目次
はしがき
謝辞
主な用語
刊行にあたって:グローバル化時代における言語学習と文化
概要
序文
第Ⅰ部 グローバル化・言語・モチベーション
第1章 グローバル化する世界における言語学習
――ブルーノ・デラ・キエザ
第1節 序論
コラム1.1 2言語使用をどうみるか
第2節 ここでいう「言語」とは何か
第3節 学校教育と従来の教育における言語学習
第4節 モチベーションと学習成果の環境要因
コラム1.2 モチベーション・ヴォルテクス
コラム1.3 モチベーション・ヴォルテクスについて
第5節 既存の理論は役に立つか
第6節 複数言語の習得は「グローバル意識」を高めるのに役立つか
コラム1.4 言語教育の成功を左右する「ドクサ」とは
第2章 モチベーションと第二言語の習得
――ヒグリアーナ・メルシ/アディーナ・R. シック
第1節 序論
第2節 モチベーションと第二言語習得
第3節 L2モチベーションの集団による差異
コラム2.1 非母語「学習」のモチベーションと非母語「教育」のドクサ
第3章 言語学習のモチベーション理論
――ナットパット・チャニャヴァナクル
第1節 序論
コラム3.1 子どもの外国語学習
第2節 刺激評価理論
第3節 モチベーションと注意理論
第4節 自己決定理論
第5節 マインドセット理論
第6節 まとめ:研究結果とその意味するところ
第4章 言語習得の経済的誘因
――ローデス・ロドリゲス=チャムシー/ルイス・F. ロペス=カルバ/宮本晃司
第1節 序論
コラム4.1 学ぶ喜びのために学びたい
第2節 背景:グローバル化と言語の役割
第3節 経済的側面に注目する
第4節 経験的証拠
第5節 経済的収益の役割を適切に評価する方法
付録4.A1 研究で得られた証拠一覧
第5章 エストニアとシンガポールの2言語教育政策と言語学習
――ジェニファー・ウォーデン
第1節 序論
第2節 なぜ多言語使用なのか
第3節 エストニア
第4節 シンガポール
第5節 考察
コラム5.1 日本の「在日」韓国・朝鮮人に関する事例研究
第Ⅱ部 言語・文化・アイデンティティ
第6章 ジェスチャーから世界をみる:その比較文化的考察
――マシュー・シャピロ
第1節 ジェスチャーとは何か
第2節 文化によるジェスチャーの差異
第3節 非母語の教育と学習におけるジェスチャー
第4節 結び
第7章 中央アジアにおけるイデオロギーと文字改革
――ラウアン・ケンジェハヌリー
第1節 序論
第2節 唯物論的言語学
第3節 ラテン文字化:「東方の偉大なる革命」
第4節 キリル文字化:統一と分離
第5節 ラテン文字化:新時代
第6節 カザフ語のラテン文字化をめぐる議論
第7節 結び
第8節 用語解説
第8章 ヴェルラン:フランス語の逆さ言葉と文化
――サラ・フックス
第1節 序論
第2節 ヴェルランとは何か
コラム8.1 言語によるもう一つの階層化か?
第3節 隠語とヴェルランの小史
第4節 ヴェルランの現在
第5節 ヴェルランを使用する集団:使用による包摂
第6節 外部からの視線:ヴェルランの使用による排除
第7節 言語の社会化におけるヴェルランの役割
第8節 ヴェルランが現在と未来に対して持つ意味
付録8.A1 ヴェルラン、派生語、再ヴェルラン化の例
付録8.A2 『ミントティー(The a la menthe)』:ラ・コシオン(La Caution)
コラム8.A2.1 アメリカにおける中国系移民の文化的アイデンティティ
第9章 人工内耳とろう文化
――ピーター・ブロード
第1節 序論
第2節 背景
第3節 人工内耳とろう文化
コラム9.1 議論の余地がある
第4節 ろう文化の今後
第5節 結び
コラム9.2 「文化」としてのろう
コラム9.3 映画『バベル』について
第10章 神経科学と手話
――ジェシカ・スコット
第1節 序論
第2節 言語と神経科学
第3節 手話と神経科学
コラム10.1 手話は言語である!
