目次
はじめに
第1部 国家と移民、エスニシティ
1 人の移動とマイノリティに関する国際法[中坂恵美子]
1.2020年の経験
2.外国人の入国規制に関する国家の権限
3.条約による受入れ義務
4.ネーション、エスニシティ、人種
5.マイノリティの権利
2 移動民の側から世界をみる――「周辺」としていた土地や人を理解するためのフィールドワーク[新原道信]
1.「周辺」の問題?
2.社会学は「周辺」からの「人の移動」をどう理解してきたのか?
3.「周辺地域」についてのイメージは?
4.「周辺の人」についてのイメージは? どうして旅立つ(移動する)のか? 何を感じているのか?
5.ヨーロッパとイタリアの「周辺」?
6.さらなる「周辺」としてのサルデーニャ? 「難民」の街サッサリ?
7.移動民がみる世界
8.他者の背景(roots and routes)、その意味を識る旅へ
第2部 世界の移民とエスニシティ
3 フランスの移民と教育課題[池田賢市]
1.フランスにおける「移民」の定義
2.フランス的「統合」原理
3.前提としての「公私の峻別」
4.学校制度の概観
5.移民の子どもを対象とした教育政策の変遷
6.宗教をめぐる課題
7.「スカーフ禁止法」の問題点
8.教育課題と共和国原理とのズレ
4 ドイツ史のなかの人の移動――「難民」がつなぐ歴史と現在[川喜田敦子]
1.ヨーロッパの「難民危機」とドイツ
2.ドイツ史のなかの人の移動
3.ナチ体制下の民族移住政策
4.ドイツ系住民の「追放」
5.基本法と庇護権
6.冷戦下の越境者たち
7.現代ドイツの難民と庇護申請
8.難民がつなぐ歴史と現在
5 人の移動がつくったアメリカ合衆国――人種とジェンダーの視点から[松本悠子]
1.「人の移動」がつくったアメリカ合衆国
2.「黄金の扉」
3.人の移動と人種認識
4.帰化不能外人
5.エスニシティとジェンダー
6.現代アメリカにおける移民の流入
7.人の移動と「他者化」
6 変容する「中国」の多様性と複雑性[及川淳子]
1.「中国」について学ぶための視座
2.「中国」と「中国人」
3.「中国語」と「中国文学」
4.変容する「中国」と移動する人々
5.変容する「中国」
Column 中国雲南のムスリム――共生の作法[首藤明和]
Column 多様性と複雑さの中の東南アジア[高橋宏明]
7 イスラーム圏とエスニシティ[松田俊道]
1.イスラームとエスニシティの問題
2.イスラームの伝統
3.前近代のイスラーム社会における人の移動
4.結び
Column アフリカ大陸――今日も人々は国境を越える[片柳真理]
第3部 日本の歴史と現在
8 DNAからみた人の移動――日本人はどこから来たか[篠田謙一]
1.自然界における人間の地位
2.ホモ・サピエンスの誕生と世界展開
3.人種・民族・地域集団
4.日本人の起源をどうとらえるか
5.DNA・遺伝子・ゲノム、人類の起源を知る方法
6.従来の日本人起源論
7.DNAからみた現代日本人
8.縄文人のDNA
9.弥生人のDNA
10.「日本人」の現在と未来
9 日本からの海外移住の歴史[中坂恵美子]
1.概観
2.日本の出移民政策
3.ハワイ――プランテーション農場での契約労働
4.ブラジル――出稼ぎ、拓殖、定住、戦争、デカセギ
5.「満蒙開拓移民」
6.過去を知り現在を考える
Column 南洋群島の移民と文学――石川達三・中島敦[山下真史]
10 在日コリアンの歴史と今[大田美和]
1.在日コリアンとの出会い
2.近現代史と在日コリアン
3.在日コリアンの基礎知識
4.ヘイトスピーチと在日――黄英治の小説『前夜』と朴昌浩の手記
5.在日コリアンと日本人――細田傳造の詩「おかし」
Column 「日本」という国家の創造と「国史」[宮間純一]
11 日本の入管法と諸問題[杉田昌平]
1.出入国の基本法としての入管法
2.内外人一本法としての入管法
3.入管法以外の出入国関係法令
4.在留資格とは
5.国境を越えた労働力の移動と入管法
6.日本の将来と入管法
Column 社会的カテゴリーとアイデンティティ――日系人の実態[小嶋茂]
