目次
はじめに
Ⅰ 政治
第1章 モンゴルの現代はここから始まった――民主化運動
第2章 歴代大統領たち――リーダーたちの横顔
第3章 粛清の記憶と表象――レーニン先生、さようなら
第4章 社会主義が生み出した「民族の英雄」――チンギス・ハーン
第5章 私有化と民営化のプロセス――公正と道徳の破綻
第6章 モンゴルの土地は誰のものか――家族生活用地、農地、牧地
第7章 農業開発「アタル」――食糧安全保障と環境保全のはざま
第8章 牧畜開発の動向――進む政策転換と集約的牧畜の導入
第9章 政治における腐敗と反汚職の活動――賄賂撲滅の困難さ
第10章 権力のゆくえ――オリガルヒの登場
【コラム1】日本人留学生が体験した民主化
【コラム2】誰もが夢中になったドラマ「ハルタル・ツァライト」
Ⅱ 経済
第11章 民主化後の大移動――地域格差の発生
第12章 遊牧の定着化――変貌する都市周辺地域
第13章 ヤギ飼育の急増――カシミアは脱サラ牧民の救世主
第14章 格差の拡大――スーパー牧民と離牧する人々
【コラム3】草のめぐみ
【コラム4】世界で一番健康的な肉
第15章 モンゴルの地質構造と鉱物資源――資源と地質と歴史
第16章 鉱業が意味するところと、その歴史――外国の投資が危険視される理由
第17章 戦略的鉱床タワントルゴイ――国有企業の危うさ
第18章 戦略的鉱床オユトルゴイ――国際企業とのかけひき
第19章 しのびよるウラン産業――採掘から地層処分まで
第20章 むらがる砂金採り――モンゴル経済への貢献と生態系への影響
【コラム5】ニンジャ
Ⅲ 国際関係
第21章 ロシアとの関係――敵か味方か?
第22章 中国との関係――永遠の敵か?
第23章 アメリカとの関係――地理的隣人と「第三の隣人」
第24章 EUとの関係――「第三の隣人」と「第一級のパートナー」
第25章 朝鮮半島との関係――外交の歴史と新展開
第26章 ODA――日本の位置
第27章 非政府組織(NGO)――流行から成熟へ
第28章 ナショナリズムの変遷――被害意識の表出
第29章 日本との貿易関係――小さなくさび
第30章 モンゴル人留学生――親日派の源泉
【コラム6】モンゴル・日本人材開発センター――12年の歩みとこれから
Ⅳ 生活
第31章 ジェンダー――専業主婦にあこがれ無し
【コラム7】ウランバートルにおける家族
【コラム8】地方における家族――エンフバト家のある冬の日
【コラム9】外国におけるモンゴル人家族
第32章 ワーク・ライフ・バランス――ウランバートル市民の場合
第33章 教育のトレンド――多様化した選択肢のなかで
第34章 出稼ぎ――外国で働くモンゴル人たち
【コラム10】難民申請――出稼ぎの裏バージョン
第35章 送金――インフォーマルな大黒柱
第36章 温暖化対策――国づくりは成功するのか
第37章 緑豊かな沙漠化――草原の持続的利用をめざして
第38章 水質汚染――トーラ川の窒素汚濁
第39章 大気汚染――ウランバートル市民の苦しみ
第40章 生活環境の悪化――ウランバートル・ゲル地区の場合
Ⅴ 文化
第41章 おしゃれ事情――重視される“目新しさ”
第42章 食の多様化――都会における加速度的変容
第43章 韓国大衆文化の流入――選択的受容
第44章 映画事情――映し出されるモンゴル人像、国家像
【コラム11】くらしのなかのインターネット
第45章 モンゴル仏教の新世紀――民間仏教の持続と変容
第46章 シャーマニズムの新世紀――感染症のようにシャーマンが増え続けている理由
第47章 新たな宗教現象――キリスト教福音派を中心に
第48章 クラブ事情――ポスト社会主義期の10代たち
第49章 ヒップホップ事情――歌詞に表現された倫理と美学
【コラム12】観光――「こわいもの見たさ」の旅から、モンゴルならではの旅への脱皮を
【コラム13】医療事業創造――おき薬による地方の医療サービス構築
第50章 アルコール事情――深酒文化
現代モンゴルを知るための参考文献
前書きなど
はじめに
2014年7月22日から24日にかけての各紙の報道によれば、モンゴルから来日中のエルベクドルジ大統領が同月22日に安倍晋三首相と会談し、EPAに関して大筋合意に達した。EPAとはEconomic Partnership Agreement、すなわち経済連携協定のことである。日本からの新車に対する関税撤廃や、モンゴルから加熱処理した牛肉の輸入規制緩和などが盛り込まれているという。
日本外務省がインターネット上に提供している資料によれば、日本側は、モンゴル国からの輸出産品について、その品質向上と数量拡大を支援するために、「モンゴルの輸出と産業多角化を促進するための『エルチ・イニシアティブ・プラス』」を実施しようと提案した。
「エルチ」とはモンゴル語で活力を意味し、エルチ・イニシアティブを強いて訳せば「活力構想」といったほどの意味になろう。2013年3月に安倍首相がモンゴルを訪問したときに提示された経済協力策であり、このたびプラスされたのは「輸出と産業多角化」を目的とする加速策である。
そもそも日本はモンゴルが市場経済化するにあたって、早くも1991年に支援国会議を主催した。その意味では、最初の経済協力国であったと言ってよいだろう。そして、今回のEPAもまた、モンゴルにとっては最初の締結となる。モンゴルにとって、つねに経済外交の最初の一歩となってきた日本。言い換えれば、新しい時代の幕開けを私たちは日本から逸早く目撃することができるのである。
(…略…)
このように、これまでになく明示されたモンゴルの民間力は、私たちに隔世の感を与えずにはおかない。
このような新しい時代を「ポスト移行期」と呼ぼう。いつからそう呼ぶべきかという厳密な議論は経済学者に委ねるとして、とりあえず、そう呼んでおこう。市場経済への移行に伴う混乱を経て、移行期はついに終わり、ポスト移行期を私たちは目撃しているのである。
本書はしかし、そのようなポスト移行期に関する直接的な解説ではない。
ポスト移行期の現状は日々変化するから、書籍の形でまとめるのはとても難しい。すぐに時代遅れになってしまう可能性があるからだ。ただし、そうした現状に関する情報なら、必ずしも書籍に頼らずとも、インターネット上でつねに入手することもできる。冒頭のETPに関する紹介もじつはネット情報を総括したものにすぎない。書籍にまとめる以上、検索型の現状把握に代わる、書籍なりの目標を設定したほうがよい。そこで私たち編者は狙いを以下のように定めた。
本書は、移行期に関する理解を促すための体系的な解説である。
旧社会主義圏においては、市場経済への移行が共通の課題であり、一般に社会主義後の時代を「移行期」と略称する。政治的に一党独裁体制を捨てて、経済的に市場経済化をはかる、このポスト社会主義期に焦点をあてた。そして、政治、経済、国際関係、生活、文化の五つの部に分け、それぞれ10章で構成した。これらのタイトルを総覧するだけで、モンゴルの主要な変容過程を把握できるように努めた。いわば、すでに過ぎ去った21世紀という現代モンゴルを扱っている。だからこそ、現状を理解するうえでの確かな見取り図になるのではないだろうか。
(…後略…)