭資料
①NATO加盟国
②NATOの機構
③ヨーロッパの地域機構
④NATOが従事している主なミッション・オペレーション
⑤略語一覧
Ⅰ NATOとはどのような組織か
第1章 機構と意思決定――同盟のしくみ
第2章 共通予算と軍事費――NATOのコストは?
第3章 変化し続ける軍事機構――NATOの屋台骨としてのしくみ
第4章 NATOが共有する作戦能力――ウクライナ周辺でも活動するNATOのアセット
第5章 任務・作戦と軍事演習――危機管理から集団防衛へ
【コラム1】NATOで勤務するということ
Ⅱ 冷戦期の展開
第6章 NATOの起源――いかにアメリカを巻き込むか
第7章 集団防衛と集団安全保障――「国連憲章の内、拒否権の外」
第8章 軍事機構化と戦略――拡大抑止の起源
第9章 トルコのNATO加盟――脅威への対抗
第10章 西ドイツのNATO加盟――冷戦の軍事化
第11章 核共有とNPG――同盟と拡大抑止
第12章 フランスの「偉大さ」を求めたドゴール外交――「演出された自立」
第13章 アルメル報告――NATOの新たなバイブル
第14章 NATO「二重決定」――抑止・防衛とデタントの追求
第15章 スペインのNATO加盟――民主化推進のための加盟
【コラム2】核共有の現代における課題
Ⅲ 冷戦の終焉
第16章 新しい安全保障環境とNATO――機能変容のはじまり
第17章 ドイツ統一とNATO――「東ドイツ方式」によるNATO拡大
第18章 ソ連解体と新たなNATOロシア関係――共存から対立へ
第19章 EUのCFSP・CSDPのはじまりとNATO――分業から協業へ
第20章 パートナーシップ――待合室から相談室へ?
【コラム3】NATO東方不拡大の約束はあったのか
Ⅳ 冷戦後の危機管理
第21章 危機管理のはじまりとボスニア紛争――NATOによる介入のモデルケース
第22章 戦略概念1999――非5条任務の定式化
第23章 コソボ空爆――NATOによる人道的介入
第24章 9・11同時多発テロと史上初の第5条発動――武力攻撃・集団的自衛権とは何か
第25章 ISAF――アフガニスタンでの活動
第26章 戦略概念2010――集団防衛の再浮上
第27章 リビア空爆――NATOによる住民の保護
第28章 イラクにおける国軍再建――NATOによる非戦闘任務
Ⅴ 冷戦後の拡大をめぐって
第29章 NATO拡大の展開――ヨーロッパ安全保障のゆくえ
第30章 ポーランド――安全保障の「消費者」から「貢献者」へ
第31章 チェコおよびスロバキア――安全保障と「西欧への回帰」達成のためのNATO加盟
第32章 ハンガリー――体制転換後の安全保障とNATO加盟の選択
第33章 バルト諸国――NATOの弱点か、動力源か
第34章 ルーマニアとブルガリア――戦略的重要性をアピールしてNATO加盟へ
第35章 スロベニア、クロアチア、モンテネグロ――ユーゴ内戦の「後始末」
第36章 アルバニア――紆余曲折を経た安全保障
第37章 北マケドニア――マケドニア名称をめぐる国際関係
第38章 フィンランド――対ロシア関係と安全保障政策
第39章 スウェーデン――冷戦期における西側との軍事協力から正式加盟申請へ
第40章 ボスニア――「拘束衣」の功罪
第41章 ウクライナ――脱中立の苦しみ
第42章 ジョージア――NATO加盟に係るジレンマ
第43章 永世中立国スイス――中立概念の変遷とNATO加盟の可能性
第44章 オーストリアの中立――NATOとロシアの狭間で揺らぐ小国のサバイバル外交
第45章 アイルランドの中立政策――なぜNATOに加盟しないのか
第46章 なぜモルドバは永世中立に固執するのか――EU加盟候補国はNATO加盟への第一歩
Ⅵ ウクライナ危機とNATO主要国の対応
第47章 アメリカのウクライナへの対応――インテリジェンス・軍事協力による手厚い支援
第48章 カナダとNATO――カナダ国防政策の根幹
第49章 イギリス――安全保障で際立つ存在感
第50章 ウクライナ危機とドイツ――慎重な対応から貢献の拡大・強化へ
第51章 ロシア・ウクライナ戦争とフランス――冷戦終結後の欧州安全保障観の摩擦
第52章 イタリア――ドラギ退陣後も国際社会の信頼は得られるか
第53章 ベルギー、オランダとNATO――微妙に異なる「生命線」
第54章 北欧のNATO原加盟国――消極的姿勢から頼れる加盟国へ
第55章 冷戦後のトルコとNATO――その貢献と立ち位置
第56章 スペイン――東からの脅威、南からの脅威
第57章 ポーランドの「東方政策」の変容――EUとの協働から「大西洋指向」へ?
