目次
はじめに
第Ⅰ部 生物多様性をめぐる国際関係
第1章 生物資源の利用と交流
大航海時代と植民地──生物多様性をめぐる覇権争い
日本にも来たプラントハンター
先住民の知恵と現代のプラントハンター
バイオテクノロジーとグローバル企業
INBio-メルク社契約とパラタクソノミスト
第2章 生物多様性の喪失と保全
生物資源利用と生物種の絶滅
私たちの日常生活と熱帯林の破壊
そのエビはどこから?
生物多様性の価値
生物多様性の保全はなぜ必要か
生物多様性の倫理学
生物多様性保全の二つのアプローチ
保護から保全へ、さらに再生へ
第3章 生物多様性概念の醸成と政策の変遷
自然観の変遷
国際環境政策の潮流
生物多様性の国際会議・条約の変遷
生物多様性概念の醸成
国際生物多様性政策の転換点
第4章 生物多様性条約と南北問題
生物多様性条約
条約交渉と南北問題
遺伝子組換え生物とカルタヘナ議定書
名古屋COP10への道のり
“MOP5”って何?
COP10の成果──名古屋議定書と愛知目標
第Ⅱ部 国立公園・自然保護地域をめぐる国際関係
第5章 保護地域の誕生と世界的拡張
愛知目標の保護地域面積目標
保護地域拡大でなぜ対立するのか
保護地域の誕生
保護地域と自然の聖地
「米国型国立公園」の誕生秘話
国立公園の世界的拡張と強制退去
保護地域と地域社会の軋轢
第6章 保護地域ガバナンスのパラダイムシフト
統治管理から地域社会重視のガバナンスへ
開発援助による保護と開発の統合
エコツーリズムの誕生
エコツーリズムと地域振興
地域住民による資源利用の容認
地域社会との協働管理
第7章 国立公園の世界会議
世界国立公園会議
国際的な保護地域制度
世界遺産
富士山と世界遺産
保護地域カテゴリーの見直し
保護地域と地域住民・社会との関わり
“もののけ姫”と“アバター”
第8章 日本の国立公園
意外と遅い日本の国立公園の誕生
日本の国立公園は自然保護地域ではない?──自然保護と景観保護
自然環境保全地域の成立
日本型と米国型の国立公園システム比較──大道芸型とディズニーランド型
富士山入山料と米国の国立公園閉鎖──国立公園の利用者負担と利用者規制
日本型は日本の専売特許か
第Ⅲ部 インドネシアの生物多様性保全と国際開発援助
第9章 生物多様性の国際開発援助プロジェクト
国際開発援助と生物多様性
生物多様性と南北問題
国際開発援助からみたエコツーリズム
生物多様性保全のための国際開発援助
インドネシアの生物資源とその保全
ボゴール植物園物語
インドネシアにおける生物多様性援助
生物多様性プロジェクトの枠組み
第10章 インドネシアの国立公園管理と地域社会
日本の国立公園を輸出する
インドネシアの国立公園管理と開発援助
インドネシアのエコツーリズムと国立公園
協働型管理への模索──グヌン・ハリムン・サラック国立公園
ゾウの楽園の背後にあるもの──ワイ・カンバス国立公園
インスタントコーヒーと最高級のルワックコーヒー──南ブキット・バリサン国立公園
国立公園管理と地域社会の関係の類型化
国立公園ガバナンスの課題
第11章 持続可能な運営と連携・協働
熱帯林での調査研究
熱帯生態学の研究者とリサーチ・ステーション
国立公園管理と研究者・地域住民との協働
プロジェクトにおける連携と持続可能な運営
生物多様性保全国際開発援助の新たな枠組み
第Ⅳ部 対立を超えて──生物多様性・保護地域 その新たな役割と期待
第12章 生物多様性保全への政策アプローチの検討
広がりとしての地球環境問題への政策対応
地球公共財としての政策対応
生命中心主義への政策対応
第13章 生物多様性・保護地域の新たな役割と期待
地球温暖化と生物多様性
生物多様性・保護地域と自然災害
聖なる山と巨樹の継承
国境を越えた国際平和公園
生物多様性保全の政策アプローチ
持続可能な開発と三つの共生
あとがき
参考・引用文献
索引
前書きなど
はじめに
