目次
はじめに――「縁側」知の創出を目指して[岡部大祐(順天堂大学)]
第Ⅰ部 継承と発展に向けて――多文化関係学のこれまでとこれから
多文化関係の「これまで」と「これから」[岡部大祐(順天堂大学)]
第1章 多文化関係学的アプローチの意義とその展開――20周年現在からの批判的考察と提言[石黒武人(立教大学)]
第2章 多文化関係学研究の今後の発展に向けて――石井敏の啓蒙的提唱の批判的かつ実践的継承[原和也(順天堂大学)、海谷千波(杏林大学)]
第3章 多文化関係学会は何をどのように研究してきたのか――隣接分野の学会との比較検討[藤美帆(広島修道大学)]
第Ⅱ部 横断的知を求めて――多文化シナジーの実現に向けての取り組み
2010年代の多文化関係学的探求の成果と課題[藤美帆(広島修道大学)]
第4章 関係性の談話分析――朝鮮半島発祥の芸能従事者のインタビュー場面の分析から[猿橋順子(青山学院大学)]
第5章 エスノグラフィック・アプローチを超えて――ブラジル移民短歌にみる日系文化の「見える化」とグローバル・ヒストリー[金本伊津子(桃山学院大学)]
第6章 異文化滞在者の健康心理学的支援としての異文化間食育の提案[田中共子(岡山大学)]
第7章 仲介者として緩くつながる地域日本語活動――「サードプレイス」における多文化協働[松永典子(九州大学)]
第Ⅲ部 未来へ拓く――多文化関係学の潜在力
多文化関係学の新たな方向性を探る[河野秀樹(目白大学)]
第8章 多文化社会の対話的成り立ち――両義・多声的ラップのリリック内容分析を通して[出口朋美(近畿大学)、小坂貴志(神田外語大学)]
第9章 人間・家畜・自然の関わり合いから生成される文化――アンデス高地で家畜とともに生きる人々から学ぶ[鳥塚あゆち(関西外国語大学)]
第10章 「裂け目」が喚起するもの――翻訳理論と戯曲『人類館』の事例から[吉田直子(法政大学)]
第11章 文化神経科学の視座から見た文化と個人との関係[叶尤奇(神田外語大学)、根橋玲子(明治大学)、中原裕之(理化学研究所)]
第12章 文化を知り 伝え むすび 超える身体――文化的枠組み生成と共創についての身体論的視座からの考察[河野秀樹(目白大学)]
終章 これからの多文化関係学――独自理論の構築に向けて[田崎勝也(青山学院大学)]
執筆者紹介
前書きなど
はじめに
(…前略…)
本書の主な目的は二つある。第一に、学会創設10周年記念出版時から10年の社会文化的コンテクストの変遷をふまえつつ、その書で提起された多文化関係学的研究・教育の展開・発展に向けた課題に応答をすることである。上述の『多文化社会日本の課題――多文化関係学からのアプローチ』の出版からのこの10年間は、国内外の社会生活に大きな変化があった。例を挙げるならば、2010年代、日本は東日本大震災に見舞われ、「科学」的知識やその担い手である専門家の信頼性が揺らぐことになった。他方で、研究が社会的営為であることが(改めて)前景化されるとともに、分野を越えて問題解決を志向する研究連携が多数行われもした。社会的課題の解決を志向する多文化関係学にとっては、その研究意義の文脈が(再)形成される機会となったともいえるだろう。また、世界的な出来事でいえば、スマートフォンの登場と普及、これを背景としたYoutube、Twitter、Facebook、Instagram等のデジタルコンテンツの流行は、コンピューターを介したコミュニケーションの自然化とも呼べる事態を生じさせた。2020年代には、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、さらなるデジタル化の市民生活への浸透が進んでいる。読者諸氏が「(多)文化」をどのように捉えるにせよ、「文化」なるものが、人の営みから生み出されるという点には多くの方が同意するだろう。そうであるならば、2011年に提示された多文化関係学的なアプローチも、上述したような社会的変化を振り返り、再考すべき点があるはずである。
第一の目的に関連した第二の目的は、過去を継承し、現在を理解し、2030年代の多文化関係学的研究・教育を想像/創造する(cf.石井,2011)ための「縁側」の創出である。多文化関係学的研究では視座や方法論の収斂よりも「併存」が重視される(松田,2011)と同時に、その発展には関係者の対話を媒介する共通の場を生み出していくことが求められる。「縁側」は日本家屋における内と外との間に属し、外来の客は完全に家屋に入ることなく腰掛け、世話話をするといった相互関与が発生する場である。それは、ちょっと寄って、腰掛けて、取り止めもない話をする、その取り止めもない話が地域住民の共有するコンテクストを形成し、さらなる対話・理解可能性を高めることにつながる。これは学問的探求においても同様で、異なる学問分野がそれぞれの立場を尊重し、互いが関与することを促す場があれば、学問的な知は、創造的なものとなり、さらに豊かなものになるのではないか。人類が直面している複雑な諸問題に対応するため、「統合知」(cf.石井編,2022,p.40)が必要とされている。そのような知を生み出すために、複数の知が横断的に関わり合うことが求められている。多様な学問分野を背景とする研究・教育・実践者が関与し、視座や方法論の多元性を担保したうえでの知の創出を目指す多文化関係学にも同じことがいえる。そしてその実現に向けて多様なアクターが関わり合う「縁側」を必要としている。多様な関心、アプローチ、方法間の「縁側」としての多文化関係学を遂行的に示し、かつ、多文化関係に心を寄せる方々が訪れ、(収載された論考)と対話し、新たなアイディアを想像/創造し、自らの研究・教育・実践へと帰っていく、「縁側」としての書籍を目指して、本書は編まれた。
(…後略…)