目次
日本語版序文
序文
第Ⅰ部 不安の認知理論および研究
第1章 不安――一般的ながら多面性のある状態
不安と恐怖
不安と併存症の問題
不安の有病率、経過、帰結
不安の生物学的側面
行動理論
認知を支持する理論
要約と結論
第2章 不安の認知モデル
不安の認知モデルの概要
不安の認知モデルの中心的な原理
認知モデルの説明
正常な不安と異常な不安:認知的観点
認知モデルの仮説
要約と結論
第3章 不安の認知モデルの実証の状況
瞬時の恐怖反応:脅威モードの活性化
脅威モードの活性後の成り行き
二次的な綿密な再評定:不安状態
要約と結論
第4章 不安に対する脆弱性
脆弱性:定義と基本特性
生物学的な決定要因
パーソナリティの脆弱性
認知的脆弱性モデル
要約と結論
第Ⅱ部 不安の認知療法――アセスメントおよび介入方略
第5章 認知的なアセスメントと事例の定式化
診断および症状のアセスメント
恐怖の活性化:アセスメントおよび定式化
二次的な再評定:アセスメントおよび定式化
不安事例の定式化:具体的な症例
要約と結論
第6章 不安障害の認知的介入
認知的介入の主目的
認知的介入方略
開発中の認知的方略:臨床装備の拡張
要約と結論
第7章 行動的介入――認知的観点
行動的介入の重要性
暴露介入
反応妨害
指導型行動変容
リラクセーション訓練
要約と結論
第Ⅲ部 特定の不安障害の認知理論および治療
第8章 パニック障害に対する認知療法
診断上の検討事項および臨床特性
パニック障害の認知理論
認知モデルの実証的現状
認知的なアセスメントと事例の定式化
パニック障害を対象とした認知療法の説明
パニック障害を対象とした認知療法の有効性
要約と結論
第9章 社交恐怖に対する認知療法
診断上の検討事項
病因および臨床特性
社交恐怖の認知理論
認知モデルの実証的現状
認知的なアセスメントと事例の定式化
社交恐怖を対象とした認知療法の説明
要約と結論
第10章 全般性不安障害に対する認知療法
診断上の検討事項
心配の本質
病因および臨床特性
GADの認知モデル
認知モデルの実証的現状
認知的なアセスメントと事例の定式化
GADを対象とした認知療法の説明
GADを対象とした認知療法の有効性
要約と結論
第11章 強迫性障害に対する認知療法
診断上の検討事項
病因および臨床特性
OCDの認知モデル
認知モデルの実証的現状
認知的なアセスメントと事例の定式化
OCDを対象とした認知療法の説明
OCDを対象とした認知療法の有効性
要約と結論
第12章 心的外傷後ストレス障害を対象とした認知療法
診断上の検討事項
病因および臨床特性
臨床特性
PTSDの認知モデル
認知モデルの実証的現状
認知的なアセスメントと事例の定式化
PTSDを対象とした認知療法の説明
PTSDを対象とした認知療法の有効性
要約と結論
文献
監訳者あとがき
索引
前書きなど
日本語版序文
今から50年ほど前、本書の共著者であるAaron T. Beck 博士がうつ病に対する認知的アプローチの基本的な見解を示した一連の学術論文を発表した(Beck, 1963, 1964)。この新しいアプローチでは、うつ病は、否定的な自己関連情報を選択的に処理し、自己、世界、将来についての否定的な思考や信念が優勢となる情報処理システムによって特徴づけられるという見識を前提としていた。この偏った情報処理装置が、断続的なうつ病の第一の特徴であり、回復の鍵になるという同氏の見解は、1960年代は斬新なものであった。この先駆的な取り組みに続いて、うつ病の認知モデルが精緻化され詳述されていき、1970年代半ばまでにはうつ病に対する理論に基づく治療プロトコルが定式化され、認知療法と呼ばれるようになった(Beck et al., 1979)。
うつ病を対象とした認知モデルおよび認知療法は、その後一定の修正を経て、不安障害、摂食障害、双極性障害、統合失調症、パーソナリティ障害、精神作用物質乱用障害をはじめとする数々の精神疾患に適用されている。認知モデルから導出された具体的な仮説は膨大な実証研究で検証されており、中でもうつ病と不安障害に対する認知療法は米国や欧州において大規模なサンプルを使用した無作為化対照試験で評価されている。そして、認知療法は今や、うつ病とほとんどの不安障害の実証に基づく治療として認められ、アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA, 1998)、英国国立臨床研究所(British National Health Service; NICE, 2005)、その他の多数の国々の保健医療制度でこれらの疾患の第一選択治療として推奨されている。残念ながら、こうしたエビデンスに基づく治療法を一般の人々がなかなか利用できない状況が続いていることから、認知療法が直面する最大の課題は、この治療法を保健医療サービスの治療者に普及させていくことである。
認知療法が日本に紹介されたのは比較的最近である。その経緯を紐解けば、1980年代後半にこのアプローチに最初に触れた2人の医学研究者の中心的な役割に辿りつく(Ono, 2010)。日本人として認知療法に本格的に取り組んだ第一人者は大野裕博士で、1988 年にフィラデルフィアにある認知療法センター(Center for Cognitive Therapy)でも数か月間認知療法の正式な研修を受けている。日本ではその後、1989年のArthur Freeman 博士の日本訪問を契機に、「認知療法・認知行動療法全国連絡会議」が開催され、また数年を経て日本認知療法研究会が設立されるに至っている。1990年代後半には『認知療法News』という季刊誌が創刊され、これは現在も引き続き刊行されている。その後2001年に、大野裕博士を理事長、井上和臣博士を事務局長とする日本認知療法学会(JACT:The Japanese Association for Cognitive Therapy)が発足された。JACT はそれ以降毎年学術総会を開き2004年には神戸で世界行動療法・認知療法会議を主催している。
今日においても日本の医療研究者や治療者の間で認知療法や認知行動療法への関心は広がりをみせている。JACTは現在1,500名を超える会員を擁し(Ono, 2010)、また2008年からは新たな学術誌『認知療法研究』を刊行している。日本では、2010年4月から認知療法・認知行動療法に国民健康保険が適用されることになった。これまでに日本人を対象とした認知療法の事例研究や臨床サンプルを用いた非盲検化試験がいくつか実施されているものの、日本で認知療法を発展させていくための課題は山積している。正式な研修が不足しているほか、保健医療の治療者へのエビデンスに基づく治療の普及も著しく遅れている。また日本では、認知療法の無作為化対照試験がほとんど行われていない(Ono, 2010)。こうした遅れはあるものの、日本の認知療法はここ20年間で大きな進歩を遂げており、現在では、教育、研修、普及、研究を推進する正式な組織を有するメンタルヘルスの治療法として確立している。これも特に大野、井上両博士の精力的な取り組み、先見の明、そして多大な貢献によるところが大きい。私たちは、大野裕博士に本書の翻訳の労を取っていただいたことに深謝するとともに、この『不安障害の認知療法』が日本での認知療法の研究および実践を推進する一助となることを期待している。
2010年8月20日 デビッド・A・クラーク/アーロン・T・べック