目次
はじめに
アラブ諸国地図
Ⅰ 基本的な視座
第1章 地理 歴史――アラブの起源と拡大
第2章 アラビア語がつくった民族――言語から見たアラブ
第3章 アラブの「部族」――系譜の意識が人をつなぐ
第4章 アラブ人とは誰か――アラブ性をめぐる複合的な用法
第5章 宗教とアラブⅠ イスラーム――民族宗教から世界宗教へ
【コラム1】アラブ人としての預言者ムハンマド――一民族の指導者から人類の指導者へ
第6章 宗教とアラブⅡ キリスト教・ユダヤ教――ムスリムよりも「アラブ人」らしい人々
第7章 アラブ移民――その長い歴史と世界的な活躍
【コラム2】サラディンはアラブ人?――歴史の中の非アラブ人の活躍
Ⅱ 文化と生活
第8章 「衣」――伝統服とスーツの語りに耳を傾ける
第9章 「食」――アラブの共食は個人意思を尊重する
第10章 風習――豊かな多様性と宗教がもたらす一体感
【コラム3】日常の中のアラブ人――受け継がれる語らいの文化
【コラム4】映画の中のアラブ人――今すぐできるアラブ人ウォッチ
第11章 小説の時代?――現代アラブ世界の文学事情瞥見
第12章 社会に息づくアラブの詩――過去から現在まで
【コラム5】ニューメディア時代のアラブ革命と詩――社会とつながる言葉の力
【コラム6】アラブ・ポップス――グローバルなサウンド、ローカルな歌詞
第13章 怪異――ムスリムの死生観との関係
第14章 世界遺産――ピラミッドから、消えたアラビア・オリックスまで
Ⅲ 現代政治の基層と特質
第15章 マグリブの近代――植民地支配からの解放を目指して
第16章 マグリブの現代――独立後に歩むそれぞれの道
【コラム7】アブドゥルカーディル、アブドゥルカリーム――植民地支配に抵抗した英雄たち
第17章 マシュリクの近代――英仏の支配とそれへの抵抗
第18章 マシュリクの現代Ⅰ――第二次大戦から第一次インティファーダまで
第19章 マシュリクの現代Ⅱ――冷戦構造の崩壊以降
【コラム8】ナセル――アラブ世界を創った人
【コラム9】ミシェル・アフラク――アラブ「復興」の夢に生きた思想家
第20章 湾岸諸国の近代――大国の野心と小首長国の興亡
第21章 湾岸諸国の現代――石油とイスラームと体制の護持
【コラム10】アブドゥルアジーズ・ビン・アブドゥッラフマーン――沙漠の豹イブン・サウード
第22章 政治体制・政治制度の特色Ⅰ――王制諸国
第23章 政治体制・政治制度の特色Ⅱ――共和制諸国
第24章 イスラーム政党――認可と選挙
第25章 民主化と権威主義――「アラブの春」前夜の状況
第26章 2011年「アラブの春」――類型と評価
Ⅳ 世界のなかのアラブ
第27章 多様なアラブの資本家像――政商・民間・官僚資本
第28章 グローバル化の波とアラブ経済――外部経済の波に影響されやすい経済体質と遅れた「開放経済化」
第29章 人間開発とアラブ――「アラブ人間開発報告書」をめぐる議論
第30章 パレスチナ問題とアラブ――「アラブの大義」と板挟みの苦しみ
第31章 イスラーム過激派とアラブ――現代中東の病巣
第32章 メディアとアラブ――非民主的体制下の公共圏
第33章 破綻国家とアラブ――ランキングと脅威の意味
Ⅴ アラブ世界の位相
第34章 「近代アラブ人」の成立――カウムとウルーバ
第35章 アラブ民族主義――統合と自立をめぐり地域を揺るがせた思想
第36章 アラブ連盟の挫折と改革――EUよりはるかに早く設立された地域機構
第37章 「アラブ人」に関わる議論――「エジプト人論争」など
第38章 アラブ世界のジェンダー――宗教を超えたヴェールの着用
第39章 アラブにおけるポストコロニアル思想――終わりの見えないオリエンタリズム
Ⅵ アラブ人と国民意識――アイデンティティの複合・重層
第40章 モロッコ人――アラブ、アマジグの融合とイスラーム
第41章 アルジェリア人――苛酷な植民地支配を経て
第42章 チュニジア人――歴史記述の変遷にみる
第43章 リビア人――重層的な歴史と豊かな大地に育まれて
第44章 エジプト人――近代におけるエジプト人意識の形成
第45章 パレスチナ人――離散が招いたアイデンティティの多様性
第46章 ヨルダン人――難民とベドウィンの王国
第47章 シリア人――危機に立つ重層的なアイデンティティ
第48章 レバノン人――特殊な国の特殊な人々?
