目次
はじめに
Ⅰ ウクライナのシンボルと風景
第1章 「ウクライナ」とは何か――国名の由来とその解釈
第2章 青と黄のシンボリカ――ウクライナの国旗・国章・国歌
第3章 多様な自然環境――森林、ステップ、そして海
第4章 高い科学と技術の水準――スキタイからITまで
第5章 世界史の舞台としてのウクライナ――交流と紛争の舞台裏
第6章 「森の都」キエフとドニプロ川――「ルーシ諸都市の母」はいかにして生まれたか
第7章 多様で錯綜した西ウクライナ――ハリチナー、ザカルパッチャ、ブコヴィナ
第8章 ウクライナ文化揺籃の地となった北東部――シーヴェルシチナ・スロボジャンシチナ・ポルタウシチナ
第9章 ドンバス地域――政治・経済変動の震源地
【コラム1】帝政ロシア時代のイギリス資本によるドンバス開発――炭鉱と軍需産業のルーツ
第10章 クリミア――変転極まりない歴史
第11章 オデッサ――「黒海の真珠」の光と影
Ⅱ ウクライナの民族・言語・宗教
第12章 民族・言語構成――スラヴ、ゲルマン、ロマンスからテュルクまで
第13章 ウクライナ人――その人類学的素描
第14章 ロシアにとってのウクライナ――西欧に近いエキゾチックな辺境
第15章 ウクライナにおけるポーランド人――支配者からマイノリティに転換した1000年
第16章 ウクライナとユダヤ人の古くて新しい関係――恩讐の彼方に
第17章 ウクライナ語、ロシア語、スールジク――進展するウクライナ語の国語化
♯ウクライナ語の簡易表現♯
第18章 ウクライナ、ルシン、レムコの多層的な関係――国家の隙間に生きる人々と言葉
第19章 三つの正教会と東方典礼教会――交錯するキリスト教世界
第20章 ウクライナ人ディアスポラ――遠い祖国への熱き想い
Ⅲ ウクライナの歴史
第21章 スキタイ――黄金に魅せられた騎馬民族
第22章 キエフ・ルーシとビザンツ帝国――ウクライナの前史
第23章 コサックとウクライナ――ウクライナ独立を求める戦いの始まり
【コラム2】コサックの伝統・文化――ウクライナ人はコサックの一族?
第24章 リトアニア・ポーランドによる支配――大国の狭間における自主の萌芽
第25章 ロシア帝国下のウクライナ――「小ロシア人」から「ウクライナ人」へ
第26章 ハプスブルク帝国下のウクライナ――多民族国家の縮図ガリツィア
第27章 第一次世界大戦とロシア革命――帝国の崩壊と独立闘争
第28章 大飢饉「ホロドモール」――ウクライナを「慟哭の大地」と化した「過酷な収穫」
第29章 第二次世界大戦とウクライナ――「流血の大地」を生んだ7年間
第30章 シベリア抑留とウクライナ――ユーラシア大陸を横断した日本人捕虜
第31章 ソ連体制下のウクライナ――雌伏の時を経て独立へ
第32章 あの人もウクライナ出身――文学者、芸術家、政治家
Ⅳ ウクライナの芸術と文化
第33章 国民詩人タラス・シェフチェンコ――ウクライナ民族の魂
第34章 ウクライナを愛した女性たち――民族と国家のはざまで
第35章 現代文学――現在ウクライナで読まれているジャンルや作品
第36章 ロシア文学とウクライナ――言語、民族、トポスの錯綜
【コラム3】レーピン絵画の中のシェフチェンコ――ウクライナに共感したロシア知識人たち
第37章 ウクライナの祝祭日――伝統の復活と変わりゆく伝統
第38章 伝統工芸の復活――ピーサンキとウクライナ刺繍
【コラム4】ゲルダン――ウクライナの衣装を彩るビーズ細工
第39章 ウクライナ料理へのいざない――ボルシチはロシア料理にあらず
第40章 サブカルチャー、ポップカルチャー――若者文化とアイデンティティの探求
第41章 映画の中のウクライナ――オデッサの階段、ひまわり畑、愛のトンネル
第42章 現代ウクライナにおける日本文化の受容――ステレオタイプを超えて
【コラム5】ウクライナにおける日本語教育事情――学習者の多様化と今後の課題
第43章 ウクライナのスポーツ事情――ブブカ、シェフチェンコ以外の有名選手は
第44章 傷だらけのウクライナ・サッカー――深刻な財政難と客離れ
