目次
まえがき
序 多文化シティズンシップの可能性――70、80年代ヨーロッパの検証
“ヨーロッパの失敗”?――日本の現状からの問い
移民と国民国家
周辺からの変動の力
多文化とシティズンシップ
定住と統合のプロセス
多文化の視点とシティズンシップの再定義
行為者としての移民
80年代の「反移民」の政治と試練
同時代的な経験、問題として
第1章 「輝ける30年」と外国人労働者
1.戦後の経済復興と成長の条件
2.ヨーロッパ外からの労働移動と植民地独立
3.マージナルな存在としての移民労働者
4.変容する労働市場と移民の位置
5.福祉国家における外国人・移民
6.「住民」、「市民」からの距離
第2章 成長経済の終焉とイミグレーション政策の転換
1.分水嶺としての「オイルショック」
2.外国人労働者受け入れの「暫定的」停止
3.移民のコントロールへの懸念と政策の模索
4.「自由移動」とEC
5.イミグレーション政策の近代化? コモンウェルス移民の規制、選別
6.提起された社会的統合の課題
第3章 定住・社会的文化的受け入れのレジームへ
1.ゲストワーカーから定住受け入れへ
2.帰国ではなく、残留へ
3.定住、家族、母国との関係性
4.市民社会の対応
5.統合・包摂と移民規制の同時進行
6.国際関係からのインパクト
第4章 移民たちの戦略と定住と
1.行為者としての外国人・移民
2.脱伝統の移民たち
3.自由、自己実現をめざして
4.家族生活の実現
5.コミュニティの維持の戦略
6.イスラームという絆
7.難民とマイノリティ
8.南欧系移民たちの定住の意味
第5章 多文化シティズンシップへ
1.国家をどうとらえるか
2.定住外国人の時代へ
3.滞在、存在のノーマリゼーション
4.始動する移民の運動
5.多文化主義の展開と移民たち
6.リベラルによる多文化の容認
第6章 政治参加をもとめて
1.北欧型デモクラシーと移民
2.外国人参政権へ――政治的合意へのリーダーシップ
3.共生への課題
4.「マイノリティ」政策と多文化アプローチ――オランダ
5.外国人参政権――多文化的統合のツールとして
6.移民の社会参加、政治参加の道を探る――多極共存国家ベルギー
7.外国人参政権をめぐって
8.他の国々における地域デモクラシーと外国人
第7章 国籍から自由なシティズンシップ
1.国籍の意味の相対化
2.帰化のリベラル化
3.重国籍の容認、国籍の選択
4.帰還移民(アウスシードラー)の受け入れ問題
5.生地主義の国籍法へ
6.国民国家システムから多文化ヨーロッパへ
7.産業再編と統合への難題
8.福祉国家と移民たち
第8章 多文化化からの反転――移民問題の政治化と排除の論理
1.高失業と弱者たちの抵抗
2.国民戦線(FN)の政治的登場
3.移民の規制への揺り戻し
4.反ヨーロッパ統合と移民
5.「ルペン効果」――困難になる移民・外国人の権利拡大
6.外国人参政権問題のその後の展開――ドイツ
7.小“外国人大国”の「国益」主義――スイス
第9章 移民第二世代とアイデンティティ
1.家族再生産と移民第二世代
2.適応のタイプと葛藤
3.「職に就くこと」第一主義と多文化主義批判――オランダ
4.移民の「福祉依存」批判
5.「非行」イメージの貼り付け
6.対応の政策をめぐって
7.差別とジェンダー
8.文化的周辺化と移民
エピローグ 多文化ヨーロッパの現在と試練
1.変動と連続性と
2.ドイツ――再統一の危機から「移民国」へ
3.移民二世における失業格差とレイシズム
4.統合なのか、平行化なのか
5.新統合政策とナショナルアイデンティティの構築?
6.イスラーム、レイシズム、共生
7.シティズンシップはどこまで開かれたか
あとがきと謝辞
引用・参考文献
関連年表
索引
前書きなど
まえがき
今日、「移民ゼロ」のヨーロッパを夢想する議論や、これを主張する政治勢力の声を彼方から聞く。また、2015年11月にフランスで起こった死者約130名という凄惨な同時多発テロ事件は、中東・シリアの戦争、紛争等が生みだす難民の受け入れの拒否を叫ぶ声を大きくしている。
しかし過去半世紀、西ヨーロッパは外国人・移民労働者を受け入れ、その労働力に頼みながら経済の復興、成長をなしとげた。難民を受け入れて、人道上の国際貢献を果たし、同時にスウェーデンのようにそれを労働者受け入れにつなげてきた国もある。
1970年代半ば、オイルショックに続く経済危機のなかでこの労働者たちの各国内での定住が始まると、さまざまな議論、反対の政策の試みもあったが、けっきょく、彼らの定住は受け容れられた。これは、労働力としてとらえられていた人々が、家族を伴う移民に変貌することを意味する。それに応え、ヨーロッパ諸社会の示した統合と包摂の努力には、目を見はるものがあった。将来の人口減を見越し、労働力確保の経済戦略からこれを行うというアプローチもあり、移民の定住を認めた以上は社会の成員として地位と権利を与え、ホスト社会に適応させるというリアリズムもあり、しかしヨーロッパならではの「人権レジーム」が働いたことはさらに注目される。労働組合、NGO、法曹、教会などのアドヴォカシー、働きかけがあり、ECのバックアップもあった。ヨーロッパ人権条約とこれを法源とする欧州人権裁判所も時々に国、政府への掣肘力となり、外国人・移民の権利とシティズンシップを保障させていった。
それらに注目すると同時に、この過程をなるべく移民たちの運動、要求との相互関係のなかでとらえることを本書の目標の一つに置いた。従来の多くのアプローチは、移民を、政策の対象として、どちらかといえば客体とみなすのが一般的だったが、そこから一歩踏み出そうと考えた。1980年代にはイギリスでもフランスでもオランダでも移民第二世代が成長し、彼らによる平等な権利や文化的承認を求める運動がみられるようになる。十分なデータはないが、類推も容れながら、行動する移民たちの姿に迫ろうとした。
だが、80年代の半ば以降、経済環境の悪化による高失業と、移民問題を政治的争点にし移民・難民の規制を叫ぶ政治勢力の台頭により、その権利やシティズンシップの拡大は困難にさらされている。冒頭に述べた状況も含め、それを「試練」という語で表現した。
本書は、なんらかの仮説にもとづいて論証を試みる研究書ではない。70年代、80年代の移民現象や移民政策の正確な記録をめざす書でもない。一社会学徒として、同時代的に西欧の複数の国々に生じた問題と政策についてその意味、意義を解釈し、関連を探り、提示する考察の書である。仏、独、英という主要国からオランダ、ベルギー、スウェーデン、スイスまでを視野に入れて論じたのは、大それた冒険だったかもしれないが、ことヨーロッパに関してはそうした相互関連的な認識を読者に是非もってほしいとかねて願っていて、あえて一書にまとめた。
(…後略…)