第4部 現代社会にどう向かい合うか
12 都市・演劇・移動[高山明]
1.アテネのディオニュソス劇場
2.リヒャルト・ワーグナーのバイロイト祝祭劇場
3.ニュルンベルクのナチ党党大会
4.〈ヨーロピアン・シンクベルト〉
5.〈マクドナルドラジオ大学〉
Column 「お買い物」で知る移民の文化――ブルックリン子ども博物館のプログラム[横山佐紀]
13 多文化共生のための教育――多様性の尊重と社会正義の実現にむけて[森茂岳雄]
1.トランスナショナルな人の移動と日本社会の多文化化
2.課題としての「多文化共生」
3.文化的多様性に開かれた学校づくり
4.多文化学校づくりの8つの特性――多文化教育に学ぶ
5.多文化共生に向けた授業実践――異己理解共生授業プロジェクトの実践から
6.多文化共生時代の教育課題――社会正義のための教育にむけて
おわりに
索引
執筆者紹介
前書きなど
はじめに
今日では、インターネットによって多くの情報が容易に入手できるようになった。その反面、サイバーカスケードという新たな問題も生じている。すなわち、自分と同じ考え方をもつ人のツイッターのフォローや、Webのアクセス履歴をもとに表示される行動ターゲティング広告によって、個人が手にする記事や情報は偏ったものとなりがちである。移民や難民の問題については、リアルな社会生活の中や出版やテレビなどの従来型のメディアでは、一般的には耳にすることがないような過激な発言もネット上では流布することがあり、読む側は手にしている情報の偏りについては常に注意を払うことが必要である。
他者と共生する社会をつくるために欠かせない一つの要素は、多様な視角の存在を理解することである。互いの考えを一致させることは不可能であっても、異なる意見の背後に何があるのかを考える必要はあるだろう。自分にはみえていないものが他者にはみえているかもしれないし、自分が経験していない出来事が、他者の考えを生み出しているかもしれない。このことは、国籍や民族という違いがなくてもありうることで、たとえば、世代や性的指向なども考え方や行動の違いをもたらす。それでも、やはり、人と人を隔てるものとして、国境ほど高い壁はないであろうし、それを越えてきた他者との共生は、今を生きる私たちが取り組むべき重要な課題だ。その課題に向き合うために、一冊の本として複数の視角を提供しようと試みたのが本書である。
本書の特色は、国境を越えた人の移動とエスニシティの問題に対して、異なる学問分野の専門家が、それぞれの知見からアプローチを試みた学際的な書であることだ。人と同じように、学問も境界を越えることは容易ではない。それぞれの学問が専門化していき、研究者は自分の専門領域の中で評価され、生きている。近年では、研究には、しばしば即効的な成果が求められるようになり、多くの研究者は、その意思に反して、自分の領域を越えてまわりを見渡す余裕をなかなかもてなくなっている。そのことは、大学で学ぶような若い人たちにも少なからず影響を与えているかもしれない。
しかし、多角的に考えるべき問題は多くあるだろう。国境を越えた人の移動の問題もその一つである。この本を手に取ってくれたみなさんには、必ずしも自分が求めていたわけではない学問分野の話にも触れてみてほしい。複数の視角を知っておくことは、情報の偏りが生み出す弊害の予防策ともなるだろう。一冊の本が運んでくる偶然で半強制的な出会いも、いつか何かの役に立つかもしれない。
本書の執筆陣の専門は、章の部分では、法学、社会学、教育学、歴史学、文学、DNA人類学、演劇の学問分野にわたっている。さらに、コラムでは、平和構築、移民・移住研究、ミュージアム研究も加わる。その中には、弁護士、演出家・アーティスト、国際公務員、学芸員といった実践的な活動をされている方やその経験者も含まれている。国境を越えた人の移動に関するすべての視角が盛り込まれているわけではないが、学際的な学びの導入のためには十分に多彩な顔ぶれであると思いたい。本書は入門書であるが、もっと出会いを深めたいと思う章があったら、章末の参考文献や巻末の執筆者の著作などをあたってみてほしい。
(…後略…)