第49章 イラク人――アラブ世界の中で孤立するイラク
第50章 イエメン人――サバとヒムヤルの子ら
第51章 サウジアラビア人――若年層がマジョリティを占める国の苦悩
第52章 クウェート人――国籍と国民意識をめぐる政治
第53章 カタル人――世界一リッチな国の自信と不安
第54章 バハレーン人――遠のく「国民の結束」と社会を隔てる認識の壁
第55章 アラブ首長国連邦――国民が「マイノリティ」となる国に生きる
第56章 オマーン人――海を渡ったアラブ人
現代アラブを知るための文献案内
前書きなど
はじめに
(…前略…)
本書は「現代アラブとは何か」という問題について、答えを提示するのではなく、その手掛かりをできるだけ広範囲に列挙することを目的とした。「エリア・スタディーズ」のスタイルが多数の短い章であるため、これを最大限生かして文化や歴史にとどまることなく、また政治や経済にもとどまることなく、思想もお化けも含めて「アラブ」を論じることを試みた。そのうえで、どのような批判も甘受して、またの出版の機会にそれを生かすことができればと考えた。本書がどれほど目的を達しているかは未知数だが、たとえ部分であっても読者の一助となれば、それは望外の喜びである。
本書の構成は、「第Ⅰ部 基本的な視座」において、まず「アラブ人」の諸側面を概説する。続く「第Ⅱ部 文化と生活」においては、主としてその日常生活を描き出す。「第Ⅲ部 現代政治の基層と特質」では、現在の政治状況を理解するための情報を提供する。「第Ⅳ部 世界のなかのアラブ」では、経済や安全保障などに関わるアラブの位置づけを紹介する。「第Ⅴ部 アラブ世界の位相」は、いわば目に見えるアラブではなく、思想やイデオロギーのなかで議論されるアラブを集めた。これは、表層のアラブと深層のアラブをつなぎ合わせ、その本質に迫るための材料と考えた。そして「第Ⅵ部 アラブ人と国民意識―アイデンティティの複合・重層―」では、アラブ各国の「国民意識」と「アラブ人」アイデンティティの関係が示される。その内容は章によってさまざまだが、ここでの章を横並びに俯瞰することで、あるいは重ねて考えることで、新たなアラブ像を看取できないかと考えた。加えて、関係するコラムを該当箇所に配置した。以上のような構成およびそこでの執筆陣に関しては、東京大学の長沢栄治教授に貴重なアドバイスをいただいた。筆者一人では、到底ここまでの見取り図を書くことはできなかった。この場を借りて、御礼申し上げたい。
本書は、基本的には一般向け、初学者向けの書籍であるから、それに見合う内容を心がけた。しかし部分的には、頭が痛くなるような難しい話も入っている。それは、簡単な文章ではどうしても説明しきれないものが対象に存在するためで、それもまた「現代アラブ」の理解に不可欠と判断したからである。読者には、硬軟取り混ぜた本書の内容を、ぜひとも楽しんでいただきたい。「アラブ」はいろいろな場面で、拡散し重なり合う。本書のなかで、読者がそのイメージなりともつかめればと願っている。なお、各章の間には記述の重複や、指摘や評価の食い違いが見られる。重複に関しては、いくら章ごとに個別のテーマを設定してもそれぞれが互いに関連しているため、該当箇所で説明に必要なものと判断し、そのままとした。食い違いについては、さまざまな意見や視点を並べることも「答えではなく手がかりを示す」という方針に沿うと判断し、これもそのままとした。
最後に、本書の編集方針に関わるお断りを、3点しておきたい。第一に、アラブ世界やアラブ諸国というとき、それは便宜的にアラブ連盟加盟国を指す場合が多い。しかし、本書はその加盟国のうちモーリタニア、ソマリア、ジプチ、コモロの4ヵ国を対象から割愛した。もちろん、これら4ヵ国も興味深い国なのだが、アラブに関わる一般的な関心は、やはり中東地域のアラブ諸国にあると考えられること、また上記4ヵ国は中東のアラブとは異なる固有の民族的、文化的背景を持っているため、これらを本書の内容に含めると、全体の記述にまとまりを欠くと判断したことが、割愛の理由である。
第二に、第Ⅵ部において「スーダン人」を割愛した。その理由は、2011年にスーダン共和国から南スーダン共和国が分離独立し、その後の情勢も流動的なことにある。南スーダン共和国はアラブ連盟に加盟しておらず、同じ「スーダン」を国名に掲げながら、アラブである国とアラブではない国が生じた。これはこれで大変興味深い事例なのだが、現時点で考察や評価を示すことは至難の業であるため、断念せざるを得なかった。なお、歴史や政治に関わる章では、スーダン共和国も対象となっている。
第三に、アラブ諸国は一般にマグリブ(西アラブ)とマシュリク(東アラブ)に分かれる。本書もこれを採用しているが、マグリブ4ヵ国に対し、マシュリク13ヵ国・1自治政府と数のバランスが悪い。それゆえ、便宜的にマシュリクから湾岸協力会議(GCC)加盟6ヵ国を分け、湾岸諸国またはGCCと称することとした。本書におけるアラブ諸国の分類は以下の通りだが、本来はマシュリクにGCC諸国が含まれることをここで確認しておく。
(…後略…)