目次
第Ⅰ部 はじめに
第1章 小児期の社会的ひきこもりとシャイネス――歴史、理論、定義、評価[ロバート・J・コプラン、ケネス・H・ルビン]
第Ⅱ部 構成概念と概念的アプローチ
第2章 シャイネスの理解――4つの疑問と40年間の研究[ルイス・A・シュミット、アーノルド・H・バス]
第3章 シャイネスと困惑および自意識感情の発達[W・レイ・クロージャー]
第4章 小児期の非社交性と孤独を好む傾向[ロバート・J・コプラン、マレー・ウィークス]
第5章 乳幼児の気質の生物学的調節因子と社会的ひきこもりとの関連[ネイサン・A・フォックス、ベサニー・C・リーブ=サザーランド]
第Ⅲ部 個人的および対人的過程
第6章 シャイネス、子育て、親子関係[ポール・D・ヘースティングス、ジェイコブ・N・ヌセロビッチ、ケネス・H・ルビン、カリッサ・S・L・チア]
第7章 小児期と思春期の社会的ひきこもり――仲間関係と社会的能力[ケネス・H・ルビン、ジュリー・ボーカー、ハイディ・ガゼル]
第8章 シャイネスの長期的発達――前方視と後方視[ジェンス・B・アセンドープ]
第Ⅳ部 状況
第9章 言語能力、学力とシャイネスの徴候――包括的レビュー[メアリ・アン・エバンス]
第10章 小児期と思春期のシャイネス-抑制――多文化的視点[シンイン・チェン]
第11章 電子的コミュニケーション――シャイ、ひきこもりの子どもたちの逃避機制か関係構築ツールか?[バリー・H・シュナイダー、イェア・アミチャイ=ハンバーガー]
第12章 「昔々、真っ赤な顔のカバとおとなしいネズミがいました」――幼児の童話の中のシャイなキャラクターの内容分析[ロバート・J・コプラン、キャサリン・ヒューズ、ヒラリー・クレア・ラウセル]
第Ⅴ部 臨床研究、実践、治療
第13章 気質と社会恐怖の病因論[ロナルド・M・ラペー]
第14章 子どもの社会不安の治療[マシュー・P・マイカリジン、ジェレミー・S・コーエン、ジュリー・M・エドマンズ、サラ・A・クロウリー、フィリップ・C・ケンダル]
訳者あとがき
前書きなど
訳者あとがき
子どもの行動観察をはじめて記述したのはチャールズ・ダーウィンだといわれている。1859年に『種の起源』を出版した後、ダーウィンは子どもの本能行動と感情を研究するようになり、1877年に息子の身体的・心理的発達を記録した『Biographical Sketch of an Infant』と題する論文を発表した。もちろん、ダーウィンは進化論的生物学の始祖としてあまりにも高名であり、子どもの研究者としての側面が表に出ることは少ないかもしれないが、あの画期的な進化論を生み出した鋭い観察力の持ち主を惹きつけたのが未熟な子どもであったことは興味深い。子どもという存在はかくも不思議な存在として、ダーウィンの知的好奇心をくすぐったに違いない。その後の19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、子どもに関する研究が本格的に始まり、子どもを専門とする小児科医が誕生し、発達心理学や教育心理学の礎が築かれた。
しかし、21世紀の現代においても、子どもとその発達過程の正体はいまだに十分につかみきれていない。それどころか、子どもの発達の複雑さを思い知らされる知見だけはどんどんと増え、子どもの発達の全体像をとらえる日はますます遠くなっているようにさえ思われる。今日では、乳幼児期からの定期的な健診によって、子どもの心身の発達はきめ細かくチェックされるようになってきているが、定型的な発達マイルストーンをクリアすることだけで、子どもの発達は評価できるものでもない。特に最近では、発達障害への関心の高まりによって、子どもの発達を「発達障害か否か」という還元主義的にとらえる風潮が拡大しており、その意味においてはダーウィンの観察や考察から後退しているような懸念も禁じ得ない。
生まれて間もない乳幼児であろうが10代後半の青年であろうが、子どもの情緒や行動の問題は、内在性の問題と外在性の問題に区別することができる。どちらも子どもが社会的スキルを身につけて適応的な大人に発達していくうえでとても重要な問題で、適切な評価と支援が求められる。しかし、本書のテーマであるシャイネスや社会的ひきこもりなどの内在性の問題は、ともすれば人や物に対する攻撃性、大人や権威に対する反抗などの外在性の問題が周囲に及ぼすインパクトの強さの陰に隠れて見逃されがちである。時には、「おとなしく手のかからない子」として子どもの内面の苦痛に気づかれないことすらある。最近では、児童精神科医や心理カウンセラーなどの専門家のところに寄せられる問題は外在性の問題がますます多くなっている。
しかし、わが国の児童精神医学や臨床心理学の臨床では、子どもの問題といえば不登校に代表される内在性の問題がずっと主流であった。そして、1990年代後半からは「社会的ひきこもり」に対する関心も高まり、小児期から成人期にかけての内在性の問題は、精神医学や心理学だけでなく、社会問題としても重大な関心が持たれ続けてきた歴史がある。1960年代から始まる不登校・ひきこもりに関する膨大な臨床経験と研究があるにもかかわらず、子どもの内在性の問題の発達過程に関する知見は驚くほど少ない。特に、「発達障害」による説明が優勢となった今日では、気質やパーソナリティを軸にした理解はますます低調になっているように思われる。
そんな近年の発達心理学や児童精神医学の風潮の中で、忘れ去られてしまいそうな「シャイネス」と「社会的ひきこもり」について、これまでの知見を詳細に解説し、今後の研究と臨床の方向性を示しているのが本書である。編者であるRubinとCoplanをはじめとするこのテーマのパイオニアたちの研究の多くは、徹底的な子どもの観察に基づくものであり、なおかつ長期にわたる追跡により発達精神病理学的な理解を深めるものであり、臨床的な有用性はきわめて高い。
ダーウィンが息子の観察に打ち込んでから150年以上を経た今日においても、まだまだ観察によって解明すべき子どもの発達過程は多く残されているので、乳幼児期のみならず、青年期や成人期においても、社会的な相互作用に困難や制約がある人たちに関わる専門家にとって、本書は欠かせない教科書になることだろう。もちろん、本書が子どものシャイネスと社会的ひきこもりに対する正解を提供しているわけではない。しかし、日々困難を抱える子どもたちに直面している専門家に対して貴重なパースペクティヴを与えてくれることは間違いないだろう。本書が子どもの内在性の問題に対する理解と支援に活かされることが強く期待される。
2013年盛夏 小野善郎