目次
巻頭言[五石敬路]
第Ⅰ部 理論と歴史
第1章 日中韓における貧困と社会政[ノ・デミョン・王春光・五石敬路(訳:五石敬路)]
はじめに
1.コロナショックと東アジア
2.日中韓の経済成長と課題
2.1 工業化、脱工業化、第四次産業革命
2.2 高齢化の衝撃
3.三カ国の社会保障制度における発展経路の違い
3.1 東アジア的福祉制度の言説を超えて
3.2 日中韓の社会保障制度を比較する
4.本書の構成と主な内容
4.1 理論と歴史
4.2 事実・分析
4.3 制度・政策
4.4 貧困問題における現在の課題分析
まとめ
第2章 中国農村部における貧困問題の設定と反貧困の実践に関する理論的・政策的考察[王春光(訳:劉佳)]
はじめに
1.多次元的な貧困と社会文化性
2.貧困の公共性と貧困対策の合法性
3.貧困問題と貧困対策の実践
4.貧困の構造と政策の選択
5.未来に向けた農村の貧困対策と農村の振興
第3章 早熟な脱工業化と社会政策への影響[五石敬路]
はじめに
1.早熟な脱工業化は実際に起きているか
1.1 輸出指導型経済成長の意味
1.2 早熟な脱工業化の検証
2.社会政策への影響
2.1 社会支出への影響
2.2 所得再分配効果への影響
3.早熟な脱工業化が社会政策に影響を与えるメカニズム
3.1 産業構造の転換と社会政策
3.2 労働市場と社会保険の二重構造
3.3 脱工業化時代における社会政策の特徴
おわりに
第Ⅱ部 事実・分析
第4章 韓国の所得貧困とその争点[イ・ヒョンジュ(訳:湯山篤)]
はじめに
1.所得の貧困の測定
1.1 政府の所得貧困線
1.2 所得分配を分析するための公式資料
2.所得貧困の現況
3.所得貧困の限界と調整可処分所得の活用
第5章 中国における相対的貧困と都市・農村格差――相対的貧困から見た所得分配[孙婧芳(訳:劉佳)]
はじめに
1.中国における都市と農村の貧困削減政策の差異
1.1 貧困人口は農村に集中
1.2 都市部の貧困問題が次第に露呈
2.中国の相対的貧困と都市農村格差
2.1 中国における相対的貧困の変化
2.2 相対的貧困の都市と農村の差異
2.3 韓国の相対的貧困率との比較
3.中国の貧困人口の特徴
結論
第6章 日中韓における家族形態と貧困[四方理人]
はじめに
1.相対的貧困率の測定
2.家族形態と貧困率
2.1 子ども(0~19歳)の家族形態と貧困率
2.2 若年層(20~34歳)の家族形態と貧困率
2.3 壮年期(35~64歳)の家族形態と貧困率
2.4 前期高齢者(65~74歳)の家族形態と貧困率
2.5 後期高齢者(75歳以上)の家族形態と貧困率
終わりに:東アジアの家族と貧困
第Ⅲ部 制度・政策
第7章 韓国の貧困政策[キム・ヒョンギョン(訳:松下茉那)]
はじめに
1.韓国の主要貧困政策
1.1 国民基礎生活保障制度
1.2 勤労貧困政策
2.韓国貧困政策の成果と課題
結論
第8章 中国における社会政策と農村の貧困削減[方倩・李秉勤(訳:五石敬路)]
はじめに
1.ステージ1(1949~1977):国全体に広がる貧困
1.1 政策シナジーのタイプ1:国家開発目標における社会政策
1.2 政策シナジーのタイプ2:政策におけるセクター間のシナジー
1.3 政策シナジーのタイプ3:同じ政策領域におけるシナジー
1.4 政策のシナジー効果と農村の貧困削減における社会政策の役割
2.ステージ2(1978~1985):市場化と農村の貧困削減
2.1 政策シナジーのタイプ1:国家開発目標における社会政策
2.2 政策のシナジー効果と農村の貧困削減における社会政策の役割
3.ステージ3(1986~2000):県における地域の貧困削減
3.1 政策シナジーのタイプ1:国家開発目標における社会政策
3.2 政策シナジーのタイプ2:政策におけるセクター間のシナジー
3.3 政策シナジーのタイプ3:同じ政策領域におけるシナジー
3.4 政策のシナジー効果と農村の貧困削減における社会政策の役割
4.ステージ4(2001~2010):村レベルでの地域的な貧困の削減
4.1 政策シナジーのタイプ1:国家開発目標における社会政策
4.2 政策シナジーのタイプ2:政策におけるセクター間のシナジー
4.3 政策シナジーのタイプ3:同じ政策領域におけるシナジー
4.4 政策のシナジー効果と農村の貧困削減における社会政策の役割
5.ステージ5(2011~2020):正確な貧困削減
5.1 政策シナジーのタイプ1:国家開発目標における社会政策
5.2 政策シナジーのタイプ2:政策におけるセクター間のシナジー
5.3 政策シナジーのタイプ3:同じ政策領域におけるシナジー
5.4 政策のシナジー効果と農村の貧困削減における社会政策の役割
おわりに
第9章 日本の公的扶助制度および貧困対策――韓国との制度比較を交えて[湯山篤]
はじめに
1.東アジアの福祉
1.1 東アジアの福祉とは?