第4節 研究結果を踏まえて
第5節 今後の研究に向けて
付録10.A1 世界の手話
コラム10.A1.1 言語としてのダンス
第Ⅲ部 地域・言語・政策
第11章 グローバル化と多言語使用国家:カナダの場合
――サティア・ブリンク/ダレン・キング/マシュー・オーデ/ジャスティン・バヤード
第1節 言語能力とグローバル化の相互関係
第2節 カナダの事例研究:その言語的多様性
コラム11.1 言語関連の用語
第3節 言語的多様性の向上と低下に影響を及ぼす要因
第4節 カナダにおける言語能力の育成
コラム11.2 カナダにおける言語能力支援のための法的枠組み:関連法とその概略
第5節 グローバル化する世界で言語能力がもたらす個人的および社会的収益
第6節 結び
第12章 カタルーニャの言語政策と新たな移民に伴う問題:私たちはカタルーニャ語を話す
――アルミダ・リザラガ
第1節 序論
第2節 カタルーニャ語存続の歴史
第3節 言語正常化法:カタルーニャ語再興のための政治的・法的枠組み
コラム12.1 オーストラリア先住民の子どもに対する英語
第4節 外国からの移民による問題
第5節 新たな問題に対応するための政策改定
第6節 結び
コラム12.2 オカナガン―コルビル語「Nsyilxcen」
第13章 タンザニアにおける教育と創造性
――ジェシカ・ウェルチ
第1節 タンザニアにおける支援組織と教育
第2節 ウモジャ・アートセンター:従来とは異なるアプローチ
第3節 分離と教育
コラム13.1 人種差別?
第4節 ウモジャ・アートセンターにおける芸術・教育・参加
第5節 創造性と教育
第6節 結び
コラム13.2 知識体系の橋渡し:マラウィで伝統的な科学知識と西洋の科学知識をつなぐ
第14章 アジアにおける国際コミュニケーションのための多文化言語としての英語
――本名信行
第1節 はじめに:多文化言語としての英語
第2節 普及と変容
第3節 世界諸英語
第4節 アジアの言語としての英語
第5節 アジアで使用される英語の多文化性
第6節 多文化言語としての英語のキャパシティを拡大する
第7節 異文化間の英語と多様性マネジメント:教育的対応の必要性
第8節 結び
第15章 日本と韓国の外国語教育:政策と実践、そして課題
――ギョン・ソク・チャン
第1節 序論
第2節 分析の枠組み
第3節 歴史の中の英語教育
第4節 グローバル化への対応:21世紀に向けた非母語教育改革
コラム15.1 2003年のアクションプランの概要
第5節 今後の課題
付録15.A1 日本と韓国における英語教育年表
第16章 グアム島における言語学習とチャモロ文化
――シモーン・ボリンジャー
第1節 序論
第2節 行動主義:その失敗と教訓
第3節 非母語学習理論の躍進:誤用分析と中間言語
第4節 言語的社会化論
第5節 文化を通した第二言語教育
第6節 思考実験:チャモロ語の授業
第7節 結び
コラム16.1 生徒はどのような文化的能力の獲得をめざすべきなのか
第17章 ペルーにおける言語学習:ケチュア語話者のスペイン語習得の問題
――アレハンドロ・ベルモント
第1節 序論
第2節 ペルーにおける2言語使用と文化の保護
第3節 ケチュア語からスペイン語へ:機能的収束に関する懸念
第4節 第二言語学習を理解するための神経科学的アプローチ
第5節 認知刺激の重要性とその改善への展望
コラム17.1 言語的遺産:忘れられた言語のルーツ
第6節 結び
第Ⅳ部 人口移動・言語・移民
第18章 なぜ留学するのか、しないのか:アメリカの大学生と留学
――リサ・マルヴィー
第1節 序論
第2節 なぜ留学するのか
第3節 アメリカの大学生の留学傾向と統計データ
第4節 政府の留学支援
第5節 留学に関する調査
第6節 結び
付録18.A1 サンプル調査
コラム18.A1.1 コロンビア大学へと旅立つ妹へ
第19章 移民政策の比較研究:カナダとアメリカの場合
――エスター・ユナ・チョー
