目次
序文
謝辞
頭字語・略語
刊行にあたって
要旨
序章 タイの多角的国家分析――概観
はじめに
第1節 タイの開発史の概要
第2節 タイの将来課題と開発に向けた野心
第3節 タイにおける開発に対する評価と重大制約
3.1 タイの「How’s life?」――OECDの幸福度レンズを通した測定
3.2 持続可能な開発目標(SDGs)における前進
第4節 5Pに関する社会的進歩と課題
4.1 人間――すべての人間のより良い生活に向けて
4.2 繁栄――生産性の向上
4.3 パートナーシップ――持続的な金融開発
4.4 地球――自然の保全
4.5 平和――ガバナンスの強化
第5節 タイにおける開発と求められる移行に対する重大な制約要因
第1章 人間――全ての人間のより良い生活に向けて
はじめに
第1節 一層の包摂的な成長に向けて
1.1 大半の比較対象国と比べ急速な改善のみられない生活水準
1.2 北部、北東部、南部における後れ
第2節 政策上優先される質の高い雇用機会の創出
2.1 対象の明確な改革パッケージによる非公式性の低減
2.2 部分的な労働者保護でしかない最低賃金法制
第3節 一層の社会的保護の改善
3.1 非公式労働者及び極度の社会的弱者へのより良い支援の必要性
3.2 非公式部門の労働者を中心に改善の求められる年金制度
3.3 近代化、高齢化社会への適応を求められる普遍的保健医療制度
3.4 総合医療、予防的健康増進、ICT資源の拡大によるコスト削減と品質の改善
第4節 教育の質の改善
4.1 完全普及に近い基礎教育における品質上の課題
4.2 教育高度化と生涯学習を通した労働市場への適合
第5節 女性を対象とした社会的包摂性の確保
5.1 消極的な女性の政治への参加
5.2 重大な女性への暴力問題
第2章 繁栄――生産性の向上
はじめに
第1節 タイの長期成長目標の実現を支える健全なマクロ経済におけるファンダメンタル
1.1 近年の成長における回復傾向
1.2 インフレ率低減を狙った金融政策
1.3 タイの強大な緩衝力
1.4 一部脆弱分野を抱えながらも健全性を保つタイの金融機関
第2節 タイランド4.0に向けた生産性の向上
2.1 タイランド4.0の鍵を握る労働生産性の改善
2.2 全体論的観点の求められるクラスター開発
2.3 タイにおける付加価値高度化に資するイノベーションの促進
2.4 生産性の向上と社会経済開発促進につながるデジタル経済の推進
2.5 金融、デジタル化、インセンティブの改善を求められる中小企業
2.6 グローバル・バリューチェーンへの参加拡大と地域統合
第3章 パートナーシップ――持続的な金融開発
はじめに
第1節 過去の堅実財政に支えられた健全な財政状態.
1.1 タイの信頼性及び実績の強化に寄与してきた財政透明化
第2節 社会的保護の財源及び財政の持続可能性確保に向けた歳入拡大
2.1 競争力向上に向けた直接税の削減
2.2 追加的歳入増大につながる間接税の拡大
2.3 税制効率と納税意識の向上による税収拡大
第3節 政府支出拡大による開発促進の必要性
3.1 効率性の高いインフラ財源
第4節 より持続可能な保健医療・年金制度
4.1 普遍主義的医療制度に対する支払い
4.2 持続可能性確保のための年金制度改革
第4章 地球――自然の保全
はじめに
第1節 タイの天然資源管理における改善可能性
1.1 旱魃及び洪水に対する水の管理
1.2 タイの生物多様性の豊かさと持続可能な保全・管理
第2節 生活環境の質の確保に残される課題
2.1 悪化傾向の続く大気汚染
2.2 水質改善の必要性
2.3 課題として持ち上がる固形廃棄物の管理
第3節 軽減と適応の求められる気候変動対策
3.1 段階的気候変動軽減努力の必要性
3.2 同様に重要な気候変動への適応
第4節 タイにおける環境統治
4.1 法律及び制度枠組みの近代化
4.2 政策手段の進化
4.3 戦略的環境評価による環境影響評価の補完
第5章 平和――ガバナンスの強化
はじめに
第1節 タイの平和社会実現に向けた前進
第2節 高くとも保持努力の必要な信頼性
第3節 政策立案・執行間での溝縮小の必要性
3.1 長期的観点からの新規計画
3.2 政府アジェンダで優先される国家改革
第4節 政策立案改善に向けたステークホルダー・エンゲージメントとデジタル化
4.1 デジタル政府による解決
第5節 政策執行評価の改善を通じた資源配置の改善
5.1 競争政策拡大及び規制改革推進による効率的市場の促進
5.2 規制影響分析の改善による優れた規制慣行の推進
第6節 汚職によって制約を受ける開発努力
訳者あとがき
前書きなど
訳者あとがき――成熟した国際社会とタイの開発――
本書は、OECD(2018),Multi-dimensional Review of Thailand: Volume 1. Initial Assessment, OECD Development Pathways, OECD Publishing, Paris を全訳したものである。現在、OECDは多角的国家分析(MDCR)として、成長だけでなく様々な観点から開発途上国に対する多角的な分析を進めているが、本書は高齢化の様相を強めながらも2036年の高所得国入りを目標に経済の成長を進めるタイにおける持続可能な開発の実現に向けた取り組みを分析したものである。
成熟化の進んだグローバル社会経済では、新たな比較優位分野への特化を進める先進諸国に対し、共通の社会的展望の下、比較優位の顕在化した分野でのキャッチアップとグローバル・スタンダードの創出によって新興諸国が急速な成長を遂げている。制度創出から着手する新興諸国の場合、課題の明確な時代にGDP拡大に偏った成長を進めてきた先進諸国に対し、自然環境への配慮においても比較優位が与えられている。持続可能な社会では環境に配慮しつつ、金のなる木分野、花形分野、挑戦分野を絶えず確保できなくてはならない。転換期を経たグローバル社会経済において、先進国では三分野間のバランスが図られ、また新興国では成長の遅れている国程、金のなる木分野側に重心が置かれている。新興諸国では先進国からの支援の下、労働集約的分野から技術・資本集約性を漸次的に高めつつ、世界の工場となり稼いだキャッシュが挑戦分野、花形分野に投じられていく。現今の米中間の貿易紛争は、先進国、新興国間での新規比較優位分野への資源シフト過程における現象であり、新興諸国における製品差別化国際分業水平化過程での花形分野、挑戦分野における新規比較優位の創出とも連動している。そうした国際関係の中で、タイは、中心国の罠を克服する過程で、先進国を起点としたバリューチェーンを活用し、より技術・資本集約的分野での比較優位を獲得しつつ、タイを起点としたバリューチェーンを高度化することでASEANのイノベーション・ハブとしての役割を担っていくことになる1。2015年11月には、タイランド4.0の下、第1次S字カーブ産業、新S字カーブ産業として優先的に開発に着手する産業群が選定されている。両産業を中心に漸次的に新規比較優位分野が確立され、先進国化への途を着実に進んでいくことが期待される。
(…後略…)