目次
韓日文化交流の懸け橋に[孫鍾植(駐福岡大韓民国総領事)]
はじめに
福岡のなかの朝鮮文化
福岡紀行 ◆明成皇后(閔妃)暗殺にかかわる史跡、福岡に二つ
福岡編【概論】
(1)鉄の文化、元岡遺跡と「たたら」
(2)新羅と日本、意外と深いつながりあり
(3)邪馬台国論争、初めに筑後・山門説あり
(4)元寇がむすぶ、博多と馬山
(5)福岡に来た、高麗の鄭夢周
(6)李退渓で結ばれた、南漢山と正行寺
(7)臨海君の子が、福岡で住職に
(8)博多の豪商、町づくりにも貢献
(9)朝鮮地蔵と貝原益軒、亀井南冥の墓
(10)港のにぎわい、津屋崎千軒
(11)博多祇園山笠の「清道旗」と朝鮮通信使
(12)朝鮮通信使と福岡藩
(13)相島へ、福岡藩の儒学者ら続々と
(14)もてなしに心砕く
(15)明成皇后(閔妃)暗殺事件の「謎」
(16)福岡刑務所で亡くなった尹東柱
(17)韓国農業に尽くした、八女出身の高橋昇
【福岡と朝鮮メモ】
佐賀のなかの朝鮮文化
佐賀紀行 ◆少女の日記『にあんちゃん』の地を訪ねて
◆有田に李参平の足跡をたどる
佐賀編【概論】
(1)邪馬台国への道、末盧国
(2)稲作伝来の道と支石墓
(3)王仁を通し、交流深める神埼市と霊岩郡
(4)元寇、松浦党奮戦も行賞に不満……倭寇へ
(5)呼子の「影」―朝鮮を泣かせた倭寇の拠点
(6)「唐人町」の由来
(7)対馬藩領、薬のまち田代
(8)唐人町と鏡圓寺
(9)佐賀で生涯終えた書家、洪浩然
(10)有田に、百婆仙の像が
(11)蓮池藩主に連行された朝鮮人医師、鄭竹塢
(12)多久と草場珮川
(13)光明寺に「韓国人傷病没者之霊位」
【佐賀と朝鮮メモ】
長崎のなかの朝鮮文化
長崎紀行 ◆平戸と朝鮮。小麦様、三川内焼……
長崎編【概論】
(1)対馬の古代から近世まで
(2)中世の日朝関係
(3)波佐見焼の陶祖に“会う”
(4)対馬藩の外交官、雨森芳洲
(5)大村に、朝鮮人殉教者
(6)日本の大きな画期、日本海海戦
(7)崔益鉉は、対馬で断食死した?
(8)新聞小説家、半井桃水
(9)朝鮮王朝最後の王女、徳恵翁主
(10)「殉教顕彰碑」と高麗橋
(11)軍艦島、強制労働はなかった?
(12)壱岐・芦辺湾で起きた朝鮮帰国船遭難事故
【長崎と朝鮮メモ】
熊本のなかの朝鮮文化
熊本紀行 ◆輝け! 熊本と韓国の「懸け橋」、大塚退野
熊本編【概論】
(1)鞠智城、百済滅亡後の防備に
(2)人吉「唐人町」の由来
(3)熊本に連行された朝鮮人
(4)熊本銘菓「朝鮮飴」、醤油「蔚山」
(5)「清正公」の威光まぶしく
(6)肥後国学の祖、高本紫溟
(7)靖国神社内に、かつて「北関大捷碑」が
(8)小西行長と「おたあ・ジュリア」
(9)渡瀬常吉、植民地時代の朝鮮で布教活動
(10)ぶれる徳富蘇峰、一貫した蘆花。対照的な兄弟
【熊本と朝鮮メモ】
大分のなかの朝鮮文化
大分紀行 ◆「豊の国」と朝鮮。宇佐八幡宮と朝鮮鐘
◆廣瀬久兵衛、最後の朝鮮通信使で接待
大分編【概論】
(1)秦王国の一角占める
(2)豊国と香春。その名の由来は?
