目次
はしがき
省略語の意味
第Ⅰ部 総論
第1章 人の移動とEPA
1 グローバリゼーションと国際移動
2 看護人材の国際移動と日本
3 外国人看護師・介護福祉士受け入れのための制度づくり
第2章 先行研究の検討
1 文化接触――心理学的研究の系譜
2 EPA関係の先行研究
第3章 理論枠組みと研究方法
1 理論枠組み
2 本書の問題設定
3 研究方法
第Ⅱ部 候補者時代の日本体験
第4章 日本側施設の受け入れ体制
1 EPA参加理由
2 研修体制
3 勤務形態および待遇
第5章 送り出し側のインドネシアの医療事情
1 EPA1~4陣候補者の育った時代のインドネシア社会
2 インドネシアの看護学校
3 インドネシアの病院
4 公的医療の担い手としてのプスケスマス
5 インドネシアにおける高齢者ケア
6 インドネシアにおける看護師資格付与制度の変遷
第6章 応募から来日・受験まで
1 送り出しのプロセス
2 応募から来日まで
3 就労開始から受験まで
4 受け入れ先と候補者との相性
5 国家試験の合否判明後
第7章 看護師アイデンティティの揺らぎをめぐって
1 職業アイデンティティ・ショックの実相とその生起過程
2 職業アイデンティティ・ショックへの対処方略
第8章 プライベートな時間
1 居住状況
2 滞日中の人間関係――候補者時代
3 日本での宗教実践
4 余暇と旅行
5 ストレスや病気
第9章 母国とのつながり
1 母国とのコミュニケーション――ICT活用は異文化体験をどう変えたか
2 家族への送金
3 一時帰国と家族の訪日
第Ⅱ部の小括と考察
第Ⅲ部 一時滞在者から定住者へ
第10章 国家試験合格後のキャリア
1 合格後の仕事の変化
2 職場の人間関係
3 職場で感じた日イの差異
4 今後のキャリア展望
5 考察
第11章 異文化で暮らす
1 出会いと結婚
2 独身者の生き方
3 日本での家族生活
4 日本での子育て――言語・宗教教育、夫の子育てへの関わり方
5 在外生活における宗教の役割
6 将来の展望
7 考察
第12章 看護師家族の定住と主観的ウェルビーイング――事例研究
1 時間経過と日本体験の変容――事例の提示
2 分析と考察
第Ⅲ部の小括と考察
第Ⅳ部 帰国者たちのその後
第13章 インドネシアで得た看護師・助産師資格を生かす人たち
1 看護師・助産師として就労する
2 看護以外の仕事で看護師資格を生かして就労する
3 看護師資格を日系クリニックや学校保健室で生かす
4 看護師資格を生かす人の自己再編成とインドネシアのマクロ環境
第14章 日本語を生かす人たち
1 看護師資格保持者が日本語を日系企業で生かす
2 日本語科出身者が日本語を生かす
3 日本語力を生かす人の自己再編成とインドネシアのマクロ環境
第15章 第三の道を選んだ人たち
1 大学院に進んだ帰国者
2 商売に従事する帰国者
3 司書・事務を仕事にする帰国者
4 専業主婦になった帰国者
5 第三の道を選ぶ人の自己再編成とインドネシアのマクロ環境
第16章 介護の専門知識を生かす人たち
1 介護の専門知識を生かして――元介護士の事例
2 インドネシアの介護環境とEPAの技術移転――参与観察から
3 介護の専門知識を生かす人の自己再編成とインドネシアのマクロ環境
第17章 日本とインドネシアの間を往還する人たち
1 日本への再入国――インドネシアの環境に満足しない人たち
2 日本とインドネシアとの往還を理想とする
3 日本とインドネシアを往還する人たちの自己再編成とマクロ環境
第Ⅳ部の小括と考察
第18章 国際移動の文化心理学に向けて
1 国際移動と主観的ウェルビーイング
2 グローバリゼーション下での異文化体験の変容
3 国際移動と家族のライフサイクル
4 インドネシアの若者にとってEPAとは何であったか
5 日本にとってEPAとは何であったか
提言
付録1 インドネシア現地調査一覧
付録2 ベトナム現地調査の概要
付録3 英国における外国人看護師受け入れ
あとがき
引用文献
索引
前書きなど
はしがき
本研究のきっかけとなったのは、2008年6月22日付の日本経済新聞に掲載された小さな記事であった。「インドネシアの看護師・介護福祉士300人受け入れへ」という見出しで、日本とインドネシア両政府の経済連携協定(Economic Partnership Agreement, 以下EPA)に基づきインドネシアで面接が行われたとあった。「インドネシア人が日本の病院や高齢者施設で働くと、どのような問題に直面するのだろうか」という疑問が生まれた。私たちは、インドネシア人は日本に何に期待をしているのか、日本は彼らをどのように迎えるべきか、いかに共生していくことができるかを考えていく必要を感じた。このEPAスキームによるアジア系医療人材は、今後の日本の移民政策の試金石になるかもしれないとも思われた。このような問題意識に立ち、文部科学省の科学研究費を申請し、幸い2009年から2018年にかけて3つの研究助成金の交付を受けることができた。また、本書の刊行は、平成31年度日本学術振興会・科学研究費補助金(研究成果公開促進費・学術図書)、課題番号19HP5184の交付を受けて可能となった。
本書は、EPAにより来日した1陣から4陣のインドネシア人看護師と介護福祉士を10年近く追跡した記録である。彼らが、日本の職場やオフの時間にどのような経験をし、母国とは異なる環境の中で自分をどのように作り変えていったのか(Indonesian selves remade in Japan)、つまり、「私」についての意味をどう再編するのかを検討した。本書は、現象学的アプローチに基づき、あくまで、特定の文化文脈の中にある個人が、自己や状況をどのように認知し、意味付けるかを理解することに重点をおいた。また、個人を取り囲む多層な社会・経済的・文化的状況、すなわち、人間関係(マイクロ次元)、病院・施設・NPOなどの組織(メゾ次元)、EPA制度・国際関係や歴史(マクロ次元)の中で、状況や時間軸により変化する異文化体験の最中にある個々人のあり方に着目している。
(…後略…)