第58章 チェコおよびスロバキアの対応――対ロ強硬姿勢とロシア・デカップリングの試み
第59章 ハンガリーの東方開放政策――ロシア寄りの対応
第60章 エストニア――NATO最東端の国の安全保障環境
第61章 ルーマニアの東方外交――東の脅威に対する黒海戦略
【コラム4】NATOの脆弱点――「スヴァウキ回廊」を中心に
Ⅶ 集団防衛への回帰――今後のNATO
第62章 ロシアによる2014年クリミア併合のインパクト――漂流するNATO
第63章 ロシア・ウクライナ戦争をめぐるNATOの戦い――防衛態勢の強化と援助の拡大
第64章 戦略概念2022――対ロ抑止・前方防衛への転換
第65章 新たな抑止と防衛の態勢――NATOの新戦力構想
第66章 NATOの対中姿勢――同盟の認識の変化とあり方
第67章 EUとの新たな関係――補い合うのか、補うのか
第68章 安全保障の新領域とNATO――サイバー、宇宙、認知、感染症、気候変動への取り組み
Ⅷ 日本とNATO
第69章 日本NATO協力のはじまり――紆余曲折と試行錯誤を超えて
第70章 オーストラリアとNATO――日本への含意
第71章 「自由で開かれたインド太平洋」における日NATO協力――アメリカの同盟国同士のパートナーシップ
【コラム5】NATO国防大学への自衛官の留学
NATO・ヨーロッパ安全保障を知るための日本語文献リスト
巻末資料
①北大西洋条約
②歴代のNATO事務総長
③歴代の欧州連合軍最高司令官
④歴代の大西洋連合軍/変革連合軍最高司令官
⑤NATO・ヨーロッパ安全保障関連年表
前書きなど
はじめに
NATO(北大西洋条約機構)がにわかに注目を集めたのは、2022年2月にロシア・ウクライナ戦争がはじまってからであろう。ウクライナはNATO加盟国ではないのに、NATOは機構としても各加盟国としても、間接的に戦っているといえるほどの支援をウクライナに対して行っている。詳細は第Ⅵ部、第Ⅶ部をお読みいただきたいが、支援のための協議や調整、情報提供、武器援助など幅広い範囲にわたって、関わりをもっている。そのために、いったいNATOとは何なのか、そもそも冷戦が終わったのになぜ軍事同盟のNATOが残っているのか、といった疑問をよく耳にするようになった。また、プーチンがウクライナへの武力侵攻を開始するにあたって、NATO拡大を「諸悪の根源」と言い放ったこともあり、良くも悪くもNATOは注目されているといえよう。
そもそもNATOは欧州大西洋(ユーロアトランティック)の国家間協力ではあるが、EU(欧州連合)のような地域統合ではないし、「バルカン」や「コーカサス」のような、地理的・歴史的なつながりの深いひとまとまりの地域でもない。その意味では、「エリア・スタディーズ」シリーズのテーマとして取り上げられることに、訝しく思われる向きもあるかもしれない。
しかし、少なくとも冷戦期の欧州大西洋は、ソ連との対立において政治的・軍事的に一つのまとまった「エリア」とみなすことができた。また冷戦後、NATOは、EUと連動しつつも相互補完的な形で「自由で一体となったヨーロッパ」(ブッシュ大統領)を支える機構となっていた。ソ連とその軍事同盟であったワルシャワ条約機構が解体されたために、中・東欧は安全保障の「真空地帯」と化しており、集団防衛(北大西洋条約第5条)ばかりでなく、民主主義、自由や法の支配といった価値の擁護(同条約序文)を行う機構でもあったNATOには、冷戦後に求心力が生まれていた。その後2022年にロシア・ウクライナ戦争がはじまると、フィンランドやスウェーデンのような非同盟・中立国までをも引きつけるなど、NATOは欧州大西洋の安全保障を支える屋台骨となっているのである。
NATOが過去のさまざまな同盟と異なるのは、事務総長をトップとする事務局機構だけでなく、軍事委員会のもとで戦略級司令部、戦術級司令部のような独自の指揮機構を持っている点である。さらにNATOは国家間協力でありながら、独自の予算やアセット(装備)も有している。こうしたNATOの独自性は第Ⅰ部で扱われる。
ついで少し歴史をひもといて、その起源に遡る。そもそもNATOは冷戦初期に、ソ連を脅威として12カ国により結成された。ところがそのなかには軍隊を持たないアイスランドや、およそヨーロッパではソ連から最も地理的に遠いポルトガルが入っていた。そうした謎については第Ⅱ部で解き明かされる。そのほか西ドイツ再軍備とNATO加盟、スペインのNATO加盟がそれぞれどのように実現したのか、逆にフランスはいかにしてNATO軍事機構から脱退したのかなども、この第Ⅱ部でカバーされる。