1.2 東アジアの福祉の現在
1.3 経済危機のショック、政権交代の影響、市民団体の要求
1.4 過去の形態の残る制度変化
2.日本の公的扶助の特徴
2.1 統合給付
2.2 先進的な法律
2.3 厳しい受給条件、低い受給率
2.4 比較的寛大な給付水準
おわりに
第Ⅳ部 現在の課題分析
第10章 韓国における高齢者の貧困と老後所得保障診断と課題[ノ・デミョン(訳:湯山篤)]
はじめに
1.高齢者の貧困の現状
2.高齢者の貧困率の上昇の背景と原因
2.1 高齢者世帯と成人した子の間の世帯分離の増加
2.2 公的移転所得の増加と私的移転所得の減少の相殺効果
2.3 高齢者の経済活動と不安定雇用の拡散
3.老後所得保障の実態と問題点
3.1 公的年金
3.2 基礎年金
3.3 国民基礎生活保障
3.4 総合的な所得保障の効果
おわりに
第11章 日本における高齢者の貧困と所得保障政策[四方理人]
はじめに:日本の高齢者における貧困率
1.日本の公的年金制度
2.生活保護制度と高齢者
3.所得保障政策による高齢者の貧困削減効果の推移
おわりに
第12章 多次元的な子どもの貧困の現況と課題[リュ・ジョンヒ(訳:河昇彬)]
はじめに
1.子どもの貧困率から見た韓国の子どもの貧困の現状
1.1 子どもの貧困率
1.2 国際比較を通じて見える韓国の子どもの貧困の現状
2.多次元的な子どもの貧困の実態
2.1 多次元的な子どもの貧困測定に関する方法論の検討
2.2 子どもの多次元的な重複剥奪に関する分析の必要性
2.3 子どもの多次元的な重複剥奪分析方法
2.4 多次元的な重複剥奪分析の結果
おわりに
第13章 都市部の低所得者向け住宅政策問題の考察[王晶(訳:孫応霞)]
1.研究背景と問題提起
2.都市貧困層における住宅政策の構造的な問題
2.1 市場化の弊害と住宅政策の社会的目的からの乖離
2.2 地方分権ガバナンスと公共住宅の供給不足
2.3 労働力の不足がもたらす政策の転換
3.さらなる検討課題
第14章 住まいの貧困から見る日本の住宅政策[佐藤和宏]
はじめに
1.住宅政策と住まいの貧困の捉え方
1.1 社会政策としての住宅政策の諸特徴
1.2 住まいの貧困の捉え方
2.日本型住宅政策の特徴
2.1 戦後住宅政策の展開
2.2 国際比較から見る日本の住宅政策の特徴
3.住まいの貧困の現れ
3.1 ホームレス
3.2 アクセシビリティ
3.3 アフォーダビリティ
4.貧困対策としての住宅政策
4.1 生活保護(住宅扶助)
4.2 無料低額宿泊所
4.3 生活困窮者自立支援法(住居確保給付金)
4.4 公営住宅
4.5 改正住宅セーフティネット法
5.今後の課題
5.1 本章で明らかにしたこと
5.2 求められる理念と全体像の把握
5.3 社会保障体系と居住問題への対応
第15章 正規と非正規:就業形態が農民工のワーキングプアに与える影響――8都市での実証データから[李振刚・张建宝(訳:孫応霞)]
はじめに
1.先行研究の検討と仮説
1.1 非正規就労の定義とその社会経済的な効果について
1.2 ワーキングプアの定義とそれに影響する要因
2.データ、変数と方法
2.1 データソース
2.2 変数の設定
2.3 分析方法
3.結果
3.1 記述分析
3.2 回帰分析
結論と提言
前書きなど
第1章 日中韓における貧困と社会政[ノ・デミョン・王春光・五石敬路(訳:五石敬路)]
はじめに
本書は、日本、中国、韓国における社会保障分野の専門家が、2016年から2020年までの五年間、東アジアの貧困問題について行った共同研究の成果をまとめたものである。この共同研究を始めた最初の動機は、三カ国の研究者が各国の貧困状況や貧困政策を理解する必要性を認めたからである。というのは、三カ国が非常に歴史的にも地理的にも近接しているにもかかわらず、社会政策面での学術交流があまり活発とはいえず、それぞれの国の社会政策の導入や発展の背景を理解することが容易ではなかった。
