目次
はじめに
1 ウイスキー以前
2 最初の蒸留
3 不屈のアイルランド女性
4 黎明期のスコッチ・ウイスキーと女性たち
5 初期のアメリカ女性
6 客層と初期の客
7 禁酒主義の女性たち
8 禁酒法時代に活躍した女性の密造酒家と密輸人たち
9 禁酒法を廃止に追い込み、ウイスキーを守った女性たち
10 禁酒法廃止後の法を巡る闘い
11 禁酒法廃止後の女性密売人
12 ウイスキーの進歩的な側面
13 ラフロイグの才女
14 現代の女性たち
15 ウイスキーにまつわるさまざまな努力
16 女性のための、女性による
謝辞
訳者あとがき
注釈
文献
著者・訳者紹介
前書きなど
1 ウイスキー以前
ウイスキーと聞けば、人はしばしばシングルモルトのスコッチのような落ちついた藻色からバーボンの深い朽葉色まで、その蠱惑の色彩に想いを巡らす。ウイスキーの色の豊かさは、オーク材のキャスク〔酒樽〕のなかで熟成することによって生み出されるが、その香りは原液の時点から変わらない。ビールあるいは麦汁と呼ばれる原液は、熱湯に浸し発酵させた穀物をすり潰したものから抽出される。発酵した穀物は蒸留されて、瓶に詰められるまで樽のなかで歳月を重ねる。この過程には地域差があるものの、ほぼすべての段階が200年のあいだ変わっていない。三段階蒸留法や蒸気機関が登場するはるか以前、シュメールの女性たちはウイスキーを生み出す第一段階を発明していた。彼女たちはビールを造っていたのである。
女性たちがビールを造っていたことを示すもっとも古い証拠は紀元前4000年の、メソポタミアの楔形文字が刻まれた書字板に存在する。文化人類学者の多くは、当時の女性たちはパンではなくビールを造るために大麦を栽培していたものと考えている。高名なアッシリア学者のA・レオ・オッペンハイムは1950年、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する書字板について、ビールの製造に関わる160の単語が確認できると発表した。「醸造は女神の庇護を受けて、女神によって社会的な承認が与えられていたメソポタミアだけに見られる仕事であった。このことは神殿にある二つの女像、ニンカシとシリスより明らかである」とオッペンハイムは書いている。
(…後略…)