目次
日本では生まれ得なかった「日本の若者」の社会学(古市憲寿)
第1章 若者問題を解く(トゥーッカ・トイボネン、井本由紀)
はじめに
・日本の若者の社会学
社会学的観点の色眼鏡
1 合意と葛藤――社会の性質を捉えるための二つのモデル
2 構造と主体的行為――社会と個人の関係を捉えるための二つの見方
3 社会問題に対する構築主義的アプローチ
二つの事例
「いじめ」の事例
「オタク」の事例
若者問題の研究――六つの前提
「帰国子女」から「ニート」まで
第2章 「かわいそうな子ども」から「特権をもつ子ども」に――日本の帰国子女に対する認知と地位の変化についての過去五〇年間の概観(ロジャー・グッドマン)
帰国子女とは誰か?
第一段階:「帰国子女問題」の創造と、「産業」の発展
第二段階:「再統合の時期」と帰国子女研究の発展
第三段階:新たな特権的エリートとしての帰国子女
帰国子女の地位はなぜ、どのように変化したか
帰国子女に関する対立する見方
二一世紀における帰国子女の脱問題化
第3章 ナラティブと統計――「援助交際」はどのように売られたか(シャロン・キンセラ)
はじめに――スキャンダル
メディア
・メディアを通じたナラティブの展開
・援助交際と集団的多義性
統計
・統計学的証拠の収集と解釈をめぐる論争
・覗き見行為と統計
演じる少女たち
政府の行動と法的措置
・買春の罪で大人を起訴
・性における自己決定権
・警察庁のための法律
自由意思による性的逸脱の歴史的文脈
・ジェンダーパニック
・援助という問題
結論
第4章 体罰――教育的対策から社会的問題へ、そして問題の周縁への変移(アーロン・ミラー)
社会文化的背景と歴史
統計
「対策」ならびに「問題」として構築された体罰
・「対策」としての体罰:校内暴力と管理教育
・「問題」としての体罰:「行き過ぎた」事例の報道
「問題」としての体罰の排除:政府による体罰統計の中止ならびに体罰の再ラベリングと再定義
結論
第5章 日本における児童虐待の「発見」と「再発見」(ロジャー・グッドマン)
一九八〇年代の日本で児童虐待は存在しないと想定されていたことに対する文化的説明
・「隠された」児童虐待の言説
児童虐待の定義
日本における児童虐待の「発見」
・児童虐待の統計的評価と意識の高まり
児童虐待の「発見」から政策対応まで
児童虐待の「増大」に対する日本での説明
結論
第6章 「ひきこもり」――個人的な孤立がいかにして世間の目にとまったか(堀口佐知子)
「ひきこもり」以前の類似カテゴリー
第一段階――二〇〇〇年代以前の「ひきこもり」
・数の操作:「ひきこもり一〇〇万人説」の影響
第二段階――「ひきこもり」が厳密な意味での社会問題として現れる
定義をめぐる論争と「ひきこもり業界」
「社会的ひきこもり」の終焉?
結論
第7章 ニート――カテゴリーの戦略(トゥーッカ・トイボネン)
はじめに
・どんなラベルにも二つの側面がある
標的集団カテゴリーとしてのニートの登場
社会的カテゴリーとしてのニート
考察
・利害関係
・結果
結論
第8章 変わりゆく風景――高齢化社会における若者問題の社会的文脈(ロジャー・グッドマン)
日本の「文化」
日本の変化する人口統計
変化する教育制度と若者の労働市場
結論
監訳者あとがき――視線の先へ(井本由紀)
前書きなど
監訳者あとがき――視線の先へ(井本由紀)
本書はオックスフォード大学の日産現代日本社会研究所(通称、日産インスティテュート)で教鞭をとるロジャー・グッドマン教授を中心に、日本を対象地域とし、主に教育や福祉の領域で研究を進めてきた社会人類学者および社会学者による論考である。一九八〇年代から二〇〇〇年代の間に浮上した若者にまつわるいくつかの社会問題をとりあげることで、一見何の関連性もない社会的事象の根底に、実は共通のメカニズムを見出せることを明らかにしており、本全体として包括的な構築主義の研究アプローチを提示している。このあとがきでは本書の学問的系譜について解説をし、海外で書かれた「日本研究」の書物が日本語に訳されることの意味について、編著と監訳にかかわった者の視点から触れてみたい。
ロジャー・グッドマンのこれまでの代表作には『帰国子女――新しい特権層の出現』(岩波書店 1992)、『日本の児童養護――児童養護学への招待』(明石書店 2006)などがあげられるが、いずれも英国の社会人類学の伝統に依拠し、日本社会の一断面を実証的なフィールドワークに基づき記述した民族誌である。そこには抽象化された理論の話が持ち出されることはほとんどないが、グッドマン自身が第2章でも述べている通り、彼はフィールドワーク中に米国の日系人社会学者ジョン・キツセと出会っており、実はオックスフォードの社会人類学の文脈からはかけ離れた社会構築主義の理論的影響を受けている。
グッドマンが帰国子女研究を行った八〇年代初頭は、戦後、奇跡的な経済発展を成し遂げた日本への世界的な関心が高まり、日本研究への予算が増大し、日産インスティテュートをはじめとする複数の日本研究所や日本学部が海外に設立された、いわばジャパン・ブームの時期である。学術的な域を超えたところでも、日本の成功の秘訣を読み解くべく「日本人論」を扱う一般書が国内外で大量に出版され、消費された。日本社会の人類学的研究の代表作ともいえる中根千枝の『タテ社会の人間関係』の英訳版も当時海外で広く読まれていたが、その研究アプローチは機能主義的であり、多くの日本人論がそうであるように、日本社会の同質性と安定した集団的秩序を強調している。これに対しグッドマンの研究は一貫して社会における葛藤と変容の側面を強調しており、文化本質主義的な日本人論を批判する八〇年代後半からの新たな言説の潮流と共鳴し、それを勢いづけるものとなった。
このような学問的・社会的文脈のなかで形成されたグッドマン独自の日本社会への人類学的アプローチは、彼のもとで学んだ本書の他の執筆者たちにも多かれ少なかれ受け継がれており、様々なケースに応用されている。いずれの場合も一歩引いた外の視点を保つことで、日本社会の内部からは指摘しがたい支配的なパラダイムに批判的なまなざしを向け続けてきている。本書は「若者問題」という問題を切り口に、この人類学的研究アプローチを初めて自明化したものであるともいえるだろう。
(…後略…)