第1節 序論
第2節 カナダとアメリカを調査対象にした根拠
第3節 両国の社会的背景:1945年以降の移民
第4節 両国の社会的背景:公民権と統合
第5節 文化的・言語的多様性に対する政策の有無
第6節 言語を介した移民の統合
第7節 学校における移民若年者の統合
第8節 アメリカにおける移民教育
コラム19.1 ホットチートスがない:喪失とあこがれ
第9節 カナダにおける移民教育
第10節 カナダとアメリカに関する考察の結び
コラム19.2 事例研究:フランス
コラム19.3 事例研究:フィンランド
コラム19.4 事例研究:日本
第11節 結び
コラム19.5 移民と移民の対立
第20章 早期の能力別コース分けと移民
――ヴァネッサ・クリストフ
第1節 序論
第2節 民族的・文化的・地理的背景と「ハビトゥス」
第3節 社会経済的背景と「資本」の役割
第4節 ドイツ語の能力
コラム20.1 言語的ルーツの喪失
コラム20.2 アメリカにおける移民の生徒と英語の語彙
コラム20.3 コース分けについて
コラム20.4 公平性とPISA調査の結果
第5節 OECD生徒の学習到達度調査(PISA)
コラム20.5 残念な会話:「なぜ英語くらい自分で学べないのか」
第6節 最終学歴
第7節 職業教育訓練
第8節 ブルデューの「社会的再生産」
第9節 結び
コラム20.6 移民の国なのに言語は一つ?
コラム20.7 消滅と希望の間で:危機にあるバングラデシュ先住民の言語と文化の復活をめざして
第21章 メキシコの教育制度と国外移住
――E. B. オドネル
第1節 序論
第2節 メキシコの移住傾向
コラム21.1 ホルヘの場合(その1)
コラム21.2 ホルヘの場合(その2)
第3節 メキシコの教育政策:国外移住を促進しているのか、妨げているのか
コラム21.3 アナの場合
第4節 生徒を就業に備えさせるために何ができるか
コラム21.4 マルタの場合
第5節 結び
コラム21.5 おれたちは「イケテル」
コラム21.6 インターネットの(不法?)移民
第22章 ヨーロッパの異文化間教育とアメリカの多文化教育
――マッシミリアーノ・タロッツィ
第1節 序論
第2節 移民背景を持つ生徒の状況と学業成績
第3節 欧州連合の公式方針である異文化間教育
第4節 アメリカとヨーロッパ諸国が相互に学べること
第5節 結び
コラム22.1 言語の等式と文化の等式
第Ⅴ部 言語の学習・方法・目的
第23章 コスモポリタン教育:グローバル化する世界で他者への関心を育てる
――クリスティーナ・ヒントン
第1節 序論
第2節 生物的進化と文化的進化
第3節 他者への関心の生物学的傾向
コラム23.1 「波及効果」
第4節 コスモポリタン的な倫理観による他者への関心
第5節 学校の役割
コラム23.2 ロス・スクール
第6節 結び
コラム23.3 他の文化の探究に意欲のない生徒への対応
コラム23.4 コスモポリタニズムと文化と平和
第24章 言語学習のツールとしての音楽:活用も評価も不十分
――ジェシカ・グラント
第1節 言語の教育と学習を強化するツールとしての音楽
第2節 脳における音楽と言語の関係
コラム24.1 音楽と言語の早期習得
第3節 音楽が言語学習に及ぼす影響とは
第4節 音楽教育の効果
第5節 音楽に対する政策や見方の変化
第6節 結び
コラム24.2 音楽、言語、そして脳内の「沈黙の回路」
コラム24.3 非母語学習に音楽や映像を利用する
コラム24.4 数学と英語と中国語
第25章 「存在の拡大」:言語学習・文化的帰属・グローバル意識
――ブルーノ・デラ・キエザ
第1節 序論
第2節 非母語の教育・学習は本当にそれほど重要なのか
第3節 「他の言語を知らない者は、自分の言語についても何も知らない」(ゲーテ)
コラム25.1 水から出た魚
コラム25.2 「ブルネス育ち」
第4節 言語が世界観を形作る……
コラム25.3 翻訳不可能?