まず、われわれは、日中韓における貧困問題を研究するにあたって、各国の貧困問題がどのような特徴を持っているのかを理解することから始めた。三カ国で貧困問題に社会的な関心が寄せられるようになったのは2000年代初頭からである。日本は長期的な経済成長の過程で貧困問題の解決に成功したが、2000年代半ば以降、ワーキングプアの問題が深刻化し、問題解決のために様々な政策手段が検討されるようになった。中国も高い経済成長により絶対的貧困率の急激な低下を達成したが、地域間の不均等な発展により農村部と都市部で様々な形態の貧困が発生し始めたため、この問題に注目が集まるようになった。韓国では、1997年における金融危機の影響で労働者の貧困率が上昇するとともに、極めて高い高齢者の貧困率に直面している。日中韓における貧困問題の研究者がそれぞれの国の貧困問題とその関連する政策に注目する必要性を感じたのは、以上のような背景がある。
次に、それぞれの国の貧困政策改革の最近の動向をより正確に把握する必要があった。三カ国は地理的にも近く、歴史的にも多くの交流があり、社会保障の面でも多くの共通点がある。例えば、三カ国の共通点の一つとして、生活保護制度において扶養義務基準が適用されている。また、韓国の貧困政策は、日本の生活保護制度から多大な影響を受けていた。しかし、2000年代以降、韓国と中国の社会保障制度、特に貧困政策は非常に急速に変化した。中国の貧困政策は、地域開発、最低賃金、貧困層の所得保障など、様々な面で大きな変化が見られ、韓国における貧困層の所得保障制度にも大きな変化が見られた。こうした経緯から、日中韓における貧困政策の現状をより正確に把握する必要があると考えたのである。
第三に、われわれは、日中韓における貧困問題や貧困政策について、より客観的な比較研究結果を発表する必要があるという点で意見が一致した。東アジアの福祉レジーム、日中韓における社会保障制度や貧困問題について発表された研究の多くは、古いデータや情報に基づいている。そのため、三カ国の貧困状況や貧困政策を新しいデータに基づき客観的に紹介する必要があると考えた。実際、2000年代半ばまでは、日中韓の研究者が集まってこのような比較研究を行うことは容易ではなかった。これは、関連するデータや政策情報の入手が容易ではなかったことに加え、社会保障分野での学術交流が活発ではなかったためである。しかし、近年、日中韓の貧困に関する国際比較研究が以前よりも容易になってきた。これは、社会保障制度の拡大に伴い、量的・質的データが蓄積されたことによるものと思われる。
日中韓の貧困問題と貧困政策を比較研究することは、類似点に留まらず、相違点を理解する上で大いに役立つだろう。もちろん、西欧の福祉国家と比べれば、東アジア三カ国の貧困問題や貧困政策はより大きな類似性を持っているかもしれない。また、議論によっては、歴史的・地理的な近さからくる文化的特徴、特に儒教的伝統や政治システムの強い影響が強調されることもあるだろう。しかし、このアプローチは、三カ国間の経済的・社会的な違いを過小評価している。実際、三カ国は20世紀後半に異なる政治的、経済的、社会的発展を遂げ、貧困や貧困政策の観点からも多くの違いがある。
したがって、この研究をすすめるにあたり、日中韓における貧困と貧困政策を一つの同じカテゴリーに縛るような性急な類型化は行わないよう注意を払った。むしろ、貧困問題や貧困政策に見られる類似性に影響を与える経済的・社会的環境の違いを理解することに注意を払った。この研究は、あるがままの貧困とあるがままの貧困政策の比較研究を試みていると言えるだろう。