第45章 ウクライナ観光の見所と魅力――世界遺産からチェルノブイリまで
Ⅴ 現代ウクライナの諸問題
第46章 独立ウクライナの歩みの概観――東西の狭間で苦悩
第47章 ウクライナの憲法・国家体制――大統領・議会・内閣・地域
第48章 オレンジ革命――ウクライナ民主化の夜明け
第49章 ユーロマイダン革命(尊厳の革命)――「脱露入欧」の夢と現実
第50章 ドンバス紛争――「ドンバス人民の自衛」か「ロシアの侵略」か
第51章 ウクライナとクリミア――ロシアによる併合に至る前史と底流
第52章 ユーロマイダン革命とクリミア――内部から見たクリミア併合の真相
第53章 ウクライナ経済の軌跡――荒波に翻弄され乱高下
第54章 ウクライナの産業と企業――変わらぬオリガルヒ支配
第55章 ウクライナのエネルギー事情――市場改革と対ロ依存の狭間で
第56章 今日のウクライナ社会――生活水準が欧州最低レベルに落ち込む
【コラム6】今日のウクライナの世相――闇の中を彷徨うウクライナ
第57章 チェルノブイリ原子力発電所事故――放射能汚染と健康被害の実態
【コラム7】チェルノブイリを観光する――ユートピアとダークツーリズム
第58章 ウクライナの軍需産業――中国や北朝鮮との繋がりも
第59章 ウクライナの軍事力――紛争に直面し整備が急務に
第60章 ウクライナの欧州統合――ウクライナの国造りに向けた戦略
第61章 ウクライナ・ポーランド関係――歴史問題に揺れる両国
第62章 ウクライナとNATO――遠い加盟への道のり
第63章 ウクライナの対ロシア関係――深まる一方の不毛な対立
第64章 日本とウクライナの外交関係――基本的価値の共有からさらなる関係強化へ
第65章 日本とウクライナの経済関係――乗用車輸出が最大のビジネス
おわりに
ウクライナを知るための参考文献
地名・人名索引
前書きなど
はじめに
(…前略…)
例えば、ウクライナは多民族・多言語国家であり、国家安泰のためには、そこに住まう様々な民族・言語集団同士の融和的関係の構築が必要不可欠です。実際問題として、2014年のロシアによるクリミア「併合」も、現在までウクライナ政府と親ロ派武装勢力との間で続いているドンバス内戦も、大局的には民族・言語問題の解決を抜きにしては語れません。グローバル化が進む現代、日本国内においても多文化共生の実践が求められる機会が増えていますが、ウクライナの歴史的経験は私たちに、民族とは何か、言語とは何かを考えるための貴重なヒントを、きっと与えてくれるはずです。
また、ウクライナが「世界史の中で長らく独立を果たすことができなかった」という側面も、日本の私たちに対する重要な問いかけを含んでいます。日本が独立国家であるということ、(いくつかの領土問題は抱えていても)明確な国境を有するということは、島嶼国日本の私たちにとってあたかも自明の理のように思われますが、大陸における列強の狭間に生きたウクライナの人々にとって、いわゆるウクライナ平原にウクライナという国が存在することは、過去の歴史を振り返る限り、決して自明の理ではありませんでした。国や民族、言語や文化とは、どのような力学の上に成立するものなのか、ウクライナの来し方と現在はその血肉をもって物語ってくれているように思えます。
加えて、チェルノブイリ原発事故の起こったウクライナは、2011年の東日本大震災と福島原発事故を経験した私たちにとって、人知を超える科学技術災害の「負の遺産」を共有する、世界でも数少ない国・地域の一つです。「負の遺産」の共有とは、「苦渋の未来」の共有をも意味します。なぜなら私たちは、これから途方もない時間をかけて放射性廃棄物の処理を見届けていかなければならないし、持続可能な開発目標(SDGs)の実現のために、これまで当たり前のように考えられてきた経済成長神話や人間社会の豊かさの指標について、謙虚に見つめ直す必要に迫られているからです。日本が今後、そのような文明論的な視点から新たな価値観を生み出そうとする際に、ウクライナはかけがえのないパートナーとして協働してくれるに違いありません。
(…後略…)