(3)比売語曾神社のある姫島
(4)長者伝説が結ぶ、豊後大野市と韓国・益山
(5)毛谷村六助と論介
(6)気になる豊後街道と城下町・竹田
(7)秀吉の朝鮮侵略に従軍した僧侶
(8)「用の美」小鹿田焼
(9)福沢諭吉と朝鮮
(10)日本人街が残る木浦に、佐賀関の影
(11)巨済島で思わぬ出会い
(12)朝鮮に尽くした若松兎三郎
(13)韓国女性と結婚した牧師、澤正彦
【大分と朝鮮メモ】
宮崎のなかの朝鮮文化
宮崎紀行 ◆南郷村はいま。郷土の誇り「西の正倉院」
宮崎編【概論】
(1)天孫降臨の地は、高千穂ばかりではない
(2)古代日向と朝鮮。その結びつきは……
(3)城下町・飫肥、歴史の「光と影」まざまざ
(4)ホジュンと若山牧水、そして珍島
(5)好太王碑と酒匂景信
(6)「孤児の父」石井十次の故郷、高鍋へ
(7)土産文化…都城の高麗餅
【宮崎と朝鮮メモ】
鹿児島のなかの朝鮮文化
鹿児島紀行 ◆沈壽官、東郷茂徳…薩摩焼の里、美山を歩く
◆苗代川。望郷の丘…朝鮮陶工へ思い馳せ
◆新羅の花郎が、大隅地方にあった
鹿児島編【概論】
(1)百済に帰化し、高官となった日羅
(2)隼人の反乱
(3)明国人医師、秀吉の侵攻阻止に動く
(4)島津義弘、朝鮮陶工を連行
(5)ハングルで書かれた墓
(6)薩摩に朝鮮の風俗あり。玉山宮祭祀、朝鮮通詞…
(7)樟脳、薩摩藩の特産品に
(8)西郷隆盛は征韓論でなく、親韓論
(9)知覧特攻基地と映画『ホタル』
【鹿児島と朝鮮メモ】
沖縄のなかの朝鮮文化
沖縄紀行 ◆沖縄に「朝鮮」の文字は……
沖縄編【概論】
(1)三山が覇権を競った時代
(2)琉球に来た外交官・李芸と朝鮮の漂着民
(3)琉球と朝鮮、似た食文化も
(4)「海の王国」琉球は、政教一致の国
(5)琉球陶法の根幹に朝鮮あり
(6)那覇港の迎恩亭と天使館
(7)琉球の海上貿易に陰り
(8)秀吉の野望、琉球にも影響
(9)洪吉童が八重山の英雄になった?!
(10)琉球使節は、朝鮮通信使に劣らぬ待遇
(11)柳宗悦と沖縄方言論争
(12)沖縄戦、朝鮮半島出身者も犠牲に
(13)読谷村に「恨之碑」、朝鮮人軍夫の歴史刻む
【沖縄と朝鮮メモ】
金達寿の畢生の書、古代史学会を揺るがす
「令和」で脚光! 万葉集、太宰府。渡来人・憶良にも光を
あとがき 「近くて近い」日韓関係を願い
前書きなど
あとがき 「近くて近い」日韓関係を願い
(…前略…)
もう15年ほど前に、『九州のなかの朝鮮――歩いて知る朝鮮と日本の歴史』(明石書店)を私が編著者になって刊行したが、やっと売り切れて絶版となった。その続編を出したいという思いが膨らんだ。
絶版になった『九州のなかの朝鮮』に比べて、九州・沖縄を細かく探索し、バランスを持たせたのが、この続編ともいえる『九州のなかの朝鮮文化』である。足元の歴史文化を見直し、日韓交流に寄与できる本になれば、と考えている。
書こうと意欲を起こさせてくれたのは、『日本のなかの朝鮮文化』の在日作家・金達寿、『街道をゆく』の司馬遼太郎、歩く巨人といわれた民俗学者・宮本常一である。3人に刺激を受けたのは、現場主義である。現地を歩くことによって開ける世界がある。これが励みとなった。
(…後略…)