あなたは「生物多様性」を知っているだろうか。この「生物多様性」は、今や生態学などの専門用語にとどまらない。私たちが、昔から使用してきたトマトやジャガイモ、トウガラシなどの食料品、あるいは漢方薬などの医薬品のみならず、バイオテクノロジーの遺伝子組換えにより製造された遺伝子組換え大豆などの食品や多くの医薬品、さらには地球温暖化など、私たち人類の生存基盤にも深くかかわっている。そして、コロンブス以降の大航海時代からバイオテクノロジー時代の現代に至るまでの国際間の対立にもかかわっている。
(…中略…)
本書は4部13章で構成されている。第Ⅰ部では、植民地時代の生物資源をめぐる争いや生物多様性条約の成立など、生物多様性をめぐる国際関係をみる。コロンブスのアメリカ大陸到達とその後の大航海時代における西欧諸国による食料品や医薬品の原材料となる生物資源の支配は、現在でもグローバル企業などを介して続いている(第1章)。現在の私たちの生活も、これと無縁ではなく、生物多様性の喪失にも加担しているといえるが、なぜ保全が必要なのだろうか(第2章)。その生物多様性保全概念の醸成を国際的な環境政策の変遷のなかで明らかにする(第3章)。また、生物多様性条約の成立に際しては、保全と利用をめぐって、名古屋COP10での対立の背景ともなる大航海時代にまでさかのぼる先進国と途上国の軋轢があった(第4章)。
第Ⅱ部では、生物多様性保全の中心的施策でもある自然保護地域をめぐる国際関係を明らかにする。名古屋COP10で採択された愛知目標は、各国に保護地域の拡大を要請しているが、その合意までには先進国と途上国の対立があった。この遠因は世界で最初の国立公園イエローストーン国立公園(米国)誕生にまでさかのぼる(第5章)。しかし、地域社会との軋轢を生んだ米国型の国立公園システムも、時代とともに地域社会との協働を模索するように変遷してきた(第6章)。これらの変遷を主導したのが10年に一度開催される「世界国立公園会議」である(第7章)。一方で、日本の国立公園内には民有地も含まれており、今や世界の潮流ともなっている地域社会との協働管理が古くから行われてきたが、富士山世界文化遺産管理などを例に米国型システムとの比較もしてみる(第8章)。
第Ⅲ部では、インドネシアを主要な舞台として、国際協調のための生物多様性や保護地域の国際開発援助事例を紹介して問題点を考察する。エコツーリズムなど、生物多様性や保護地域に関するさまざまな援助プロジェクトが実施され、インドネシアでもJICAによるプロジェクトが実施されてきた(第9章)。この援助プロジェクトの成果として、インドネシアの国立公園管理にも地域社会との協働管理が導入されてきたが、コーヒー・プランテーション造成のために原生林が違法伐採されるなど、まだ課題も多い(第10章)。これらの考察から、持続可能なプロジェクト運営による地域が主体となった生物多様性や保護地域管理のあり方を探り、新たな国際開発援助の枠組みを提示する(第11章)。
第Ⅳ部では、生物多様性保全のための政策アプローチについて考察し、これまでのまとめを行う。まとめとして、まずは地球環境問題としての広がり、地球公共財、生命中心主義などの視点から課題を考察する(第12章)。さらに、地球温暖化、自然災害や国際平和などに対する生物多様性・保護地域の新たな役割と期待について考え、対立を超えて共生するための政策アプローチと地域、種類、時代を超えた三つの共生を提案する(第13章)。
生物多様性条約の成立(1992年)から20年以上が経過し、日本で最初の国立公園が指定されて80周年の今日、これら生物多様性や保護地域の保全と利用をめぐる地域社会との関係や国際間の関係を明らかにし、多くの人々に理解してもらうことは、今後の国際社会での生物多様性の保全と持続可能な利用のためにも、また国内での自然保護をめぐる都市と地方の関係を見直す上でも、不可欠なことである。このため、本書は学術専門書としての内容ながら、大学生や一般の方にも理解しやすいような平易さ、そして多くの方々に関心を持っていただけるような物語性をも備えたものとして企画した。本書が少しでも生物多様性の保全と持続可能な利用や保護地域と地域社会の良好な関係を維持することに貢献することを願う。