目次
〈講座 現代の社会政策〉の刊行によせて
序章 日本における社会政策研究の学説史的課題(玉井金五)
1 課題提起
2 三つの論点
3 本書の構成
第1部 社会政策研究の史的系譜
第1章 戦前から戦後へ(玉井金五)
はじめに――二つの社会政策論
1 〈社会学〉系社会政策論の位相
2 大河内‐高田論争の意味
3 福武社会政策論の位置
おわりに――日本社会政策論の全体像
第2章 日本的労使関係の原型論(李捷生)
はじめに――課題と視角
1 「原生的労働関係」と「出稼型労働」論
2 大企業労使関係の原型と「年功制」論
3 氏原原型論の再考
おわりに――「日本的労使関係」原型論の意義
第3章 不安定就業問題(村上英吾)
はじめに
1 現代の不安定雇用労働者
2 不安定就業階層と相対的過剰人口論
3 日雇労働者
4 臨時工と社外工
5 パート労働者と不安定雇用
6 「外国人労働者」と不安定就業問題
7 労働者派遣法の規制緩和とワーキングプアの「再発見」
おわりに
第4章 戦後生活保護制度改革史論――無差別平等の原則を基軸に(菅沼隆)
はじめに
1 無差別平等をめぐる解釈
2 1990年代までの生活保護改革論
3 2000年以後の改革論
4 生活保護法改革論議の展開――生活保護制度の在り方に関する専門家委員会
おわりに
第2部 社会政策研究の新潮流
第5章 人口論(杉田菜穂)
はじめに
1 戦前から1960年代まで
2 1970年代以降
むすびにかえて
第6章 地域生活と高齢者介護――処遇困難事例と地域包括ケアシステムに焦点をあてて(井上信宏)
はじめに
1 高齢者介護システムの成立
2 高齢者の社会的排除と処遇困難事例の再発見
3 高齢者介護の地域化と地域包括ケアシステム
4 地域包括ケアシステムを構成するネットワークと知
むすび
第7章 教育政策論(本田由紀)
1 教育政策を捉える枠組みと観点
2 教育をめぐる理念と政治――二極化から三極化へ
3 教育に対する規制・統制――自由化に隠れた強化
4 教育に関する給付・配分――平準化からの撤退
5 結論─学習者不在の教育政策の帰結と課題
第8章 雇用制度と生活――両者をつなぐ試み(佐口和郎)
はじめに
1 生活からみた雇用制度
2 日本的雇用システムと生活問題
3 雇用システムの変質
4 地域雇用政策と生活基盤の再生
5 CSRの実践の可能性
おわりに
あとがき(佐口和郎)
索引
編著者・執筆者紹介
前書きなど
序章 日本における社会政策研究の学説史的課題
3 本書の構成
さて、以上限られた視点からであるが、わが国の社会政策研究におけるいくつかの重要と思われる変化を追ってきた。こうした内容の理解をいっそう深めるためには、当然の手続きとして変化が起こりうるまえの状況をもしっかり把握しておく必要がある。また、それだけでなく、変化に至るまでに生じた新たな芽といったものも併せて押えておくことが不可欠である。本書は、そうしたことを意識して日本の戦後における社会政策論の系譜を取り上げようというものであり、二つの部から成る構成を採っている。
第1部は、主に労働関係を軸とした伝統的なテーマを並べている。すでにふれたように、日本の社会政策研究の伝統は労働研究にこそある。これは国際的にみても、非常に特徴的なことだといってよい。日本の労働関係分析という形で発表された業績の多くは現在でも光り輝いている。先に労働研究の比重が以前と比べて低下したといったが、それは労働研究を軽視してよいというのでは毛頭ない。むしろ、これまでに築き上げられた成果を再度振り返ることによって、現在きわめて見えにくくなってきている労働関係の分析に資する有効なツールの発見につなげていくべきだということである。
労働関係といっても実に幅広く、それぞれの時代において課題そのものが激しく揺れ動いてきた。その局面を正確に捉えるためには一方で実態に迫りきるということであるが、他方ではそうした動きを引き起こす労使の観念、価値観といったことにも眼を向けなければならない。さらにいえば、政府の姿勢や取り組み、国際環境といった要素まで入り込んでくることを考えると、実にダイナミックな世界が労働研究の対象となるのである。本書では、できるだけ戦後の過程を丹念に追うことによって労働研究としての社会政策論が果たしてきた役割を提示する。おそらく読者は日本で積み重ねられてきた労働研究の豊穣さといったものに眼を奪われるのではないだろうか。
さらに、第1部では生活関係にも焦点を当てている。生活関係も社会政策研究の要であり、それがカバーする範囲は多岐にわたるが、何といってもメインは社会保障であろう。それは、長い間貧困問題そのものへの取り組みであったと言い換えてもよい。この領域もわが国は誇りうるべき研究蓄積がある。絶対的貧困や相対的貧困の時代にいかなる社会政策研究がなされたのかについて把握しておくことは、社会的排除が問題となる現在を透視する上で欠くことはできない。21世紀に入って貧困の性格が大きく変わろうとしているのであれば、なおさらであろう。
他方、本書の第2部では人口論を初めとして教育と社会政策、地域サービスと社会政策といった、これまでの社会政策研究でさほど注目されてこなかった分野や、新たに社会政策の重要課題として登場してきたテーマついても取り上げている。それは、労働研究中心の時代に十分視野に入れられなかった領域を掘り起こす試みであるとともに、今後ますます脚光を浴びるに違いないイシューに大きな注意を払うべきであると考えたからに他ならず、本書の独自性をなす。その場合でもアプローチの方法としては、戦後における展開を十分視野に入れる形でフォローアップしている。
第2部で取り上げられた新しい各テーマが第1部で扱われた内容と有機的な連関を有することになれば、戦後社会政策論の論議はいっそう深みを増すであろう。労働研究、社会保障研究、新分野の研究がバラバラに行われるのではなくて、時代状況に応じた再構成がなされると社会政策の展開そのものを立体的に映し出すことになる。それだけでなく、混迷度を増す現代の様相に切り込むうえで、より説得力を伴った社会政策的アプローチの方法や視座の提供に結果するであろう。あえて、第1部と第2部を区分し、それぞれに意味を持たせたのは以上の理由による。全体を総括する最終章は、そうした本書の位置を俯瞰したものとなっている。
国内外とも変化のスピードが倍加してきている。それとともに、人々の生活保障の柱となる社会政策の存在感がいっそう増している。それだけに現在の到達点がいかなるプロセスを経て形成されたのかを学説史的な観点から踏まえておくことは、今後の日本社会政策の針路を確定していく上で決定的に重要である。本書がそれに対する一助となれば幸いである。