コラム25.4 自文化中心主義的普遍主義
第5節 ドクサと不寛容の横暴に対抗する四次元立方体:「グローバル意識」をめざして
コラム25.5 言語的・文化的対人能力の四次元立方体的状態の実現は、特権階級のためのものか
第6節 良い市民を育てるのか、それとも良い人間を育てるのか
コラム25.6 サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』
第7節 再び、歴史から学ぶ:「新世界」と1550年のバリャドリードにおけるラス・カサス
コラム25.7 1550年のバリャドリード論争はなぜ行われ、そこで何があったのか
第8節 (神経)科学が取り組まねばならないこと
第9節 笑い話ではすまない……
謝辞
終章 グローバル化時代における言語政策の展望
――ダーク・ヴァン・ダム
第1節 序論
第2節 歴史的に受け継がれたもの
第3節 新たな現実
第4節 教育における言語政策の変化
第5節 最後に
執筆者紹介
監訳者あとがき
前書きなど
監訳者あとがき
21世紀はグローバル化の加速時代ともいえる。グローバル化とは、モノ、資本、サービス、そして情報の越境に加えて、世界のいろいろな民族的背景をもつ人びとが独自のさまざまな文化と言語をもって各地に集まる現象を指す。それは多文化共生協働社会といってもよい。人びとは多様な価値観や生活習慣のもとで、一時的もしくは恒常的に共生し、協働することになる。
また、グローバル化は自国にいながら、世界の人びとと、直にあるいはインターネットをとおして交流する状況を形成する。ビジネスはまさにそうである。自国の産品、自社の製品を世界のマーケットに投入し、同様に他国のそれらを自国で入手することができる。さらに、そのような交換は物品に限定されず、文化や思想にまでおよぶ。
そこで、グローバル化にはふたつの潮流があることがわかる。ひとつは価値の共有で、もうひとつは多様な価値の尊重である。グローバル化により、民主主義、人権、自由、平等といった制度的、市民的価値は広く共有されるようになるであろう。同時に、多様な民族の価値や習慣を尊重し、おたがいに順応することも期待されるのである。
(…中略…)
本書『グローバル化と言語能力:自己と他者、そして世界をどうみるか』は、OECDより刊行された報告書Languages in a Global World: Learning for Better Cultural Understanding(OECD, 2012, Revised version, May 2015)を翻訳したものである。本書は、2007年から進められてきたOECDのプロジェクト「グローバル化と言語能力」の成果刊行物である。同プロジェクトは2008年に、OECD教育研究革新センター(CERI)、文部科学省、青山学院大学との共催で、「第12回OECD/Japanセミナー」を青山学院大学で開催した。セミナーのテーマは「グローバリゼーションと言語コンピテンシー~激動する言語環境にどう向き合うか~」で、日本を含むOECD加盟国の専門家が議論を尽くした。セミナーの青山学院大学側の責任者は私が担当し、本書第14章は当時のセミナー用に発表された論文をべースにしたものである。セミナー開催より4年後の2012年に英文報告書が刊行され、明石書店から刊行の相談を受けて、本書日本語版の刊行にいたった。
冒頭でも述べたとおり、グローバル化がますます加速する時代にあって、人びとのコミュニケーションの基礎をなす「言語」や「文化」の役割について、本書は、関連する領域を横断し、さまざまな観点からの深い洞察をめざしている。本書の編集責任者で、日本で開催されたセミナー責任者でもあるOECD教育研究革新センターのブルーノ・デラ・キエザ氏は、セミナー当時からきわめて勢力的に活動し、以後も広範囲で多様なテーマの論文・意見・観察を収集し、本書にまとめあげた。同氏の弛み無い努力に敬意を表したい。
最後になるが、監訳者としては、訳者諸氏に心からお礼を述べたい。訳者諸氏は学際的で多様なテーマを実に見事にこなしてくださった。そして、明石書店の安田伸氏に大変お世話になった。同氏は「第12回OECD/Japanセミナー」から本書の出版にいたるまで、高い見識と情熱をもってかかかわってくださった。あわせて感謝の意を表したい。
青山学院大学名誉教授 本名信行