目次
序論──東南アジアにおける「人間の安全保障」の視座[山田 満]
はじめに
各章の位置づけと内容
まとめとして──ポスト・リベラルデモクラシーの視点
第Ⅰ部 総論:「人間の安全保障」の多面的枠組み
第1章 「人間の安全保障」の実現に関連する東南アジアの地域特性──非境界的な曼陀羅式統治[上杉勇司]
はじめに
1.東南アジアという地理的範囲
2.東南アジアの「人間の安全保障」に対する脅威の特徴
3.東南アジアの地域特性
4.東南アジアの基層文化
5.東南アジアの国家観
6.植民地化の影響と負の遺産
7.東南アジアの地域特性と「人間の安全保障」との関連
おわりに
第2章 アジアにおける安全保障観の対立と協調──守るべき「地域」「国家」「党」「人間」の交錯[平川幸子]
はじめに
1.中国の安全保障観の変遷
2.戦後日本の安全保障観の変遷
3.ASEANの安全保障観の変遷
おわりに──異なる安全保障観をいかに共存させるか
第3章 平和の破壊者から促進者へ?──東ティモールに見る平和構築における軍隊の新たな姿[本多倫彬]
はじめに
1.新しい戦争論の展開と新たな軍隊の役割の形成
2.平和構築のアプローチの変容と軍隊
3.東ティモールの国軍とその変容
おわりに
第4章 平和構築の新たな潮流と「人間の安全保障」──ジェンダー視座の導入に注目して[本多美樹]
はじめに
1.平和構築と国連
2.平和構築の新たな潮流──安全保障分野におけるジェンダーの主流化
おわりに──女性による平和構築と人間の安全保障
第5章 東南アジア地域における人権レジームの課題──国境を超えた市民社会の取り組みに着目して[宮下大夢]
はじめに
1.人権の普遍化と東南アジア
2.ASEAN人権レジームの形成
3.AICHRに対する市民社会の取り組み
おわりに
第Ⅱ部 各論:「人間の安全保障」の地域の現状と取り組み
第6章 インドネシア・パプア問題解決へ向けた市民社会の試み──平和創造への環境整備[阿部和美]
はじめに
1.パプア社会における反政府活動
2.パプア社会の包括的運動を目指して
3.海外における分離独立運動
おわりに
第7章 スリランカ紛争後の人道支援と紛争予防ガバナンス──平和構築と災害対応の融合の視点から[桑名恵]
はじめに
1.スリランカの紛争と「リベラルな平和構築」の限界
2.平和構築と災害対応
おわりに
第8章 カンボジア都市部の立ち退き居住者に見る社会的排除──貧困創出のメカニズム[島﨑裕子]
はじめに
1.グローバル化と排除の構造
2.カンボジアにおける都市開発と周縁化現象
3.強制移転と周縁化──プノンペン・ボレイケイラ地区の事例から
おわりに
第9章 タイ北部農山村における障害者の生活と展望[田中紗和子]
はじめに
1.障害の社会モデルとは
2.障害と貧困の関連性
3.障害者をめぐるタイの制度的環境
4.調査の概要と結果
5.タイ北部農山村における障害者支援の可能性
おわりに
第10章 東ティモールにおける下からの紛争予防の取り組みと上からの治安部門改革との交錯[本多倫彬・田中(坂部)有佳子]
はじめに
1.概念・理論の整理、研究の問い
2.2016年時点の東ティモールの紛争と平和
3.下からの紛争予防・平和構築の実践事例
4.市民社会による紛争予防・平和構築の理論的考察
おわりに
第11章 東南アジア大陸部における武力紛争と国内避難民への人道支援──ミャンマー・カチン民族を事例に[峯田史郎]
はじめに
1.カチン紛争の展開
2.国境を跨いだ国内避難民(IDPs)支援組織の関与
3.ローカルおよび国内NGO による共同戦略
おわりに
第12章 南部タイ国境紛争地域の紛争解決と平和構築に関する一考察──「人間の安全保障」の視角から[山田満]
はじめに
1.「人間の安全保障」から見た南部タイ国境地域の紛争
2.南部タイ国境地域の紛争と「人間の安全保障」
3.南部タイ地域の学生意識調査──PSUのアンケート調査結果
おわりに──紛争予防ガバナンスの確立に向けて
第13章 ラオスが直面する「経済成長」のジレンマ[吉川健治]
はじめに
1.ラオスの経済政策とその現状──市場経済導入から現在
2.ラオスの地域格差
3.多民族国家ラオス──民族間格差
4.人間の安全保障と教育
5.ラオスの経済成長とリスク
おわりに
おわりに
編著者紹介
前書きなど
おわりに
本書は、早稲田大学地域・地域間研究機構アジア・ヒューマン・コミュニティー(AHC)研究所の研究成果である。また、2015年度受託の科学研究助成基盤研究(B)「東南アジア地域・境界地域の平和構築と紛争予防ガバナンスの確立」(課題番号15KT0049)の研究成果でもある。両研究会メンバーが重複しており、AHC研究所の研究成果を踏まえたのが科研研究課題であったからだ。その点で、両研究会は本書を上梓するうえでの両輪であったと考えている。
さて、編者がAHC研究所長を天児慧教授(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科)から引き継いだのは2010年であった。当時は、アジア研究機構のプロジェクト研究所であった。その後、早稲田大学内での研究機構の再編があり、研究機構の名前は変わったものの、AHC研究所はアジア地域全体を対象にした「人間の安全保障」の現状を考察することを目的とした。
それではなぜ「アジア・ヒューマン・コミュニティー」だったのか。「人間の安全保障」を構成する内容は基本的に人権であるが、アジアの国家主権の強い国々では「人権」を問うこと自体が内政不干渉に抵触する。その結果、アジアが抱える諸問題を域内の研究者や市民社会・NGOで実践する人々との間で真摯に議論することを難しくさせている。
一方、人々の「安全」に焦点を当てる場合、国家主権が強い政府では軍事的手段で国家が国民を保護する「伝統的な安全保障」の考え方が主流であった(この考え方は依然として強い)。しかし他方で、主権国家の国境を容易に超えて人々の安全を脅かす様々な問題が増え、各国は軍事力では対応できない安全保障上の問題を抱えるようになった。そこで国家主権の強固な国々をも巻き込む「非伝統的安全保障」の概念が登場し、各国が協力する枠組みができた。
AHC研究所はこれらのことを踏まえ、「人間の安全保障」と「非伝統的安全保障」の両方を取り込むものとして「アジア・ヒューマン・コミュニティー」を掲げ、域内の研究者や市民社会・NGO 関係者との対話を積極的に推進してきた。編者をはじめ研究所員はそれぞれが構築してきた国境を超えるネットワークを有する。それらのネットワークこそが新たな研究スタイルであり、上記科研研究テーマの問題意識である。本書はこれら問題意識を踏まえた私たちの中間報告である。
(…後略…)