冷戦期に最強の同盟とされたNATOであるが、冷戦が終わりソ連が消滅すると、その存続には疑問符さえ付けられるようになる。実際に、東側の同盟であったワルシャワ条約機構も解散となった。冷戦後ヨーロッパの新しい環境においてNATOがどのように適応していったのかを扱ったのが第Ⅲ部である。そこで中心的機能となったのが国際的な危機管理活動であった。第Ⅳ部は、ボスニア、コソボ、アフガニスタン、リビア、イラクなど、冷戦期には思いもよらなかった域外の国々の紛争に関与するようになったNATOの活動とその意味を振り返る。
こうした機能の拡大に加えて、NATOは冷戦後に徐々にヨーロッパの加盟国を増やした。もともと12カ国ではじまったNATOは冷戦終了時に16カ国となっていたが、それが2022年までに30カ国となり、まもなくスウェーデン、フィンランドを加えて32 カ国となろうとしている。新たに加わった国は、それぞれどのような認識と論理でNATO加盟を目指したのかを各国の専門家に解説していただいたのが、第Ⅴ部である。またこの部では、ロシア・ウクライナ戦争勃発後でも、NATO加盟とは一線を画すスイス、オーストリア、アイルランドなど中立国の認識と論理をも扱う。
NATOの機能の拡大や構成国の拡大は、基本的に「欧州大西洋地域は安定しており通常戦力による脅威を受けていない」(2010年のNATO戦略概念)という国際環境のなかで行われた。しかし2014年のクリミア併合以降、ウクライナ危機がはじまり、やがて2022年2月にロシアによる全面侵攻にいたった。古典的と言ってもいいような通常戦力による戦争である。このロシア・ウクライナ戦争にNATOは「かつてないほどの結束」(バイデン大統領)を示しているとされているが、それでは加盟各国においては、いったいどのような議論が展開され、いかなる対応がなされているのか、これを各国の専門家に解説していただいたのが第Ⅵ部である。
またロシア・ウクライナ戦争は、NATOそのもののあり方にも強い影響を与えた。NATOの戦略や戦力が変更を余儀なくされたのである。とりわけロシア、ウクライナに隣接する加盟国は、NATOによる集団防衛の一層の保証を求めた。その結果、NATOは2022年の新しい戦略概念で、ロシアを正式に脅威として認定するとともに、防衛態勢の強化を誓約した。このように、戦争が及ぼしたNATOの集団防衛態勢の見直しを中心に扱ったのが第Ⅶ部である。
最後の第Ⅷ部は日本とNATOの関係に焦点を当てた。日本とNATOの協力関係は、2001年の「9・11」同時多発テロ以降、グローバルなテロへの対処という形で本格的にはじまった。危機管理における国際協力である。しかしロシア・ウクライナ戦争は、ルールに基づく秩序を武力で破り、現状を変更しようとする国と民主主義国との戦いでもある。中国を念頭に、自由で開かれたインド太平洋を重視する日本にとって、NATO協力の重要性の次元は、テロ対処より一段上がったことになる。岸田文雄総理が2022年6月に日本の総理として初めてマドリードでのNATO首脳会議に出席したのは、その象徴であった。この部では、NATOとの協力が、日本の安全保障のみならず、広くインド太平洋の安全保障にどのような意味を持つのかを扱う。
近年、日本とNATOの関係が制度的にも深まりつつあるのは、たとえばNATO本部に陸上自衛官がパートナー国幕僚として派遣されたり、NATO国防大学に自衛官が留学したりすることからもわかるだろう。さらに2018年には、ベルギーのブリュッセルにNATO日本政府代表部が設置された。こうした経緯を踏まえ、NATO本部に派遣されている陸上自衛官と、NATO国防大学留学後にNATOとの連絡官を兼務している在ベルギー防衛駐在官(航空自衛官)に、それぞれコラムでNATO本部での仕事ぶりやNATO国防大学での学びについて語っていただいたのも、本書のささやかな特徴である。
以上に加えて、本書は付録資料として、巻頭に、拡大NATOの地図、NATO機構図、ヨーロッパの地域機構図、NATOの任務一覧と略語表を配した。さらに巻末には、NATO・ヨーロッパ安全保障を知るための日本語文献リストのほか、北大西洋条約、歴代NATO主要幹部の一覧とNATO・ヨーロッパ安全保障主要年表を収録した。ぜひ積極的に活用していただければ幸いである。
(…後略…)